第64話 長剣

「なあヴァロン、気を悪くしないで聞いてほしいのだが」


 どれほど経ったころだろうか。

 会議(?)を終えたギユマンがばつ・・の悪そうな様子で声をかけてきた。


(おや、悪い話かい)


 この姿を見たガストンに動揺はない。

 もともと安全に捕虜になれれば儲けものだ。殺されなければ良しとする開き直った心境である。見る者によっては豪胆に見えるだろう。


「おう、降参したときから覚悟はできとる。なんでも言ってくれい」

「そうか、なら聞いてくれ」


 ギユマンもガストンの様子を見て安心したようだ。やはり悪い話なのだろう。


「オヌシを逃がしたいのは本当だ。だが、ワシらも主君への義理もあるし、体裁もある。これだけの人数を出して手ぶらで帰るのはつらい。そこは分かってくれるか?」

「うん、よう分かるわ。それで?」

「話が早くて助かるな。オマエたちを逃がす代わりに、口裏を合わせて討ち取ったことにさせてもらいたいのだが、どうだね?」

「む、む、そりゃ話次第といったとこだわ。どんな話だ」

「ちょいと言いづらいが、その上着と、剣や兜、鎧なんかでもいいが討ち取った証拠として身の回りのモノを渡してほしいのだ。そうすれば我らもひとかどの従騎士と従士を討ち取ったことで面目がたつ」


 この言葉を聞いた従士マソンが「なんだと」とけんのある声を漏らした。

 たしかにこの話は少々非常識である。

 略奪を受け、さらに詐欺の片棒を担ぐとなれば穏やかな話ではない。


「いや、早合点しないでくれい。オマエさんたちは俺が責任もって逃がす。オマエさんたちも上着を失うが『捕虜になったが脱走した』という体裁ともなれば勇ましい話ではないか」

「うーむ、そら悪くねえが……いや、逃がしてくれるならありがたいくらいだわな」

「我らも身代金は諦める、されど面目が立つ。オヌシらは財物を失う、されど無事に逃げる。双方ともに損と得がある取引だろう? おあいこ・・・・さ」

「うん、異存はねえ。上着ひとつで逃げられるなら信じられんくらいありがてえことだ」


 ここでガストンはチラリと従士マソンの顔色を見た。表情が険しい。

 あまり納得ができてない様子だ。


「剣を渡すだと? 我らが抵抗できぬように剣を奪い討ち取る、大方そのような策略ではないか?」

「おうおう、三下がアヤをつけるじゃねえか。ヴァロンと違いオマエさんにゃ義理はねえ。賢しらぶるなら覚悟がいるぞ?」


 売り言葉に買い言葉、見る見るうちに両者の間に緊張感が張りつめる。

 ここは戦場、皆が気を立てた戦士なのだ。


(こりゃマズいわ。話がこじれそうじゃ)


