第004話:魔術転移門

 突如、玉座の間の空間に亀裂が走った。


 少しばかり耳障みみざわりな、金属をり合わせたような音を響かせつつ、亀裂は次第に大きくなっていく。


 無言のまま、頭を抱えるイオニア国王の御前に控える騎士たちの動きは迅速だった。


「何かが出てくるぞ。陣形を整えろ」

「陛下をお守りせよ」


 玉座を取り囲むようにして、六人の騎士が抜剣ばっけんして構えを取る。


 玉座の間の中央部、地上から一メルクの高さに魔術転移門が完成していた。人一人が十分に通り抜けることができる大きさだった。


 全ての目が、その内部の暗闇にそそがれている。これから出てくるであろうものに最大限の注意を払っている。


 静まり返った玉座の間に、二つの影が転がり落ちてきた。沈黙を破って、まず言葉を発したのは宰相モルディーズだ。


「その方たち」


 彼らの正体が自身の派遣した査察官だったからだ。なぜ、このような事態になっているのか。混乱している間に、空洞の中から声が聞こえてくる。


「これは失礼を。少しばかり勢いをつけすぎましたか」


 魔術転移門から悠然ゆうぜんと姿を見せたのは、誰あろう、スフィーリアの賢者だ。出てくると同時に軽く右手を払った。たちどころに空洞が消え失せ、元どおりの空間へと収束していく。


 誰もが固まっている。表情がそれを物語っていた。宰相モルディーズも考えがまとまらず、次の行動に移れずにいる。


(なぜ、このような時に、スフィーリアの賢者様があの者たちと共に現れるのだ)


「あなたが疑問に思うのも当然です。今から説明しますが、その前にこの二人は魔力酔の状態です。少し休ませてあげてください。数時間もてば、もとに戻るので心配はりません」


