第019話:十二将の存在価値

「これが私の考える初手必勝の戦術です。エランセージュ様、魔術地図でのご支援を誠に有り難うございました」


 しばしの沈黙、誰も声を上げる者はいない。反応がないのはよいことなのか、悪いことなのか、エンチェンツォには分からない。


 実は、十二将は序列によって発言順位も決まっている。序列の低い者から高い者へ、そして最後が王となる。


 ここに集った中で序列最低位は十二位のディグレイオだ。彼が発言しなければ、何も始まらない。彼はどう発言すべきか迷っていた。


(沈黙が続けば、陛下の不興を買うことになるな。俺が発言すべきなんだが、待てよ。何だよ、こいつのこの戦略ってよ。戦場を三ヶ所に分けるなんて、滅茶苦茶めちゃくちゃにも程があるってもんだぞ。素人かよ)


「ありんだろ。勝つためなら、何でもありかよ」


 心の思いのはずが、なぜか途中から言葉になって表に出ていた。気づいた時には遅かった。


 全員の視線がディグレイオに向けられている。ここは冷静をよそおって、せきばらいを一つ、ディグレイオは全部こいつが悪いと言わんばかりにエンチェンツォをにらみつける。


「エンチェンツォとか言ったか。てめえは何考えてやがる。三ヶ所に分けるのもそうだが、俺たち獣騎兵団を先陣としたうえで陽動のためだけに使うたあ、どういう料簡りょうけんだ、ああ」


 今にも殴りかからんばかりの勢いでディグレイオがまくしたてる。エンチェンツォが説明を加えようと口を開きかけるも、先を越されていた。


「まあまあ、そう興奮しなさんな。この坊やの戦略、なかなか面白いと思ったわよお。穴はありすぎるぐらいにあるんだけどねえ。試してみるのも一興いっきょうじゃない。それにディグレイオ、貴男なら、そう簡単に全滅させるような指揮はらないでしょう。違うかしらあ」


 少々、口調に特徴のある序列十位トゥウェルテナがディグレイオをからかい半分、なだめ半分といったところでもてあそびつつ、エンチェンツォに微笑んでみせる。何とも妖艶ようえんな笑みだ。


 エンチェンツォは女に対する免疫がないに等しい。それがまともに顔に出る。思わず表情を隠すため、顔を伏せてしまった。


 小麦色の肌が魅惑的なトゥウェルテナも、エンチェンツォ同様、ゼンディニアの出身ではない。はるか南方に広がる熱砂の大陸から渡ってきた砂漠の民だ。


 身につけている衣装ときたら、隠すべきところ以外はほぼ半透明の薄い生地が主体だ。比べるまでもなく、肌の露出部分の方が圧倒的に多い。


 目のやり場に困っているエンチェンツォをよそに、今度は序列七位エランセージュが発言する。


「私は、反対する。陛下がおっしゃった初手必勝には遠く及ばない。陸海空からの同時攻撃は理解できなくはないが、成功の確率は著しく低い。そもそも、この者は我ら十二将の存在価値を全く理解できていない」


 トゥウェルテナとは好対照だ。エランセージュは北方の大陸出身、極寒の地で育った。彼女はどんなに暑くとも、顔以外の肌を露出することは決してない。


 今もほぼ全身を衣類で覆い隠し、顔の表情もうかがい知ることができない。口調も至って冷静沈着、確かな分析力を有している。


 彼女の口から出た言葉には、それだけ重いものがあるのだ。


「私もエランセージュと同意見です。まさに愚策ぐさくですね」


 愚策と切って捨てたのはソミュエラだ。彼女は控えめな性格ゆえか、言葉数が少ない。十二将は男女同数、女の中でソミュエラは序列が三番目だ。最古参の一人ということもあり、姉的位置として頼られる存在になっている。


