第78話 隘路での合戦

 セザールからの報告を聞き、騎士ランヌは「なるほど」と瞑目した。

 動揺した様子はないが、考えをまとめているようだ。


「ゴホ、ンンッ……もう少し時を稼げると思っておりましたが――」

「これは始めから伯爵がケンカ腰ですから仕方ないかと」

「ンッ、ンッ、しかし、この状態の城では守るのは不可能です」

「もうひと方はさらに工事が遅れております。そちらも籠城とはならんでしょう」


 セザールが言うように、今回はもう1ケ所でもビゼー軍がマラキア市領に侵入し築城している。

 こちらも忠義派と伝統派がコンビで派遣されているが、あまり工事の進捗は良くないらしい。


「ンッ、もともと我らの築城はマラキアへの挑発。そう考えれば城に固執する理由はない。城を放棄して合流もできますが、いかがなされますか?」

「ま、敵の数次第ですわ。ここは道も細く曲がりくねっとりますから、待ち伏せなどいくらでもできるわけで」


 ガストンはこの1ヶ月で作成した周囲の簡易的な地図を拡げる。

 当然、迎撃のポイントもいくつか記されていた。


「セザール、敵はすぐに来るんか?」

「いや、まだ手切れの段階だ。早くとも数日はあるはず」


 セザールは地図に記された村の1つを指でしめし「ここに俺の手下がいる」と告げた。

 街道に近い村だ。


「ここで敵を発見したら報せよう。だが油断はしてくれるな」

「おう、そりゃありがてえ。合言葉を決めるか」

「ふむ……そうだな『鷹と問えば縄』だ」

「心得た『鷹と問えば縄』か」


 もちろんガストンらも偵察はするが、セザールの申し出は渡りに船だ。


 軍勢の足は遅い。

 村で発見し急報すれば時間的なアドバンテージとなる。

 あまりにも敵の数が多ければ城を放棄し味方との合流という判断もできるはずだ。


「ならば手回しはしておこう。伯爵の軍勢もほどなくして来るはずだ」


 セザールは「ムチャはするな」と言い残し立ち上がった。

 話は終わりらしい。


「もう行くのか? 日が暮れるぞ」

「ふっ、おかしなことを。知らんのか、怪しの者は夜陰に潜んで動くのだ」


 怪しの者(妖怪や盗賊の類)とはずいぶんな言い様だが、密偵であることを自嘲したのだろう。

 密偵は控えめに言っても好まれる仕事ではない。


「しかし、考えみりゃ敵からすれば城は2ケ所あるわけで。こちら来るとは限らんですわ」

「ゴホ、たしかに。今から雑兵をかき集めるのであれば半月以上はかかる。その間にビゼー軍が来る可能性も……ないわけではない」

「ふうむ、ま、こちらからできることは少ねえです。油断なく兵に鎧を着せて、柵や堀を急がせるくらいで」


 セザールが去り、ガストンと騎士ランヌは地図を挟み意見を交わす。

 だが、防衛戦は敵次第。ガストンらに現時点でできることは限られている。


 今か今かと待ち構えていたガストンらの前に敵が姿を現したのは、これより12日後になった。




 ⚫️




「マラキアの軍勢が向かっている。その数は300人を下らず」


 この報せを受けたガストンら剣鋒団の動きは素早かった。

 すぐに武装した十人長が集まり、車座となって軍議に入る。

 この場に騎士ランヌはいない。迎撃はガストン率いる剣鋒団が担当し、彼は非戦闘員らをまとめて城を守る手はずだ。


「ええか、敵は多いがトロくせえわ。ここまで集まるのが遅えのは大勢の雑兵を抱えとるに違いねえ」

「ふうん、なら恐れることはねえな。雑兵なんぞ頭立った者を殺れば散り散りになる。いきなり弓で騎馬を狙えば簡単よ」


 ガストンに応じ、調子者のマルセルが壮語を吐く。すると他の十人長たちも口々に「百姓どもか」「気の毒なこった」と不敵に笑う。

 剣鋒団の戦力はガストンや十人長たちの従者を足しても60人を超す程度だが、彼らは専業兵士である。ムリヤリ徴兵された雑兵とは装備も練度も比べ物にならない。


「マルセルとギーはそれぞれ弓衆を率いて隘路あいろ(道幅が狭い難所)で待ち構えろ。俺はこの曲がり道で待ち伏せする。ボネはこの辺りで潜み、俺が仕掛けた後で敵の横腹を食い破る」


 すでに迎撃の手はずは何度も打ち合わせずみだ。

 大まかな方針を再確認したのちガストンが「お前らも思案はあるか」と十人長たちに水を向けるや、待ってましたとばかりに意見が飛び交い始めた。あまり遠慮はないが、活気があり士気が高い。


