第73話 奇妙な徴税人

 ビゼー伯爵の元に戻ったガストンは、そのまま数年ほど過ごした。

 誕生日を迎えれば30才になる。


 この間、さすがのガストンも伯爵の太鼓持ちをしていたばかりではない。

 ビゼー伯爵は反乱者と戦い続け、伯爵の側近としてガストンもそれに伴い何度も戦に出た。

 ガストンら伯爵の従騎士に求められる役割とは、伯爵の護衛、および他の従騎士や騎兵らと槍を揃えて騎馬突撃をすることである。

 いかにも華々しい、戦場の花形ポジションといえるだろう。


 だが、これにガストンはあまり馴染めなかった。

 馬術も慣れてきたとはいえ誇れるほどではないし、そもそも同僚との折り合いを欠いていた。

 ここにはレオンのような細やかな配慮をしてくれる上司も、マルセルのような気心のしれた相棒もいないのだ。これはガストンにとってストレスフルな戦場であった。


 とは言え、体の大きなガストンがトレードマークとなった荒縄を体に巻きつけ馬上で槍を振るう姿は勇壮であるし、経験豊かな古強者でもある。

 周囲の評価としては『恐れ知らずの勇者』くらいだろうか。ある意味で『それ止まり』といったあざけり・・・・も含まれる微妙な評価だ。


 その反面、意外なことにガストンは戦場以外で思わぬ才能を発揮しはじめた。


 徴税人である。


 この徴税人とは、その名の通りビゼー伯爵の直轄地に行き、伯爵の名代として税を集める存在だ。


 貪欲で残酷な伯爵は自らに歯向かう家臣の領地を没収しつづけ、広大な直轄領を手にし、領内の要衝に城代や代官を派遣し統治を行った。

 だが、まともな教育機関や官僚機構のない世界のことである。すぐに人材は枯渇し、領地の管理は行き届かない状態となっていた。


 そこで伯爵は管理ができない領地を地元の村長や聖職者に委任――つまり丸投げしてしまったのだ。

 そこに徴税人を定期的に派遣し『決まった税を納め、兵力を供出すれば好きにやれ』と放ったらかしにしたのである(丸投げの結果、ビゼー領では騎士未満の地主層の力が増す契機となり、少し未来の社会構造に変化が生まれるが……それは別の話である)。


 そこでガストンは徴税人の1人として起用された。

 何のことはない、字が読めたからだ。


 万年内戦状態のビゼー伯爵領に人材はなく、文官武官の差はあまりない。優秀な人材であれば貴族であっても『外を攻めれば将軍、内を固めれば宰相』のような適当な人事が行われていた。

 さらに識字率は低く、字が読めるだけでガストンでも下級行政官ていどなら適性があると見なされたのだ。


 この徴税人の職務とは文字通りに税を集め、伯爵の元へ納めることである。

 集めた税金や物資を輸送するため武装をし、少数ながら兵を率いる。伯爵子飼いの剣鋒団――つまりガストンは十人隊を、場合によっては百人隊(人数は50人前後)の半分ほども率いて村に乗り込む。これは実にガストン向けの仕事であった。


 この日もまた、ガストンは自らの家来と剣鋒団、それと荷運びの奴隷や駄馬を率い、とある村落を訪れた。

 入念に先触れを行っているためつまらない行き違いはなく、村側もガストンらを受け入れる支度は整えてあるようだ。


「あれが荒縄さまかえ」

「おっかねえよう、鬼のような面構えだねえ」

「あの縄を使って逆らった者を吊るすんだとよ」

「それどころじゃねえ、聞いた話じゃ税を誤魔化した村で何十人も殴り殺したんだ」

「ひえっ、うちの村で暴れないで欲しいもんだよ」


 伯爵の代理人である証として朱色の長杖をたばさみ、上着の上から荒縄を巻きつけたガストンはいかにも荒々しく恐ろしげだ。

 それが馬に乗ったまま兵を率いて村に乗り込んでくるのだから村人からすればたまらない。怪しげな噂を口にして戦々恐々とするのもムリからぬことだ。


「俺はガストン・ヴァロン。伯爵様の代理で年貢を受け取りに来た。これが証の杖と証文じゃ」

「お待ちしておりました。ささやかな酒席を設けております。先ずはのどを潤して――」

「いや、ありがてえが仕事が先だ。証文を比べさせてくれ」


 ガストンは村長らしき老人のあからさまな懐柔を断り、互いの証文を見比べる。

 伯爵領のシステムでは、税というものはしっかりと契約で定まっており、互いの証文を比べて内容を確認するようになっている。こうすることで互いの不正を防ぐのだ。


「ふむ、今回は銭ではなく麦の物納でええのか?」

「はい、大麦でございます」

「ほうか、なら大袋で373袋だ。間違いねえな?」

「……はい、間違いございません」


 村長はガストンの言葉に悔しげな顔を見せた。恐らくはガストンがしっかりと証文を読んだことに落胆したのだろう。

 こうした時、文字を好まない徴税人ならば適当に数を誤魔化せるのだが、妙なやる気に満ちたガストンに下手な小細工は通用しない。


「そこに並べているのが全てか?」

「左様です」

「ほうか、話が早くてありがてえ。おうい皆の者、大麦373! 中もあらためい! ええか大麦373じゃ! 大袋じゃぞ! 終わったら村のふるまい・・・・があるそうじゃ、気張れぇ!」


