雪と雪の間に

北緒りお

雪と雪の間に

 雪で飛べなくなると、とたんに暇になった。

 物流倉庫の屋上、マンションだと10階ぐらいの高さだろうか、見晴らしはいいが、やたらと寒い。同じように飛べなくなって時間を持て余したのが数人、自動販売機のコーヒーで暖をとりながら、真冬のどっぷりと日が沈んだ中で無駄話を続けていた。

「こないださ、寝不足で仕事したらさ、やっちゃったんだよね」と切り出したのは、この仕事でよく顔を見る奴だった。20代後半ぐらいだろうか、背は高くないものの肩がしっかりしていていかつく見える。寒いからなのか、それとも元からそうなのか、鼻筋と頬に赤みが強くでている。顔立ちはすっきりとしていて賢そうに見えても良さそうなのだが、親しみやすい印象の方が先に立った。

「寒いから着込むじゃん、それでカイロとか腹と背中に着けてたらさ、暖かくなりすぎちゃってさ、うとうとしちゃうよね」と軽く言うが、配達中に寝られるとは図太い神経だ。ドローンが進化して小型化と強力化したまではいいが、制度の方が追いつかず、商業用の大型ドローンはわざわざ人と一緒に飛ばなければならないという法律ができあがった。自動車の免許が参考になっているらしく飛翔運転免許というのを取得すれば、配達用大型ドローンの“運転手”として仕事ができるようになる。

 一連の法律もなんかショボイのだが、もっとダサいことに、自動操縦が売りだったドローンにも関わらず、人が一緒に飛ぶにはバンド型のセンサーを身につけ、その人間が“心身ともに健康”であることを監視しながらでないと飛べないという、管理社会の権化みたいな制度に仕上がっていた。

 ただ、そのおかげで、ドローンと荷物と一緒に空を飛びながらぼんやりとしているだけで時給が発生するという職業が完成した。

 とはいえ、センサーは寝ているのも関知する。そうすると「ちょっと目をつぶっただけなのに、市民公園の池の縁におろされたのはいいけど、ぬかるんでるじゃん、ふくらはぎまで泥だらけ」という羽目になるのだった。

 再飛翔するのにもお役人が考えたつまらないルールがあり、飛翔士は直立して、体の垂直を一定時間保たないとドローンは動かないような仕組みがある。そのおかげでぬかるんでいる足場に着地してしまうと、再飛行するにはまっすぐ立ち、そして直立を維持しなければならなかった。

 体と同じぐらいの大きさのドローンと荷物を背負った状態だ。少しの間だって、じっとしていれば足は泥に沈んでいく。その様を「足がずぶずぶ泥に飲まれていくけど、動くと飛ばないし、リミッターきって飛ばして後でばれてもクビになっちゃうし、めんどくせーなーと思ったけど、しずかに泥の中でまっすぐ立っててさ」なんて言う。

「やっと飛んだはいいけど、泥だらけじゃん。泥をボトボト落としながら国道の上飛んでさ、迷惑以外のなにもんでもなかったね」という、「したっけ、パトカーいんじゃん、泥も落ちるじゃん、そりゃ呼ばれるよね」と続ける。

 自由に飛んでいるようでも飛翔士ができることは数が少ない。パトカーやパトドローンに警告を受け、警官が必要と判断すると、強制着陸をさせられる。このときは事情を話して注意だけで済んだが「つぎやったら逮捕」と念を押されたらしい。

 また、この中では最年長になるのだろう、俺がこの職場に入った時にはすでにベテランの風格を醸しだし、現場ですれ違うと話したことはなくとも印象に残る男が「配達先が汚部屋ってのもイヤだよね」と言う。真冬なのにも関わらずゴーグル焼けをしていて目の周りが白っぽい。それだけでも印象に残る。だいぶ長いことこの仕事をしているのだろう。むさ苦しい見た目とは逆に、声は低くけれども聞きやすい声質で、配達先の人を空から呼ぶのにいいだろうなと感じた。ぼそっと「配達先が汚部屋だと複雑な気持ちになんね?」と共感を誘うように言う。

