第023話:魔剣ラ=ファンデア

「右腕を引きちぎって、その再生も終えたか。ここから、お前の相手は私がしよう」


(氷刃矢フシュラムからの再生に時間がかかりすぎている。中位シャウラダーブでもこの程度か)


 落胆するレスティーだった。顔には一切出さない。


「笑止、スフィーリアの賢者ならいざしらず、ただの人族ごときが私の相手をするだと。冗談は程々ほどほどにしてもらいたいものだ」

「それはお前が魔霊鬼ペリノデュエズ中位シャウラダーブだからか」


 正体を指摘されたクルシュヴィックの目つきが変わった。


(ふむ、私の正体を知ってのこの態度、結界を破ったのもこの男の仕業しわざか。ならば、スフィーリアの賢者より危険、いやまさかな)


「よもや、私を中位シャウラダーブと見抜く者がいるとは思いもしなかったぞ。奴らは根絶やしにしたはずだったが。貴様、いったい何者だ」

「これから滅びゆくお前に、答える必要はないだろう」


 中位シャウラダーブの表情にも、態度にも変化は見られない。その奥に怒りの感情が見て取れる。


「ほうほう、これは、これは。私を滅ぼすとは大きく出たものだ。私はセレネイア以外に興味はない。あの女を差し出し、大人しく退くなら見逃してやろうかとも思ったが。真っ先に血祭りに上げられたいらしい」


 レスティーが中位シャウラダーブの言葉を無視して続ける。


「滅ぼす前に聞いておこう。あの娘をどうするつもりだった」


 醜悪しゅうあくな笑みを満面に広げた中位シャウラダーブが、すがすがしいばかりに言葉を返す。


「無論、味わう。とことんな。柔肌やわはだに幾つもの鋭利な穴を開け、血の一滴まですすり、肉をむさぼり食らう。生娘きむすめの肉体は最高のにえとなるだろう。同化した後はラディック王国に戻って」


 もはや聞く必要はなかった。


 レスティーは空いている左手を軽く振った。ただそれだけだった。中位シャウラダーブの首は、胴体と泣き別れていた。


「今、何が」


 セレネイアが絶句している。


 中位シャウラダーブの言葉は、彼女にだけ届いていなかった。聞いていたら、この程度の反応では済まなかっただろう。


 あらかじめ答えるであろう内容は分かっていた。レスティーが意図的に彼女の周囲の空間から音を取り除いていたのだ。


 スフィーリアの賢者には、全て聞こえている。彼は逆に快哉かいさいを叫びたいぐらいだった。


「お前に選択権を与えよう。依代よりしろとしている男を解放するなら、この場を見逃してやってもよい。解放しないのであれば、末路は一つだ。選ぶがよい」


 誰に向かって言っているのだろうと思うセレネイアだった。次の光景を目の当たりにして、自分の目を疑うしかなかった。


「いきなりの挨拶あいさつだな。早々に首を落とされるとは。貴様、やはり油断ならぬな」


 中位シャウラダーブが立ち上がった。首はもとの位置にない。右脇に抱えられているのだ。


「なぜ、どうして」


 セレネイアの疑問も当然だろう。首を落とされて、なお生きているなど、人ならありない。


「私の言葉をそのまま返すとは面白い。この男の身体はいたく気に入っている。解放するつもりなどない」


 中位シャウラダーブは両手で首をいとおしげに持ち上げ、胴体と接合させた。黒いもやが傷口を覆い、みるみるうちに修復していく。


「そして、貴様の末路こそ一つだ」


 左腕を太く伸ばし、無造作に振り上げた中位シャウラダーブは、レスティーめがけて手加減なしで叩き込んだ。直撃を受けた地面が激しくえぐれ飛び、轟音ごうおんと共に大量の土砂煙をき散らす。


 余波は当然のごとく、スフィーリアの賢者たちにも及んだ。展開済みの結界がそれらをはばむ。


他愛たわいもない。一撃で終わりか」

「つまらぬ。まだ先ほどの低位メザディムの方が楽しませてくれた」


 土砂煙の向こうから聞こえる声に、中位シャウラダーブは戸惑いを隠せない。相手はただの人族だ。無傷で立っていられるわけがない。防御のための魔術を行使した気配も察知できなかった。


 そして、確かに言ったのだ。低位メザディムの方がと。


(手駒が倒されたというのか。この男に。それこそあり得ぬわ)


