クラス最後の魔術師(仮題)

かにやまごんたろう

これまでのおはなし

 根が暗いというか、人と話すときに言葉がうまく出てこなくて、最後には相槌だけに徹してしまう私にまともな友達はいなかった。友達?例えば「お昼を一緒に食べる」とか、「課題を一緒にやる」みたいな距離感で付き合える人のこと。けれどこのクラスは「友達じゃないから」という理由だけで「つまはじき」「ターゲット」にはしない、いい場所だった。互いに互いのペースを守り合うような。田舎の中学校で、生徒数は全校生で三十人くらい。だから私たち三年一組も十三人しか居なくて、賑やかではあるけれど一定の静謐は常に教室に横たわっていた。誰の目も見られなくて恥ずかしくて本を開くときにそれは―まるで精霊のように私を守ってくれたような気がしていたけど、違ったなと今では思う。あれは彼らなりの優しさで、人付き合いが苦手なら必要なとき以外はそっとしておいてやろうという心遣いだったのだ。私はすこし傲慢なところがある。人のそういう優しさに気づけないところ、とか。

 孤独を誤魔化すように開いていたマクベスの文庫本も、顔を上げるのがおそろしくて手から離せなかった太宰治の全集も、私がすこしだけ勇気を出せば必要なかったんじゃないかと、飴玉ひとつ分だけ後悔する。ほんとうに、いいところだったんだな、と思う。私はいい仲間に恵まれていたと思う。

 教室で最後に本を閉じたのはいつだっけ。最後はたしか、「黒死館殺人事件」だったような―


 ―場所は変わって、ここはナーロッパ。

 雑踏の中に聞こえる人命や建築風景、人間の特徴を見るにどうやら本来の人類史におけるドイツをベースにした場所のようです。

 話の展開が早すぎることは申し訳ないと思っているけれど、これを言わないこと進まないので言います。私たち三年一組、まとめて異世界転生しました。語り部は「私」、羽持あそび―根暗で臆病者の―ジョブは「魔術師」がお送りします。


 これまでのおはなしをしましょう。


 そうです、私たちは異世界のとある国に「救世の少年少女」として招かれました。高次の転移術式で召喚されたようです。召喚に際し私たちには「役職」と「加護」が与えられました―いわゆるジョブとチート。これは個々の適性や魂の資質を計られて運命の巡り合わせのように出会ったものです。

 例えばクラス委員長の一ノ瀬達也くん。

 彼は根明で溌剌としていて、クラスを牽引する熱い人です。彼の役職は剣道部ゆえか”剣士”、加護は”カリスマ”……誰彼構わず引き付け存在だけで人を鼓舞する、ジャンヌのような感じでしょうか。

 

 そうです。そうして剣士に僧侶に吟遊詩人に遊び人もいて……十三人のフルメンバーで世界を脅かす魔王の首を狩りに出かけたのです。交通手段、徒歩。装備は手持ち、途中の村で補給したり時には野営もしたりしながら。さながら林間学習でした。私は人の輪に入れないのに、みんな入れようと必死になってくれて……ほんとうに優しかった。そうして進み続けて、なんとか死者もなく魔王を倒したと思いました。

 話が早い?失礼、ここまでが前提なのです。


 その後、出発した国への凱旋を終えて、祝勝会が開かれました。皆笑顔で迎え入れてくれる。全ての幸福がここに集うような、絢爛で暖かい、そんな王宮広間でした。


 でも、地獄はここから始まった。ふたつの悲劇、ふたつの地獄。

 ひとつめ……なんと、「正義は魔王の方にあった」のです。魔王はその圧政で、ときに人的犠牲を払いつつ、抑え込んでいたのは「本当の災厄の蓋」。ほんとうの地獄に誰も害されないように、必要悪となっていたのでした。魔王の最後の言葉は、「誰に唆されて我を殺す?」でした。その時に気づけば良かった。悪だと刷り込まれ、疑うことなく殺しに向かったから……!

 ふたつめ……こちらも、なんと。


 私以外、みんな死んでしまいました。


 祝勝会でのことです。私たちには盃が配られました。勝利の美酒というやつですね。本来未成年の私たちも、法の支配がない異世界でなら、とそのお酒を口にすることがあったのです。何人かはとくに考えなしに飲み込みました。

 ―それが毒だと知らずに。

 それで十三人から七人になりました。そして「毒を呑んだはずなのに死ななかった」残りの七人。私含め、文化系のサポータースキル持ちの子が多かったと覚えています。サポータースキルの加護は概ね「耐毒能力」が備わっていましたから。

 そうです。そして、祝勝会の途中。本当の災厄の蓋が取り払われて―世界は暗雲に包まれて―病と害虫―多くが一瞬で死にました。

 その責任を問われ、残った私たちは幽閉、裁判にかけられます。結果は語らずも。

 火刑台が人数分用意されました。全員鎖で繋がれて、街を引き回されます。怒号を、罵声を、嘲笑を、浴びました。こんなに孤独なことってあるんだなあ、と石をぶつけられた頭で、流血を舐めながら考えます。ぼんやり、他人事のように自分の処刑を眺める自分がいました。


 ……その最中です。三羽の白鳥(異世界だからモドキ?)が、最後尾に繋がれた私のところにやってきました。その白鳥は私の手枷と足枷を突き、なにかを訴えるように飛び回る。それを見た高位司祭が、兵たちに何か囁くと、私だけが列から外されて保護されたのです。突然の出来事。私はお得意のだんまり、というより素で黙ってしまいました。


 なんで?


 残りの六人は訝しげに私を見つめます。いきなり拘束を解かれたのですから、それはそうです。そしたら高位司祭がおっしゃいました。


 白鳥。神のみ使いに選ばれたこの娘を赦し、本当の災厄を鎮める人柱として罪を償わせることとする、と。


 沸き立つ観衆。どよめくクラスのみんな。私は自分一人許されていいわけないだろうと高位司祭に楯突こうと―懇願しようと必死でしたが、あまりに突然のことに喉がひくついていつも通り「言葉が出てこない」のです。やめてください、わたしも殺してください。私は食べるのが不器用で、服につけた最後の晩餐のパンくずを狙ってやってきただけに決まっているのです。頭で言葉は組み立てられても、口からそれが出てこない。震えて、震えて、ただクラスメイトに―伽耶ちゃん、沙良ちゃん、英治くんに睨まれるのを感じながら―でも、いとちゃんに「生きな!」と大声で言われて―


 無言のまま、時間が経ちました。

 立ち尽くしていたのだと、思います。


 次に記憶があるのは司祭の部屋です。

 司祭の「いつ発つかね?」という質問に、呟くように「今夜中には発ちます」と言いました。司祭との会話はそれきりです。私にははじめに魔王を倒しに向かった時と同じだけの装備が与えられましたが、毒殺の犯人から提供された携行食や水を素直に受け取れる訳もなく、途中で捨てました。魔術で極力足にたまる乳酸を減らしながら、狼の出る夜の山道を杖と魔導書二冊だけ抱いて駆け抜けました。


 そうして今に至るのです。ここはおそらく国境付近。クランベリー(モドキ)の森。ベリーを口に含み、その甘酸っぱさで癒せるものだけを癒しながら。私は世界に立ち込めた暗雲を払いに向かいます。

 けれども心に疑念は積もります。

 なぜ毒殺したんだろう。

 災厄ってなんだろう。

 何もかも、なんなんだろう。


 これが私の惨憺たるすべての始まり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラス最後の魔術師(仮題) かにやまごんたろう @chik77mi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