 スフィーリアの賢者は魔術師には珍しく、気配りができる男でもあった。


 これまで腰を下ろしていたイオニアが立ち上がる。目の前に立つ男、スフィーリアの賢者とは初対面ではない。信に足る者だということは分かっている。


「久方ぶりだ、スフィーリアの賢者殿よ。ようこそ、ラディック王国へおでくださった」


 国王の言葉を受け、一同が臣下でもないのに片膝をついて敬意を示す。


「イオニア殿、久しぶりですね。突然の来訪、しかも魔術転移門を玉座の間に開いたことをおびしますよ」


 軽く頭を下げるスフィーリアの賢者に対して、イオニアが言葉を返す。


「何をおっしゃるか。詫びなど不要であるよ。それにだ」


 一呼吸区切ると、わずかにほおを動かした。苦笑いとでも言うべきか。


「貴殿の力をもってすれば、余が許可しようとしまいと、造作ぞうさもなく玉座に入ってくることができよう」

「これは痛み入りますね」


 いかにも外交的な応酬が続いた後、スフィーリアの賢者が本題に入る。


「魔電信は届いていますね」


 イオニアが重々しく頷く。その表情を見て、スフィーリアの賢者は察した。


「貴殿の言葉だ。疑う余地はないのであろう。あまりに突拍子とっぴょうしすぎる。それをどう受け止めてよいものかと、余は混乱しておる」


 ここにいる全ての者が同様の思いをいだいている。


 難攻不落とうたわれたカルネディオ城が陥落、あまつさえ消失など、どうして信じられようか。


「分かる範囲で話をしましょう。魔電信で送った内容は、ごく一部にすぎませんから」

「助かる。余の混乱を是非とも解消していただきたい」


 スフィーリアの賢者がぐったりしている査察官を指し示す。


「その前に、まずは彼らを」


 モルディーズがイオニアに視線を向ける。イオニアは黙したまま首を縦に振った。


「静養室に運んで休ませてやれ」


 モルディーズの言葉に反応した騎士たちが歩み寄る。二人を抱え上げて玉座の間から退出する。


 見届けたイオニアが、魔電信の内容を独り言のように復唱した。


すさまじい魔術でした。私をも上回っているかもしれませんね」

「あり得ません。そのような」


 思わず声を上げてしまうモルディーズだった。イオニア、スフィーリアの賢者の二人から同時に視線を浴びて、たたまれなく頭を下げる。


「気持ちは分かります。ただ、あの惨状を見ずに済んでよかったですね。あれは狂気以外の何ものでもありません」


 イオニアがいぶかしげに問い返す。


「狂気は人をいとも簡単に変えてしまいます。行使された魔術には、激しい怨嗟えんさの念が込められていました」


 スフィーリアの賢者は行使された破壊魔術が三種だと告げる。


「全てを破壊する炎系魔術、その威力を増大させる特殊付与魔術、そして破壊範囲をきわめて正確に限定する結界魔術です。この術者は強力かつ高度な魔術を同時に行使しています」


 念入りに準備してきたことがうかがえる。無差別破壊ではなく、対象を限定した魔術攻撃だからだ。


 カルネディオに、そこまで恨みを買うような者がいただろうか。イオニアは自問自答しつつ、おのずと答えに至る。


(奴隷売買か。あの愚か者めが。余がもう少し早く手を打てていたら。いや、いずれにせよ間に合わなかったであろう)


「貴殿を上回るかもしれぬ魔術師か。実在するのであろうか。その者は、果たして人なのであろうか」


 人族の魔力は限定的だ。これほどまでに強大な魔術を行使するのは、かなり難しい。


「分かりません。私にも知らないことが山のようにありますからね」


 スフィーリアの賢者は、破壊現場を調査してからの一連の出来事を説明した。


「そのようなことが起きていたのか。まさしく、想像を絶するな。その手がかりについては、何か分かっておられるのか」


 イオニアが欲しいのは手がかりの情報だ。だからこそ、さらなる説明を求める。


「この無色透明の物質については、ステルヴィアに持ち帰って解析してみないと何とも言えません。魔術触媒に間違いはなさそうですが、私も初めて見るものです」


 自らの魔力をもって閉じ込めた物質を手のひらの上に浮かべ、スフィーリアの賢者が続ける。


「私を襲った者たちの首謀者の名は聞き出せませんでした。これだけの魔術を行使できる者は限られているでしょう」

「貴殿には思い当たる節があるのであろう」


 鋭い観察眼だとめるべきか。スフィーリアの賢者は迷ったものの、答えないという選択をした。


「少しばかりは。ただ、私の憶測おくそくだけで語るわけにはいきません。もう少し確証を得てからです」


 イオニアにも国王としての意地がある。さらに食い下がる。


「それはそうであろうが」

 

 言いたいことも分かる。スフィーリアの賢者には、明かせない別の理由があるのだ。


「イオニア殿、貴男のおっしゃりたいことも分かります。ですが、お待ちください。首謀者が判明次第、真っ先に貴男にお知らせすると約束しましょう」


 強引にでも打ち切るしかなかった。イオニアの表情を見るまでもなく、納得していないことは明白だった。


「お邪魔してしまいましたね。ステルヴィアに戻ります」

「もてなしもできず、立ち話のままで相済あいすまぬ。次は忌憚きたんなく語り合いたいものだ」


 皮肉めいたイオニアの言葉に、スフィーリアの賢者も同様に返した。


「そうですね。かつての約束事も正しく守られていますね。あの御方への敬意が失われていないようで何よりですよ」


 一瞬、頬の引きつりを感じたイオニアだった。


 これ以上の引き止めは無理だと判断したのだろう。互いに会釈を送り合い、突発的とも言える会談の終了を告げた。


 既にスフィーリアの賢者の背後には魔術転移門が開いている。


「では、またの機会を」


 スフィーリアの賢者が後退あとずさりのまま魔術転移門をくぐる。わずかな光を発した後、魔術転移門が消え失せ、空間に静寂が戻った。

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