 ガストンからすれば両者の言いぶんはよく分かる。


 従士マソンからすれば見知らぬ敵に剣を差し出すなど自殺行為に他ならない。とても納得できないだろう。

 そして一方のギユマンの申し出は完全に意地と名誉の話でガストンを逃がそうとしてくれている。そこを疑われては立つ瀬がない。


 どちらかが剣の柄に手をかければたちまちに斬り合いがはじまるだろう。

 ガストンに考える時間はない。


「おう、ちょうどええ。ギユマンよ、この剣に覚えはあるだろう」


 ガストンはとっさに両者の間に割って入り、剣帯から鞘ごと佩剣を外し無造作に突き出した。


 分厚く堅牢なつくりの長剣だ。

 それはかつてギユマンからガストンが奪った剣である(51話)。


 しかしながら、ギユマンはすぐに思い至らなかったようで「この剣か」としばし眺めていた。

 さやはガストンが新しくあつらえたものなのでムリからぬことである。


「忘れたのか? これは俺が一騎討ちの時に奪ったモノだわ」

「……おお、おお! あの時の剣か!」

「よい機会だから、これをオマエさんに返すのも悪くねえ」


 ガストンが無造作に「ほれ」と手渡すと、ギユマンは感慨深げに柄を撫でた。

 戦場で失くした武具が手元に戻ることなど滅多にない。これはある種の奇跡的なことだと言ってもよいだろう。


「この剣は名のあるものではないが、こうして手元に戻ると感慨深いなァ」

「中もあらためてくれい。間違いなくあの時の剣だわ」


 ガストンにうながされ、ギユマンは剣を抜く。

 これはガストンの許可を得て抜剣したのだから従士マソンも口の挟みようがない。


「ヴァロンさん、これは――」

「もうお察しとは思いますが、俺とこのギユマンはかつてヌシャテル城の戦いで一騎討ちをしたのですわ。その時に俺がこの剣を奪ったので」

「なんと、それは奇縁ですな」


 ガストンが先ほどの緊張感を露骨にそらしたのは従士マソンも気づいているだろうが、こちらも本気でやり合うつもりはなかったのだろう。

 納めどころが見つかり、どこかホッとした表情だ。


「それでな、ギユマンよ。我らも脱走したていをよそおうのなら丸腰ではきまり・・・が悪い。棍棒や手斧でいいから交換してくれんか」

「おお、おお、それには思いもよらなかった! まったく道理だな!」


 ギユマンが振り返り「ほれ聞いたろう」と兵士たちをうながすと、ほど近くにいた1人が慌てて腰に吊るした獲物を外しながら近づいてきた。


「チンケな品ですが、これをお使いくだせえ」

「悪いことですのう、助かりますわ」


 なまりのある言葉の感じから、この兵士はガストンと同じく『横の国』の出身者であろうか。


 彼が差し出したのは鉄製の小ぶりな頭を持つつちだ。ファンタジー風に言えばウォーハンマーである。

 剣と比べて金属の使用量も少なく、簡単に生産できる鎚は古代から使われる単純な工具であり武器だ。

 扱い方も容易で本能的に扱えるため、意外なほど戦場でも広く用いられている。

 これは片手持ちのいわゆるトンカチだが、これで殴られれば兜の上からでも昏倒するだろう。


「こりゃええもんだわ。取り回しが軽いのが気に入った」


 ガストンは世辞を言いながら受け取り「お返しと言ってはなんですがの」と鉄兜を脱いで兵士に手渡した。

 これは従騎士が身につけるのにふさわしいものをと妻のジョアナが用意してくれたもの(54話)だが、背に腹は代えられないだろう。

 身代金を思えば安いものだ。


 この兜を受け取った兵士は恐縮し、それを見たギユマンも声を出して笑った。こちらも従士マソンに対する敵意を解いたようだ。

 口が上手くないガストンが強引に割り込んだ仲裁だが、ここは合格点だろう。


「マソンさん、ここはひとつ――」

「ああ、ここまでされ、ためらうのは臆病。私も剣と兜を渡そう」


 従士マソンの剣と兜もそれなりのもの――特に兜は硬革を金属のびょうかしめた・・・・見るからに堅牢なつくりだ。

 つくりの良い硬革の鎧兜はヘタな金属製よりも軽くて堅牢。この兜を受け取った兵士(まぎらわしいが先ほどの兵士とは別の男だ)も「これは」と声を出して喜んでいる。


(ま、なんとかなったみたいだわ。つまらんことでモメて殺されてはかなわん。今は無事に帰ることだわな)