 ガストンの指示に兵士たちも『オーッ』と歓声を上げ、きびきびと動く。

 村長からしたら徴税人に手心を加えてもらうためにビールを樽で用意したのであるが、後回しにされてアテが外れた形だ。


 次々と運ばれ検分される大麦の袋。

 だが、こうした時の農民とはなかなかしたたか・・・・なものである。


 まず、数が合わない。


「全部で307袋じゃ。残りを持って来い」

「いえそんなはずは……」

「うるせえ、数えて見せたはずだわ。出さねえつもりなら足りねえ分は俺たちで家探ししてもええのだぞ?」

「いえいえ、何かの手ちがいかと。すぐにお持ちします」


 算術が苦手――というより、まともにできないガストンは部下にいちいち数えさせているのだ。間違いようがない。


 この調子で村長はのらりくらりと不正を働こうとする。

 次に中を検めれば脱穀したもみ殻を詰めた袋や乾燥豆の袋も混ざっていた。さすがにガストンも呆れて指摘をするが、村長は「手違いで」と平謝りをする。非を認めて交換するあたりがなんとも嫌らしい。


 村長が「これで大麦373袋、間違いはございません」と差し出すが、ここにも誤魔化しがある。


「いいやダメだわ。見てみい、ここからこの袋にゃ六割方も麦がつまっとらん。これじゃ半袋じゃな」

「それは無法でございますっ、昨年はこちらで納得していただきました。それが半袋では年貢は倍ということに!」

「何をぬかすか無法はどっちじゃい! 全ての袋を麦でパンパンに詰めよとは言わん! だが六分目で1袋にせえとは太い話じゃねえか!」


 ガストンは「決められた数と内容を納めろ」と至極真っ当なことを言っている。

 だが村からすればガストンは口うるさくネチネチと年貢のことで難癖をつける悪徴税人だ。早く帰ってもらおうと村長がガストンに小銭の袋を差し出した――だが、これが悪手であった。


「おい、これは何のつもりじゃ」


 ガストンは一種の変人である。

 私腹を肥やすことより『筋を通したい』という信念がある。

 そして自らを引き上げたビゼー伯爵に心の底から感謝をしていた。

 これらはガストンの中で妙な反応と融合を引き起こし『領民が伯爵のためにならぬことをするのは筋ちがいである』と本気で信じ込んでいる。

 自らの卑しい出自と領民たちを混同してしまったのだろうか。


 つまり、このようなガストンに賄賂は逆効果なのだ。


「バカにするんじゃねえっ!!」


 村長はすぐさまガストンに張り倒された。平手打ちで文字通り人を数メートルもふっとばしたのだ。

 遠巻きにしていた村人たちから悲鳴があがる。


「この野郎めが俺をなめるのも大概にしやがれ!! お、俺が小銭を握らされて殿様に不義理をするとでも思っとるのかっ!! そんな情けない男に見えるのかよおっ!?」


 ガストンは気絶した村長に小銭入れを投げつけ、遠巻きにしている村人たちに「てめえら!」と呼びかける。


「つべこべ言わずに決められた量の麦を持って来やがれっ! 次は杖でぶん殴るぞおっ!」


 ガストンが長杖の石突でドンと地を突くと、村人たちは火事が起きたように逃げ散った。

 大人に突き飛ばされた子供や老人が転び、そこら中で泣き声が聞こえる。挙句の果てには家畜のヤギや犬が逃げ出して駆け回り、村は完全なパニックとなった。

 それはそうだろう、村人からすれば村長が無法者に殺された衝撃の現場に見えたはずだ(村長は生きているが)。

 これではしばらく徴税どころの話ではない。


「チッ、しかたねえ……おうい、村の衆が戻ってくるまで馳走にあずかるか」


 ガストンが声を掛けるが早いか『ワッ』と兵士たちはビール樽に群がった。

 声を掛けるまで行儀よく待っていたのも、ガストンがいかに兵士たちに恐れられているかの表れともいえる。

 兵士とはしつけのなっていない野犬に等しい獰猛な存在だ。ゆえに強力な統率者には逆らわない。


 ガストンの面白いところは、恐怖に駆られた村人たちが大量に麦を献上しても定量以外は決して手をつけないところだろう。

 村育ちのガストンは彼らの暮らしぶりが手に取るように理解できる。ムダに苦しめるつもりはなかった。


 賄賂も受け取らず、余分に搾り取り私腹を肥やすでもなく、ガストンの姿は見ようによっては清官といえなくもない。


 だが、小さな世界しか持たぬ村人からすれば酷吏そのものであろう。


 あまり活躍したとは言えぬ戦場と、思わぬ評価を受けた徴税人。

 これがここ数年のガストンの姿であった。

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