「どちらでもよいわね。最終的には陛下がお決めになることですし。これだけは言っておくわね。私が率いる空騎兵団は、共闘になったとしても、いかなる指図も受けないわよ」


 序列二位のフィリエルスは言いたいことだけを言うと、すぐさま口を閉じた。


 ゼンディニア王国が誇る軍事力は、近衛兵団・空騎兵団・水騎兵団・獣騎兵団・騎馬兵団・隠密兵団の六団から構成されている。十二将が各団の団長と副団長を務め、原則、各団は対等の関係にある。


 戦力差がものを言う場面もある。まさに今がそうだ。六団最強の戦力を持つ空騎兵団は、その独自性をもって空を支配、常勝無敗を突き進んでいる。


 フィリエルスは空騎兵団団長として、必要最低限の指示は与えるが、それを守りさえすれば、あとは団員の好きにさせている。それゆえ、自分以外、しかも関係のない他の団から指示されるなど、受け入れられるわけがなかった。


 残るは筆頭ザガルドアのみだ。彼は他の者が発言する間、ずっと腕を組んで目を閉じたままの姿勢を保っていた。その両目がゆっくりと開く。


「お前の言ったとおりにやるとしたら、負けいくさだ。お前が考えた戦略を基に百余の展開を考えてみた。我らに勝ち目はない。唯一可能性のあるものもあったが、それにしても確率としては七分といったところだ」


 イプセミッシュが十二将を率いて既に十年近くつ。ザガルドアは常に筆頭の位置に立つ男だった。


 十二将の序列は至極単純、個の戦力で決まる。そして、序列の入れ替わりは下位から上位への決闘以外認められず、その逆をした者は十二将追放となる。


 十二将設立時、序列はイプセミッシュが暫定ざんていだと言って独断で決めた。筆頭に指名されたザガルドアに対して、他の十一人から異論は出なかった。


 当時から大陸最強の武人とうたわれるザガルドアには、誰もが一目いちもく置いていた。正直なところ、彼対他の十一人でちょうどよい勝負になるぐらいに力量差がある。


 彼は先読みのザガルドアと呼ばれるほどに頭脳明晰で、あらゆる状況を想定して戦術を立てる能力にもけている。


 今後も筆頭地位は揺るがないだろう。イプセミッシュをはじめ、誰もがそう思っている。


「負けが七分か。ならば、戦略と呼ぶには遠すぎるな」


 イプセミッシュが結論を述べた。


「さすがは陛下、おっしゃるとおりです」

「エンチェンツォ、お前の案は却下だ」


 序列最下位から王まで、発言が一巡ひとめぐりすると、そこからは自由討議だ。誰しもが遠慮なく意見を述べられる。もちろん、この場にいるエンチェンツォも含まれる。


「陛下、承知いたしました。また皆様、貴重なご意見をたまわり、有り難うございました。己の未熟さを痛感させられました」


 エンチェンツォは明らかに経験不足だ。指摘されたように、十二将がいったいどういう存在なのか、漠然ばくぜんとしか分かっていない。却下されるのも当然だ。かえって清々すがすがしい気持ちになっていた。


「なあに、坊や、もう諦めるのお。ちょっと早いんじゃない」

「いえ、それは」


 エンチェンツォの言葉を待つまでもなく、トゥウェルテナがザガルドアに問いかける。


「ねえねえ、筆頭殿、その七分だけど、さらに改良する余地はないのかしらあ」


 ザガルドアは勝率を高めるための独自の戦略を有している。ここで言うべきではないと判断していた。


「ある。あるが、そうなると、この者の戦略とは全くの別物になる。それは、この者も、そして陛下も望まれないであろう」

「あらあ、筆頭殿は優しいのね。坊やが文官だからかしら」


 かぶせてきたのはディグレイオだった。いつも混ぜ返すのが彼だ。


「文官なんざ、何の役に立つってんだよ。裏でこそこそしやがる頭でっかちのきつね野郎どもじゃねえか」


 獣騎兵団副団長のディグレイオは誰彼構わず突っかかるくせがある。浅慮せんりょだからではない。彼は己を含めて全てに対して不満をいだいている。彼が生まれた環境がそうさせている。ここでは関係のない話だ。