「敵は多いが、こっからここまでは道が細い。必ず縦長になるはずよ」

「隊をいくつかに分けてきたらどうする?」

「それなら順番にやっつける。同数なら負けっこねえ」

「しかし先手は手強かろう。弓で騎士を狙うがいい」

「うん、矢が飛んでこりゃ当たらずとも驚いて馬から下りる。それが攻撃の合図か」

「バカ抜かすな、俺が外すかい! 落馬したのを合図にせい!」

「いやいや、敵も矢が飛んできたくらいでは逃げん。弓衆を黙らせようと敵の先手が前に出る。そこを待ち伏せでやっつけるのがええ」


 歴戦の十人長たちは各々で発言し、細部が詰められていく。

 軍議が熟したあたりでガストンがバンと大きく手を叩いた。


「ようし、決まった! まずは弓衆が狙う。すると敵の先手は弓を倒しに出てくる、そこを俺の組が待ち伏せて叩く! それを見たらボネは横腹を破れ!」


 ガストンが告げるや十人長たちは「仕事じゃ」「ひと稼ぎじゃ」と口々にわめきながらガチャガチャと鎧を鳴らし立ち上がった。

 彼らにとって小戦は慣れた職場、油断も恐れもない。


「マルセルやい、今回は待ち伏せじゃ。馬はやめとけ」

「心得とるわ。この戦で老いぼれ馬の代わりに敵の軍馬を奪ってやるわい」


 ガストンから贈られた馬を老いぼれ呼ばわりとは口が悪いが、マルセルもいつもの調子だ。

 軍馬は慣れた騎手が操作すれば地に伏せるくらいはするが、さすがに待ち伏せには向かない。今回はガストンも徒歩で向かう。


 すでに戦支度を整えていた剣鋒団はすぐさま動き、それぞれ十人長の指揮のもとで配置につく。

 街道を進み、城からはやや離れた地点だ。

 事前に調べ歩いた地形、迷う者は1人もいない。


「おい野郎ども、俺たちの出番は弓衆の後だ。少しでも身体を休めとけ」


 配置についたガストンは率いる団員らに軽く指示をし、自らも石に腰を下ろして水筒の水を軽く含んだ。

 団員たちも思い思いに時間をつぶし、木に登り周囲を見渡したり、装備を確認したり、中には木の根を枕にゴロリとくつろぐ者もいる。だが声を出す者はいない。

 団員が動くたびにカチャリカチャリと鎧が鳴る、その音が耳をつくほどに静かだ。


「来ましたぜ」


 木に登っていた団員が敵の襲来を低く告げる。

 ガストンは腰を上げ、無言のまま手で『行くぞ』と全員を促した。

 そのまま静かに街道の脇まで移動すると、たしかに敵勢が確認できる。


(ふむ、強いて見れば長柄が多いか? とはいえ代わり映えはせんのう)


 ガストンが見たところ、マラキア軍に大きな特徴はない。


 この敵勢が隘路に差し掛かるや、先頭の騎士が無数の矢に襲われた。矢が突き立った馬は暴れて棹立ちとなり、騎士はたまらず馬から転げ落ちる。

 だが矢勢に容赦はない。次々とマラキア兵は飛矢に襲われ「ワアーッ」と悲鳴があがった。


(やりおる! 初手で騎士をやっつけたわ! マルセルめ腕を上げたな!)


 マルセルとギーが率いる弓衆は15人ほどであるが、道幅狭い隘路のことである。2組が交代しながら狙い射る矢は恐るべき威力を発揮し、マラキア軍の先頭集団は大混乱におちいった。


 しかし、ここでガストンの心に不安がよぎる。

 ガストンから見て敵が不自然なほどに混乱しているのだ。


(これはなんじゃ、矢を射かけられただけで敵の先手が逃げておるのか? 俺達を誘き出す罠か? ここで仕掛けるべきか?)


