第017話:ティルフォネラの導き

 火焔鳥が去り、玉座の間の熱もようやくにして冷めた。


 あまりに悲しい結末に誰もが動けない。特に、モルディーズはその場にしゃがみ込んだままだ。起き上がる気力もないのだろう。


 この状況に耐えきれなくなったか、長い沈黙を破って最初に言葉を発したのはカランダイオだ。


「我が主レスティー様、改めて御身のご帰還、心よりお慶び申し上げると同時に長らくお待ちしておりました」


 改めてレスティーの前でひざをつき、臣下の礼を取る。


 いまだイオニアをはじめラディック王国の者たちは呆然自失ぼうぜんじしつといったていだ。


 魔霊鬼ペリノデュエズとの初遭遇、その魔霊鬼ペリノデュエズを事も無げに倒したレスティーの力を目の当たりにしたのだ。ある意味、仕方がないだろう。


 本来ならば、国王たるイオニアが声を発すべきところだ。このままではいつになってもらちが明かない。そう思ってのカランダイオの行動だった。


魔霊鬼ペリノデュエズを見つけ出し、倒せたのはそなたたちのおかげだ。改めて礼を言う」


 レスティーの労いに対し、カランダイオは恐縮しきりで答える。


勿体もったいないお言葉です。我ら一同、レスティー様に命を捧げている身です。礼などおそれれ多いことでございます」


 カランダイオを除く六人の宮廷魔術師団も一様に同じ思いをもってうなづいている。


「この場の後始末はそなたたちに任せたい。頼めるか」

「もちろんでございます。万事、我らにお任せください」


 カランダイオの言葉にレスティーが首を縦に振った。


 レスティーのもとへスフィーリアの賢者がゆっくりと近づいてくる。


「お見事でした。また貴男に助けられましたね。貴男にとっては何でもないことでしょうが、私たちでは低位メザディムにさえ対処できません」


 落胆気味に語るスフィーリアの賢者だった。目の色は失われていない。レスティーはひとまず安心した。


「あの者には気の毒だった。救えるものなら救いたかった。時間がちすぎていた」


 アレイオーズの場合、身体を乗っ取られてから少なくとも八日以上が経過していた。


 低位メザディムなら、依代よりしろとなる者を取り込んでから同化までは、ばらつきがあるもののおよそ七日から十日を要する。その間の捕食状況にも影響を受けるからだ。


「私たちには魔霊鬼ペリノデュエズを見つけ出すすべがありません。実体に気づいた頃には、もはや手遅れになっています。如何いかんともしがたい状況です」


 レスティーには魔力をる目がある。そう、あらゆる魔力をだ。


 種によって保有魔力量は異なる。魔力そのものは全身をけ巡っている。また、種、族、属によって特性があり、識別は容易だ。


 魔霊鬼ペリノデュエズは、そのどれとも異なっている。他では絶対に見られない顕著な特徴を有している。


 見分けられるのはレスティーのみだ。レスティーを除けば、唯一特殊な一属にのみ、それを視る目が与えられている。残念ながら、彼らと遭遇する機会はほぼないだろう。


 レスティーは思案していた。


魔霊鬼ペリノデュエズを見分ける方法ならある。あるのだが」


 歯切れの悪いレスティーの言葉をさえぎりつつ、前のめりで食いついてくる。


「あるのですか。是非ともご教示いただけませんか」


 スフィーリアの賢者の変わらない姿勢に、レスティーは苦笑を浮かべている。


「変わらないな、エレニディール。知識に対する熱意は今も昔も」

「ああ、またやってしまいましたか。大変失礼いたしました。お恥ずかしい限りです」


 スフィーリアの賢者は今さらながらに疑問を感じている。なぜ、アレイオーズが魔霊鬼ペリノデュエズだと分かったのか。いったいどうやって精神の牢獄に封じ込めたのだろうか。


 レスティーではない。彼のそばで控えているカランダイオと向き合う。


「カランダイオ、もしかして貴男には魔霊鬼ペリノデュエズえるのですか」

「遅いですね。ようやく気づきましたか」


 スフィーリアの賢者が何か言いかけようとしたところで、先にカランダイオが言葉を発する。


「賢者殿、貴男には無理でしょうね」


 何故なにゆえに無理なのか。いぶかしく思って問い返そうとする前に、カランダイオがレスティーに一礼を送る。


 背を向けて宮廷魔術師団のもとへ戻っていく。言葉をかけても無駄だと悟ったか。スフィーリアの賢者は何も口にしなかった。


「エレニディール。これから私が言うことを聞いて、それでもなお望むなら教えても構わぬ」


 突如として、レスティーの顔つきが変わったことでこの話は流れてしまう。


(これは、どこだ)


 レスティーの鋭い声が脳裏に突き刺さる。


 まさに今、エレニディール、カランダイオ、イオニア、モルディーズの脳内に鮮明な映像が投影されているのだ。作り物ではない。まごうことなき現実の、しかも時間差なしのものだ。


「ディランダイン砦です」


 二人の声がかぶる。場所を告げたのはカランダイオとモルディーズだ。


「ラディック王国とルドゥリダス王国との国境に位置する緩衝地帯です」


 エレニディールが引き継いで、説明を加える。


「なぜ、緩衝地帯で戦闘になっているのだ」


 レスティーの疑問にすかさず反応したのはイオニアだ。明らかに狼狽うろたえている。


「馬鹿な。ディランダイン砦で戦闘などありぬ。それに今頃、の地には」

「まさか、セレネイア姫が。第一騎兵団にはクルシュヴィックもついています」


 レスティーがエレニディールに向かってうなづいてみせる。


(内外を隔てる結界が展開されている。その頂点だ。正確な座標を示してほしい)


 訝しく思うエレニディールが問い返す。


(それは可能ですが、いったいどうしたのですか。貴男が関わることではないと思いますが)


 レスティーは迷いなく答える。わざわざ、ラディック王国に来た目的の一つだったからだ。


(ティルフォネラが反応した)


 思わず息をむエレニディールだった。躊躇ちゅうちょなく、降り立つべき結界の位置を確定させる。


(ここです)


 即座にレスティーに伝達、同時に二人の姿がその場から消え去っていた。


 レスティーには魔術転移門など必要ない。座標さえ確定できれば、瞬時に此方こなたから彼方かなたへと転移できるからだ。その力を惜しみなく行使した。


「行ってらっしゃいませ、レスティー様」


 うやうやしく頭を下げるカランダイオは、いささかの不満を腹に収めつつも、後始末の準備にかかる。主たるレスティーの決めたことだ。異論など毛頭もうとうない。


 カランダイオにも自負がある。たとえ、スフィーリアの賢者が相手でも、一対一であらゆる手段を使えるなら互角の勝負ができる。


「今回は賢者殿に譲るとしましょう。次回こそはこの私が。さて、この愚か者はどのように処理しましょうかね」


 るような眼差まなざしをヴィルフリオに投げ、獰猛どうもうな笑みを浮かべるカランダイオだった。

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