 従士マソンの様子を見てガストンも一安心である。

 そのまま上着を脱ぎ「頼む」とギユマンに手渡した。


「頼まれた。たしかに我らで安全な場所まで送り届けよう」

「うん? ひょっとしてこのまま逃がしてくれるのか?」

「そうだなァ……ま、逃がすのに色々な手はあると思うが、これは落ち武者狩りだからな。長く我らと共にすると、オマエの味方と戦って討ち取る場面もあろうよ」

「あ、なるほど。気を使わせてすまん」


 奇妙な話ではあるが、ガストンは敵であるギユマンに友情に近い親しみを抱き始めていた。


 イデオロギーの発展もない世界のことだ。政治的な立場もない戦士というものは相手が憎くて戦うわけではない。

 ひとえにそれが生業であり、職業だから戦うのだ。

 ガストンとギユマンは互いの技量を競った同業者である。

 試合会場で再会し、互いを認めたアスリートの心境が近いのかもしれない。


「敵に囲まれて送り届けられるとは変な気分ですわ。ヘタに味方に見られたら大変なことに――それこそ裏切りとか疑われてはかなわん」

「我らは脱走するのだから、今は連行中なのでは?」

「あ、そらそうだ。なら大丈夫か。今から逃げるのですからな」


 移動中はガストンと従士マソンの気持ちもほぐれ、冗談じみた会話でギユマンや周囲の兵士たちの笑いを誘った。

 なごやかな雰囲気のまま一行はダルモン軍による捜索範囲の外縁部の辺りまで進む。

 どうやらこの辺りでガストンらを解放するようだ。


「ヴァロンよ、この間道は険しいが分かれ道を右に右にと曲がればクード川ほとりの集落に出る。ここまで来れば追手はなかろう」

「すまねえ、恩に着る。このことは忘れんぞ」

「ガハハ、これで貸し借りなし。次に戦でまみえればワシが勝つ」

「……そうかい、なら遠慮なしでやるとするわ」

「貸し借りなし、遠慮もなしさ」


 ガストンとギユマンは互いの肩のあたりをパンパンと音が出るほど叩き、再会を誓う。

 男臭いが武人らしいさわやかな別れだ。


(おかしなヤツじゃが悪者ではねえな。そのおかしなトコに助けられたのだから人とは分からんもんじゃ)


 ガストンは2度ほどふり返り、名残を惜しんで立ち去った。

 ダルモン軍の追跡がなくとも落ち武者と知られれば付近の農民や盗賊の類に襲われかねない。あまり油断はできない状況だ。


(……それにしても、不思議な森だったのう)


 ガストンからすれば亡霊と出会い、騎士タイヨンやギユマンといった因縁のある相手と続けざまに再会したのだ。これが不思議でなくて何であろうか。


 単なる偶然ではあるのだろう。

 亡霊だってガストンの思い違いと言ってしまえばそれまでだ。

 だが、こうした偶然の積み重ねに意味を見出してしまうのも人情というものである。


「マソンさんは亡霊とか、幽霊とか、その手のものは信じますかい?」


 道すがら、ガストンは森での出来事を従士マソンに語ることにした。

 特に他意はない。単に徒歩での移動が退屈だからである。


「亡霊……唐突ですな。あると思えばと思い当たることも無いではありませんが、私は会ったことはありませんな」

「まあ、そんなもんですわな。ですがのう……先ほどの森で俺が幽霊騎士と出会ったと聞いたら信じますかい?」

「はは、怪談ですか。嫌いではありませんよ」

「怪談……なるほど。たしかにこれは怪談ですわ。道すがら聞いてくだされい」


 ガストンはまとまらぬまま自らが討ち取ったアベル・タイヨンの亡霊に導かれ、騎士タイヨンやギユマンなどとの再会を語る。

 それを聞いた従士マソンは「ふうむ」と唸り、考え込むような仕草をした。

 不思議なことにガストンの話をまったく疑う様子がない。


 従士マソンからすればガストンがこんなウソをつく意味がないのだ。

 突拍子もない話を聞き『ウソならもっとましなウソをつくだろう』と考えたのだろう。


「それは、なんとも不思議な話です」

「不思議ですわ。ただ、俺は過去にも故郷の者に祟られたことがありましてな(2話参照)。この手の話に遭いやすい気質なのかもしれませんで」

「ははあ、霊感というやつですか。そうしたモノはあるかもしれませんな」


 従士マソンは再び唸り「ひょっとしたら、助けられたのは」とポツリとこぼした。

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