第77話 顔色の悪い騎士
築城はスムーズに始まった。
ガストンらの軍勢が木を伐り倒し、石を集め、下草を刈り取って小山の一角をハゲ山に作り変えていく。
ある程度までスペースを拡げたら柵を作り、堀を切る作業も開始されるだろう。
もちろんガストンが寝泊まりする場所も何もなく、兵士たちと同様に陣幕をテントのように張ってざこ寝である(体の弱い騎士ランヌだけは小さな仮小屋で寝泊まりしているようだ)。
ここまで工事がスムーズに進んだのは騎士ランヌが近隣の村々から
もちろん、地元の勢力から反発はあった。
だが、弱々しげな騎士ランヌはなかなか太い気質のようで、周辺の領主騎士(少々奇妙な話だが、マラキア市に仕える男爵や騎士がいるのだ)や村々に対して大胆にも『これはマラキア市の承諾がある』とねじ込んだのだ。
無論、まったくのデタラメである。
『ビゼー伯爵と伯弟ジェラルドは和議を結び、ビゼーとマラキアの間に伯弟を迎え入れる城を築くことになった』
こんなことを言われても、村の乙名衆には判断がつかない。
中には当然『そんな話は聞いていない』と怒る領主もいた。
しかし騎士ランヌは堂々と『これが約定である』と書類を見せつけるのだ。
ここまでされては領主たちも無下にできない。自分の軽挙でビゼー伯爵と戦争になったら責任の取りようもないからだ。
領主たちはいちいち使者を立てマラキア市に確認をせねばならなくなっただろう。
これを聞いたときはガストンも『そんな話があったのか!』と驚いた。
しかし、騎士ランヌは「デタラメですよ」と平気な顔でうそぶくのだ。
「ンッ、これは私が書いたものです。なかなか上手いでしょう?」
そう言いながら得意気に偽装文書を見せて誇るありさまである。
これにはガストンも呆れてしまった。
「そ、そりゃムチャってもんで……」
「ゴホ、大丈夫、田舎騎士は公文書など見ることはありません。私の書類を見破ることは不可能です」
「いや、ま、そらそうですが、今は上の方でやりとりしとるのでしょう? 問題になりませぬか」
「ンンッ、関係ありませんよ。いずれ戦争になるのです。敵を騙すのは武略のうちでしょう」
騎士ランヌは「今は城を築く時を稼げばよい」とうそぶきニタリと笑う。陰のある、気色の悪い笑いだ。
(ふうむ、体は悪いが先手を任されるだけの知恵と肝っ玉があるってわけかい。あなどれんのう)
この手の抗議に対し、ガストンではロクな対処はできなかっただろう。これは騎士テランスや騎士サレイの人事の妙だ。
ガストンもこれを自覚し、こうした地元との折衝は騎士ランヌにすべてを任せることにした。
(結局、俺は汗をかくことでしか役に立てん男だわ)
この自覚はある意味でガストンを救った。
百人長になっても自分にできることは多くないと理解したのだろう。気がスッと楽になった気がしたほどだ。
開き直ったガストンが兵士と交ざって作業をすると、さすがに兵士たちもサボるわけにはいかない。
陣頭指揮(?)のような形で現場の士気は大いに向上したようだ。
そして騎士ランヌが集めた樵や大工も工事を大きく助けた。彼らもともに樵仕事に汗を流す騎士を見て驚いていたが、おおむね好意的のようだ。
また、工事と並行してガストンと騎士ランヌは防衛戦の準備を進めた。
兵を交代で猟師と共に周辺を歩かせ、地形を調べさせたのだ。
そのうちに土地に慣れた兵士たちは猟師と共にウサギや野鳥を狩ることも始め、これはストレス発散にもなったようだ。獲物は山分けだが、汁物にして皆で食った。シカやイノシシを仕留めた日にはお祭り騒ぎだ。
肉が食いたいからと自分たちで短弓を作り、弓を扱えるようになった者も多い。
山で狩りをし、普段は食べられないような獣肉をたらふく食べ、百人長にどやされながら工事に精を出す。こうなれば兵士たちは自然とたくましくなり連帯感も増す。
工事は思いの外、急ピッチで進んでいた。
⚫️
築城が始まり、ひと月ほどが経った。
城はまだまだ完成にはほど遠いが、それでも兵の半分ほどは兵舎の中で休むことができるようになったころ。
「ほれ、倒れるぞぉーっ!」
ガストンは今日も野良仕事だ。
村から来た樵の親子も手慣れたガストンの斧さばきを見て「こりゃすげえ」「うめえもんだ」と感心している。
「ヴァロンの殿様は騎士をさせとくにゃもったいねえのう」
「おう、並の樵じゃ比べられねえ。三人力、いや四人力で働いとる」
この樵の親子、40代と10代後半であろうか。2人ともにガッチリした体格で、特に親父の肩回りは筋肉の盛り上がりが凄まじい。
そんな筋金入りの樵も舌を巻くガストンの働きぶりである。
「なに言うとるか、まるで逆だわ。俺は元々は村の樵よ。村を飛び出して武家に奉公したんだわ」
「へえっ! そりゃすごい立身だあ! まるでロロン(42話参照)のようでねえか!」
ガストンも人の子、元同業でもある樵の若者に懐かれれば機嫌の一つも良くなろうものである。
「どうだ、お前も見どころがありそうだし、武家奉公してえなら口を利いてやるわ。やらんか?」
つい、口が滑って柄にもなくスカウトじみたことをしてしまった。
まあ、冗句みたいなものではあるが、樵親子の反応はすげないものだ。
「あはは、木の代わりに人の首を切るなんてゴメンだあ!」
「そらそうだ、自分から村から出てって苦労するこたねえ」
樵親子の言葉にガストンは「そうかい」と苦笑するほかはない。
周囲の兵士たちはガストンが怒り出すのではと冷や汗をかいていたが、その心配は無用だ。
(そりゃそうだ。俺だって村にいられたら戦なんてこりごりだと樵仕事に精出しただろうさ)
そんなことを考えていると、見張りに立っていたマルセルが「客だぞ」とやってきた。連れ立って歩いているのはセザール・セザールのようだ。
「おう、ご苦労だのうセザール。なんぞ伝令か」
共に剣鋒団でキャリアを積んだガストンとセザールはそれなりに親交がある。
セザールもガストンを認めるや挨拶代わりに無言で右手を上げた。
セザールはガストンと似たりよったりの出自だが人並み外れて視力が良い。それを認められ若くして剣鋒団では偵察兵をまとめる隊長のような職務に就いた。
それ以来、徐々に職域を広げ、今や手下を何十人も扱う密偵頭とも呼べる存在にまで成り上がったのだ。
異相の密偵『鷹の目セザール』といえば残酷な伯爵の耳目、ある種の恐怖の対象ですらあった。
ガストンとはまた違うかたちでの立身出世を体現した男と言って過言ではない。
「うんまあ、伝令だな。ランヌ様にも伝えたいが……」
「ほう、何だかもったいぶるのう。よほどの大事か?」
セザールはギョロギョロと周囲を確認し「大事だ」と小声で返す。
「ヴァロン、耳を貸せ」
セザールがちょいちょいと人差し指を動かし、ガストンとマルセルが「どれ」と耳を近づける。
マルセルまで参加してるのは御愛嬌だが、セザールもとやかくは言わない。
「ビゼーとマラキアは手切れだ。近いうちにここは戦になる」
セザールは無表情のまま「大事だろう?」と低く問いかけ、ガストンとマルセルは「たしかに」と頷いた。
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