 彼の言動にぶれはなく、首尾一貫している。迷惑な男と思われつつ、憎まれたり、恨まれたりするほどでもない。


「ほらあ、またそういうことを言う。ディグレイオ、貴男が文官嫌いなのは知っているけどお、ちょっと言い過ぎじゃない」

「うるせえよ。だいたいトゥウェルテナ、いつもいつもお前のその肌の露出は何だ。男に襲ってくれと言ってるようなもんだぞ。いいのかよ、それで」


 話がいきなり脱線した。これもいつものことだ。


「あらあ、それは偏見かしらあ。それとも心配してくれてるの。ああ、そうなのね、もっと見たかったのよねえ。それなら、そう言って」


 トゥウェルテナが胸元をさらに強調するように上着を脱ぎ始める。


「ええい、やめんか、お前は」


 ディグレイオも、エンチェンツォほどではないにしろ女を苦手としている。自身の言動から、そう思われないのが彼にとっては一種の苦痛でもある。


「トゥウェルテナ、ディグレイオをからかうのはよしなさい」


 これもまた、いつものごとく場を収めるのはソミュエラの一言だ。


「はあい、姉様。ちょっと、ディグレイオ、また姉様に叱られたじゃないのよお。貴男のせいよ」

「おい、こら、何で俺のせいなんだよ」


 トゥウェルテナは誰よりもソミュエラをしたっている。ゼンディニア王国にやって来た当初、彼女は言葉が分からず、様々な困難に直面していた。


 主物質界に統一言語はない。大陸ごと、諸国ごとに言語が異なるため、習得には時間がかかるのだ。


 ある時、市場の片隅で複数の男たちに絡まれていた彼女を救ったのがソミュエラだった。当時のトゥウェルテナを見れば、十二将の地位にいているなど想像もできない。


 まとった衣装は今と何ら変わらない。男にとって、それがいかに煽情的せんじょうてきか。場所によっては、そういう女だととらえられても仕方がない。


 男たちは一瞬のうちにソミュエラにのされ、トゥウェルテナは九死に一生を得た。当時のソミュエラは、既に近衛兵団副団長にして十を超える言語を自在に操る天才だった。その一つが、たまたまトゥウェルテナの母国の言語だったのも幸いした。


 それ以来だ。トゥウェルテナは、ソミュエラを姉様としたって、何をするにしても後ろをついて回るようになった。ソミュエラもそんなトゥウェルテナを可愛がった。


「陛下、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


 フィリエルスが馬鹿話はこれまでとばかりに口を開く。イプセミッシュは、何だと目で問う。


「本気でラディック王国に攻め入りおつもりでしょうか」


 これこそ、全員が最も聞きたいことだ。彼らの願望でもある。イプセミッシュの本心がどこにあるのか、それを知らずして戦争に突き進むことなどできないからだ。


「無論だ。俺の野望はお前たちも知っているな。だが、まだ時期が熟していない。最後の決め手に欠けているのだ。それも間もなくだろうよ」

「最後の決め手、例のあの男のことですか。ふむ」


 ザガルドアが独り言のようにつぶやく。


「心配か、ザガルドア」

「陛下、私はあの男を信用していません。あの力は、あまりに強大で危険です」


 イプセミッシュは、ザガルドアの即答に対し、あごに手を当てて考え込んだ。一度ひとたびこの姿勢を取ると、イプセミッシュはしばらく動かない。


(長考に入られたか。どうやら、ここまでのようだな)


「陛下、我らはいったんここで下がります」

「ああ。行け」


 イプセミッシュの許可が出たことで六将それぞれが一礼、退出していく。


 取り残されたエンチェンツォはどうしようかと迷っていた。ディグレイオににらまれる。お前もだと目でうながされる。


 エンチェンツォは瞑目めいもくするイプセミッシュをしばらく見つめ、最後に玉座の間を後にした。

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