 ガストンが見たように、マラキア軍の先頭集団はムリヤリ後退しようとしているようだ。

 隘路のことである。敵兵は押しくら饅頭のように渋滞を起こし、大混乱が発生した。

 そこに絶え間なく矢が降りそそぐのだからたまらない。


 実はガストンには知りえぬことだが、落馬した先頭の騎士はこのマラキア軍の大将アベラーム男爵その人だったのである。これが矢を受け落馬し、意識を失った。

 この混乱は狼狽した男爵の家来たちが負傷した男爵を逃がすためにムチャな後退をし、引き起こされたものだったのだ。

 ガストンから見れば罠を疑うほど『出来過ぎた』状況だったのは間違いない。


 だが戦場で部隊を率いる以上、ガストンに考える時間はない。

 直感的にガストンは飛び出し、敵に向かって駆け出した。


「分からんっ! てめえら俺に続けえーっ!!」


 ガストンは自ら先頭に立ち、混乱するマラキア軍の先手に文字通りぶつかった。敵の盾を目がけた体当たりだ。

 不意を突かれた敵の従士は「キャア!」と女のような悲鳴を上げ、後続に向かって突き飛ばされた。


「オリャア! 俺につづけ! ブチ殺せ! やっつけろぉーッ!!」


 ガストンは怒鳴り散らしながら続く敵を穂先で払い、返す勢いで逆側の敵を石突きで殴り倒す。

 いちいちトドメの必要はない。ひるませれば後続の味方が討ち取るのだ。


「オリャア! 死ねい、死ねいっ! ひっくり返って死ねい!!」


 ガストンは敵の反撃を防ぎもせず、ひたすらに槍を繰り出し続ける。

 なにせガストンの身の守りは堅い。鎧下を着込み、さらに鎖帷子くさりかたびらと硬革の鱗鎧を重ね着し、この上に袖なしの上着に荒縄を巻きつけている。


 腰の引けた敵が剣で斬ろうが槍で突こうがガストンの身体に刃が通るはずもない。

 ガストンは暴れ牛のような勢いで槍を左右に振り回す。もはや狙いなどつけてはいない。


「敵だーっ! 待ち伏せだぁー!」

「早く逃げろ! 殺されたくねえ!」

「降参だっ! 降参するから!」

「押すんじゃねえ! あっちに行け!」

「俺は小作人だぁ! 見逃してくれえっ!!」


 マラキア兵からすれば指揮をとる大将が真っ先に倒され、突如あらわれた不死身の大男に襲われているのだ。

 雑兵小者は子供のように泣きわめき、騎士や従士ですら恐れおののいた。


「死にてえかコラあっ!! このクソッたれめがっ!! ブチ殺したるわっ!!」


 ガストンが怒鳴りながら振るう槍はヌシャテル城で手に入れた業物だ。

 穂先は鋭く敵を引き裂き、鉄環で固めた柄で殴れば骨を砕く。これを勢いに乗った大男が振り回すのだから凄まじい。

 ガストンは当たるを幸い6人、7人と次々になぎ倒していく。続く剣鋒団はまるで木材にきりを揉み込むように敵を蹂躙した。


 さらにこの時、ガストンらとは別の方向から「かかれーっ!」と声が上がる。

 ボネが率いる別働隊がマラキア軍の後続に噛みついたのだ。戦場の意識がガストンに向いた一瞬をつく絶妙なタイミングだ。

 これが完全な不意打ちとなり、敵軍は崩れに崩れた。


 ボネが率いる別働隊は10人ほど。本来ならば歯牙にもかけられない小勢である。

 だが、この時のボネはあえて大岩の上に身を晒し、あたかも左右の部隊に合図を送るように剣を振り回した。


「今だっ、囲めえーっ! 囲めえーっ! 1人も逃がすなっ!!」


 このボネの号令に呼応し、マルセルら弓衆も「オッ! オッ! オッ!」と武者押しの声を張り上げる。

 敵兵は大軍に包囲をされているような絶望を感じたことだろう。


 こうなるともうダメだ。マラキア軍の雑兵や兵士は街道を逸れ、思い思いに逃げ散り始めた。こうなれば軍は維持できず壊滅である。

 マラキア軍の騎士が必死で自軍を押し留めようとするがどうにもならない。


 マラキア軍には初手で大将が戦線離脱した不幸もあった。隣に護衛の騎士でもいたならば、あと数歩ほど道の端に寄っていたならば、アベラーム男爵が用心して隘路で下馬をしたならば……結果は大きく変わったかもしれない。

 こうした小さな偶然の積み重ねを運と呼ぶならばガストンらには武運があったのだろう。

 その武運はガストンや騎士ランヌが兵を鍛え、地形を調べ尽くしたことで引き寄せたのだ。


 こうしてガストンが率いる剣鋒団は60人で300人を散々に打ち破った。稀に見る大勝である。

 この戦いでの剣鋒団には手負いこそいたが死者は1人もいない。

 ガストンらは勢いに乗じ、逃げ散る敵を散々に叩いた。


 そしてこの稀に見る大勝利の価値を決定づけたのは、なんと騎士ランヌである。

 追撃戦が行われる中、騎士ランヌは非戦闘員を率いてゆるゆるとマラキアの村落に向かって進軍したのだ。


 これに肝をつぶしたのは村の乙名衆だった。彼らに兵の良し悪しは分からない。非戦闘員ばかりの騎士ランヌ部隊に恐慌をきたし、村は抵抗もなく降参した。

 ごく近くでマラキア軍が大敗したのだから仕方ないことではある。


 こうしてガストンと騎士ランヌは多勢の敵を散々に破り、逆撃で村を占領した。

 この初戦での勝利が大きなインパクトとなり、ビゼー伯爵とマラキア市、両者の勢いを決定づけたのである。

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