第37話 小石限定なんだよ!!!

 俺はしばらく本棚の物色を続けていた。暑い。汗だくだ。

 小石も汗を拭いながら床に膝をつき、衣装ケースから一枚一枚、中身を取り出して確認している。

 椎名先輩も汗だくで、寺子屋の衣装をスマホで撮りまくっていたが――今はたぬきで遊んでいる。あれは、寺子屋の演劇で使用された『ゴンベエ』のパペットだ。


 空気も入れ替わったし、エアコンをつけようか。と思ったとき、小石が楽しげな声をあげた。


「これ……! ほんまつちゅう、私の母校の制服!」


 半袖のセーラー服を手に、笑む彼女。きっと、そのセーラー服姿の小石も可愛いに違いない。見てみたい。そんなことを考えながら、そちらに足を運んだ。


「あ! 俺の中学のもある」


が母校のは? ……あ、ありました!」


 衣装ケースの蓋の上に積まれた制服を確認し、椎名先輩も声をあげた。


「おい、小石。その制服のスカートはあるのか?」


 まだ衣装ケースに残っている中身を全部確認して、小石が言った。


「ない」


「やっぱり。

 学校説明会の日、太巻先生が小石に渡したスカートって、ここから持ってきたんだ」


「あっ、そういうこと!? 確かに、たぶんもう使わないだろうから、返さなくていいって言ってた」


「廃部ですもんね」


「演劇部は、使い古した中学の制服を、衣装としてストックしてたんだ……」


「ちなみに俺はさっき、こんなもん見つけた」

 言いながら、小石に冊子を渡す。


「うわぁ〜〜! 寺子屋の台本!」


「書き込みとか一個一個見てみたけど、『彼』に繋がりそうな手掛かりはなかった」


「そっか……でも、うれしい。ありがとう」

 そう言って小石は、しばらく感慨深そうに台本に見入っていた。


***


 結局、太巻先生関係で見つかったのは――


 カツラ(脱色後)、着物、羽織、袴、鉄扇てっせん足袋たびぞう。それらが今、人がまとっているかのような形で、長机に並べられている。


「衣装だけで手掛かりなしか。こうして見ると、まるで『彼』の『抜け殻』だな……」


「でも、スカートの出どころがわかったし。太巻先生の衣装とか、寺子屋の台本も見られて、すごくうれしかった」


「なあ、これからどうやって『彼』を探す? それとも、十月を待つ?」


「待てない。教室を一つずつ回って、二、三年生全男子の顔を見る!」


「ほぉ。太巻先生は、去年の三年生じゃなかったんですね?」


「はい、そうなんです! あ、でも『彼』は、太巻先生を演じていたことを知られたくないみたいなので、このことは内密にお願いします」


「小石、教室を回るっていつ回るんだよ? 休み時間に全員教室にいるとは限らないし、かといって授業中はもちろん無理だろ?」


「そっか……。

 あ〜〜、二、三年生の卒アルが見られればいいのに……」

 小石の顔が曇る。


「来年、再来年かよ」


 ――そうだ。


「写真なら、ある……」


「えっ?」


「俺たちだって入学式とか遠足で、クラスの集合写真撮っただろ?」


「そっか、集合写真……! 効率いいね。さすがれん君!」

 たちまち顔が晴れた。


「ムフフ……なるほど。では早速、私のクラスの集合写真、もちろん全員揃ってるやつを明日持ってきましょう。まあ、うちにはいないと思いますけど、一応」


「しいちゃん先輩、ありがとうございます! よし。明日、ぶち先輩にも頼もう」


「俺は、プログ部の先輩に頼んでみる」


「ありがとう! 片付けはやっておくから、蓮君は部活に行って?」


「じゃあ、頼んだ。……椎名先輩、すみません。お先に失礼します」


「ええ。行ってらっしゃい」


 俺がリュックを背負いながら廊下に出たとき、「あっ!」っと声があがった。


「蓮君、待って!」

 部室の入り口で、小石が俺を呼び止める。


 その、きらきらと期待に満ちた眼差しと、手に握られている青い着物。

 呼び止められた理由に、すぐ察しがついた。片付けを始めた椎名先輩を一目し、声を落として小石に言う。


「椎名先輩がいるからダメだ。剣蔵けんぞうはやらない」

 視線を彼女の上履きに移す。


 小石も俺に同調するように、声を落とした。


「しいちゃん先輩も寺子屋ファンだから、きっとすっごく喜ぶよ?」


「小石にしか、見せたくないんだ」


「どうして?」


 俺が剣蔵になるのは、小石のためにだけだ。俺が演じると小石は目を輝かせ、笑ったり、昨日に至っては長いこと見つめ合ってしまった。

 それは、かけがえのないせつ。そこに第三者がいてほしくない。


 剣蔵は俺にとって、一刹那でも彼女の心を奪う、貴重な手段だ。


(『』?)


 ――そうだ。


 もうすぐ、太巻先生が見つかりそうな状況にしておいて……我ながら馬鹿だ。

 このに及んで、こんなことを思うなんて。


(手斧でも、カッターでも、素手でもいい。巨木を打ちたい!!!)


 視線を上げ、小石と合わせる。


「小石は、特別だから!」


「クラスメートの、特権?」


 全然打ててない、空振りだ! きょとんとする彼女を前に、思わず奥歯を噛み締める。


(あ〜〜〜〜〜〜!!! もう!!!)


 パチパチパチ!

 頭で、胸で、焦燥が火花のようにぜる。


なんだよ!!!」


 思わず、声を荒らげた。椎名先輩のことを考えている余裕なんてない。

 自分が映る赤茶の瞳。その瞳孔が縮む。

 小石が着物を手にしたまま、口を半開きにし、立ち尽くしている。

 巨木を打ったはいいものの、たちまちいたたまれなくなった。


 だが、後悔はしていない。


「蓮く――」


 小石の返しを待つことなく、俺はその場から走りだした。


 走る。


 階段を駆け下りる。


 走る。


 走る。


 走る。


 ただひたすら、プログラミング実習室を目指して。


(意味わかる? 小石――!)


第2章へ続く

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彼女は、2.5次元に恋をする。 おか @okaokaoka

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