 個人宛の仕事だと配達は主に高層マンションに集中していて、ベランダから届けるものだから、見る気がなくとも部屋の中が見えてしまう。どうやったらこんな高級そうな家具ばっかり並べられるんだろうと思う部屋もあれば、海外ドラマに出てきそうな感じのいい部屋、そうかと思うとベランダで魚の開きを干しているような部屋まで千差万別だ。けれども、汚部屋にあたったことはなく、どんな部屋だったのか気になった。

「ベランダにさ、段ボールの山とかペットボトルとかあって、足の踏み場もないような状態でさ、高層階で窓とか閉めなくていいもんだから開けっ放しで、ゴミの山がつづいてんだ」

 情景を想像しながら聞いていると、さらに続けてくる。

「部屋の奥の方まで見えるもんだから見ちゃったんだけど、ゴミかなんかが入った袋が山積みになっててさ、金は持ってるんだろうけど、なんでそんな部屋に住んでるんだろと思ってさ」と、身振り手振りで袋の大きさなんかを教えてくれる。

「荷物下ろそうにも立てるところがないからさ、一度屋上まで行って、荷物を手に持ってもう一度いってそれでやっと届けたんだけど、ベランダに近づいただけでヤバいにおいがしてさ、ちょっと無理だよね」と、その悪臭を表情に出しながら言う。どんな臭いか聞いてみると一言「動物園」と答える。

 周りからは「それってフンの臭いじゃん」とか「獣の臭い?」とか口々につっこむ。

 それを聞いて思い出したのか「そんな感じのえぐい臭い」と渋い顔をしている。

 それで何かを思い出したのか、最年少のが口を開いて「いやな客っていったら、庶民アピールする奴もやだよね」と切り出す。

 まだ免許を取り立てで初心者マークをつけないといけないが、飛ぶのが楽しいらしく、どの現場で会っても休憩もそこそこにあっという間に飛び立っていってしまう。軽い挨拶程度のやりとりしか無かったが、ちゃんとした言葉で話をするのはほぼはじめてだ。並んで座っていると、その頬に若干の幼さを感じるが、電子たばこをふかす様が堂に入っていて、おとなしく子供をしていたタイプじゃなかったんだろうなと感じた。

「こないだ行った部屋、ヤバかったすよ」と話し始める。

「珍しく個人相手の発注がきたと思ったら、牛丼と豚丼を運べってオーダーで、運賃の方が高いしなんて思って運んだんすよ、それでマンションの最上階にあるバルコニー行ったら、ハーパンのおっさんが“たまに食いたくなるんだよねー、庶民の味”なんて聞いても無いことをいいながら、半分冷めたような丼受け取ってんすよ」と半ば興奮気味に話す。

 日本が貧しくなっていく一方、高給取りはマンションにこもり、リモートやエアタクシーで地上に降りずに生きていくようになった。それまではぼんやりとあった貧富の階層が目に見える形でわかるようになり、地上を歩いているのは、低所得層が占めるようになった。真ん中がなくなり、貧と富の溝が大きく開いた。

「無駄に金を払うのが金持ちだっていうアピールなんすかね」と質問口調でふられる。

「マンションにこもってて人に会わないもんだから、俺たち相手に金もってんだってアピってるんじゃね? 誰かに自慢したいけど、下には降りたくないからわざわざ宅配頼んだりしてさ。知らんけど」と、憶測の返事をしてみる。

「そんなもんすかね」と納得したみたいだった。

「まあ、うぜーだけだな」と動物園の臭いから立ち直った奴が口を開く。

手にしていた缶コーヒーはかってすぐに飲み終わっていたが、手持ちぶたさで何となく持っていた。すでに真冬の空気でこれでもかと言うぐらいに冷やされ、指先が委託感じるぐらいだった。スマホを見ると、天気予報の通知と一緒に飛行中止が5分後に解除されるとでてる。

 また仕事が始まる。

 警報解除の通知がでると、皆散り散りに飛んでいった。

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雪と雪の間に 北緒りお @kitaorio

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