 風が意思を持ったかのように、複雑な動きを見せている。土砂煙はレスティーをけるように後方へと流れ去り、次第に視界が開けてくる。


 レスティーはラ=ファンデアの切っ先を大地に突き刺し、柄頭つかがしらに左手を置いている。


 風はラ=ファンデアを中心に渦巻状となって、その流れを変えつつある。


「今度は何だ。ラ=ファンデアから風が。そのような能力があるとは聞いたこともないぞ」


 スフィーリアの賢者が、セレネイアの様子を横目でうかがう。彼女も中位シャウラダーブと同様の反応だ。目を見張って、この戦いを凝視している。


 レスティーは、手のひらから柄を通してやいばに魔力を注ぎ込む。その流れを感じ取れたのは、中位シャウラダーブとスフィーリアの賢者のみだった。


「何をするつもりだ」

「いよいよですね」


 反応が好対照だ。


 はがねの刃がレスティーの魔力を受けて震えている。それは歓喜か。渦巻く風はさらに激しさを増していく。もはや暴風の域を超えている。


 柄を握ったレスティーがラ=ファンデアを引き抜き、頭上にかざす。


第一解放アペロフセリスィ


 足元から急速に風が逆巻き、次の瞬間、きらめきだけを残して刃が消失した。


「ようやく会えた。私の愛しのレスティー」


 レスティーの背後からしなだれるように腕が二本伸びている。


 あまりの突然すぎる光景に、セレネイアは我を忘れて見入ってしまっている。中位シャウラダーブも何が起こったのか理解できないまま、その動きを止めてしまっている。


「賢者様、あれは、いったい」


 恐る恐るセレネイアが尋ねる。


 ラ=ファンデアにいったい何が起こったのか。風が吹き荒れ、刃が消えたのも見えた。見えたが、その直後に生じた出来事は理解できるものではなかった。


「あれこそが、魔剣アヴルムーティオたるラ=ファンデアの真の姿なのですよ。貴女を含めて、これまでラ=ファンデアを手にした者たちは、その力の表面だけを見て使っていただけにすぎません。いえ、使われていたと言った方が正しいでしょう」


 セレネイアに返す言葉はなかった。まだ理解が追いついていないのだ。


 しなだれた手に自身のそれを重ね、レスティーはあろうことか、中位シャウラダーブに背を向けている。


「久しぶりだな、フィア」


 レスティーはフィアの手を下から優しく握り直し、手の甲に口づけを送る。その仕草はまるで恋人同士のたわむれかと思えるほどだ。


 決定的に違うのは、フィアの全身が透き通るほどに淡く美しい薄青碧はくせいへきに染められていることだ。


 衣服らしきものをまとっているものの、一体化していて見分けがつかない。髪は腰辺りまでしなやかに伸び、軽やかに揺れている。


 ただただ、美しい女の容姿だった。人族でないのも明らかだ。


「ようやく解放してくれた。ねえ、私がどれほど待ったと思っているの。どれだけ私を焦らしたら気が済むのかしら」


 甘く澄み通った声だった。セレネイアでさえ、うっとりさせられるほどだ。


「私の目がおかしくなったのでしょうか。賢者様、あれがラ=ファンデアなのですか」


 耳聡みみざといフィアが、すかさず突っ込む。


「ちょっと、そこの小娘、あれ、とは何」


 呆気あっけに取られているセレネイアの表情が何とも可愛らしい。小首をわずかにかしげ、スフィーリアの賢者に、私のことですよね、と目で聞いてくる。


 ええ、あなたですよ、とすかさず目で応えるスフィーリアの賢者だった。


「え、あ、はい、申し訳ございません」


 丁寧に頭を下げてびるセレネイアに、さらに追い打ちをかける。


「貴女のような小娘がどうして私を所持できるのよ。それ以前にも、あんな男や、ろくでもない人族ばかり」


 あんな男とは、もちろん中位シャウラダーブに身体を乗っ取られているクルシュヴィックのことだ。わざわざ、彼を指差しながら憤懣ふんまんをぶつける。


「よく聞きなさい。身も、心も、私の全ては私の愛しのレスティーのものなのよ。しかも、この私を地面に落とすなんてあり得ないわ。断固抗議するわ」

「フィア、いい加減にしろ。その話は後だ。まずは」


 さすがにしびれを切らせたか、レスティーの言葉が終わる前に攻撃が来る。


「私に背を向けたままでの茶番劇とはな。随分となめられたものだ。もはや貴様らが何かはどうでもよい。ひとまとめに餌にしてくれるわ」


 クルシュヴィックの姿を維持したままの中位シャウラダーブが、両の手のひらをレスティーに向けた。


「まずは小手調べといこうか」

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