第48話 新たな奉公先

 この年の冬、ガストンはバルビエ家に従士として迎えられた。

 とはいえ両家の申し合わせで、いずれは伯爵のもとへ帰還する半ば客分である。互いに遠慮して『レオンさま』『ヴァロンどの』と呼び合う少し不思議な距離感ではあるが、悪い関係ではない。

 ガストンの新しい主君、レオン・バルビエは若干17才。少しばかり面差しや体つきに少年の幼さを残しているものの、姉に似た艶のある黒い髪と白い歯が目にもさわやかな若者である。


 このレオンに任じられた従士とは、武器を自弁し、必要に応じて家来もひきつれ戦場で働く戦士階級のことだ。

 中でも馬を養えるほどの大身となれば特に区別して『従騎士』と呼ばれた。従騎士の多くは領主ではないが、騎上の身分であり下級の騎士として扱われることもある。


 ガストンのような卑賤から身を起こし、従士になるまで出世するのは稀なことである。

 当面の給金や待遇としては剣鋒団の十人長と同等くらいではあるが、十人長などという聞き慣れない役職よりも従士のほうが通りがいい。


 バルビエ家の合印である灰色の袖なし上着を羽織ったガストンは実に立派で、弟のジョスやマルセルも「こいつは大出世だわ!」「俺も鼻が高いわい」と手を叩いて喜んでいた。

 ちなみに彼らもガストンが伯爵の勘気かんき(目上から叱られること)をこうむったのは知っているが、ガストンの出世の前には些事のようだ。


 そして目下のところ、バラチエ城は押し寄せたダルモン王国の大軍と対峙していた。

 ガストンもまた、レオン・バルビエのもとで防戦に参加している最中である。




 ●




「これは凄い大軍だ……ヴァロンどのはこれほどの軍勢を敵にした経験は?」

「へい、これほどの数は初めてのことですが、城に籠もって数倍もの敵を迎え討ったことはございます」

「そうか、それは頼もしい。私は籠城したことはない」


 ガストンとレオンは新設した外郭そとぐるわの大手門で敵勢を肴にムダ話に興じていた。

 レオンのような若武者はガストンのような戦巧者から物語を聞き、経験を共有するのだ。


 見下ろすダルモン王国の軍勢は号して・・・5万。これはあくまで景気づけで、実際の軍勢は4000人には足らずといったところだろうか。

 かたや城に籠もるビゼー軍は追加で兵を集めたとはいえ1600人強、4000人に迫る敵勢は十分な脅威であった。


「ヴァロンどのが経験した籠城戦とはいかなるものか、聞かせてもらえまいか?」

「へい、落ちました。それでよろしければ」

「それはまた……なぜ落ちたのか、どのような城は落ちるのか、聞いてよろしいか?」

「へい、裏切りでさ。戦は五分か、やや勝っとりました。ですが城の内側が敵に転び門を開け放つと……もうダメですわ。一気にカタをつけられました」


 若いレオンは裏切りと聞き、ショックを受けたようだ。表情を固くし「裏切り」と小さく呟いた。


「レオンさま、この城は急ごしらえですが、しっかり造作して堅えですわ。味方も多い、蓄えもある。マトモならまずは負けねえ戦で」


 ガストンが言うように旧バラチエ城は改修され、姿を大きく変えていた。

 今までの城の周囲にグルリと新しい曲輪を新設し、さらに簡易的なものではあるが馬出しや出丸も備えている。


 この突貫工事には近隣の村落を破壊して資材を確保し、村民をムリやり徴用して労働力とした。

 土地はビゼー伯爵に対する怨嗟えんさの声で満ちているが、伯爵は敵対者となったバラチエの痕跡を執拗なまでにすり潰すことで味方への見せしめにしているようだ。

 まあ、そのあたりの事情はガストンにはよく分からないし、あまり関係もない。


 これらの大改修にともない、城の名もヌシャテルと改められた(新しい城の意)。今後はヌシャテル城と記すことにしたい。


「……怖いのは裏切り、ですか?」

「へい、裏切りだけじゃねえです。たとえば雑兵同士の小さなケンカとかも怖えですわ。レオンさまの手勢に不心得者はおらんと思いますが――」


 ガストンが言いよどむと、レオンは「遠慮は無用です」と先をうながした。

 そこには嫌味らしい雰囲気はなく、純粋にガストンの経験を吸収しようという姿勢が見てとれる。


「へい、城内の兵士や雑兵は気が立っとりますから小さなケンカやら盗みは多々あります。それが思わぬ騒ぎとなり籠城中に刃傷や火事にでもなれば大事になりますわ」

「なるほど、家中の兵に気を配るわけですか」

「へい、それはレオンさまでなくても、従士の方々や、気心のきいた老練の兵士を小頭として目を光らせればよろしいので」

「よし、そうしよう。良き話を聞きました」


 レオンはサッときびすを返して自陣へと戻る。こうした行動の端々から『早く一人前にならなくては』という気負いが見て取れるようだ。


(感じのええ若殿さまじゃな。仕え甲斐のあることだわ)


 バルビエ勢は総勢で40人にも満たない小勢であり、陣中にはガストン含め従士も3人しかいない。

 だが、年若く家督を継いだばかりというレオンには小なりとも軍勢を率いるのは大変なことであろう。


「おい、あれでレオンさまは17才だと。同じ年の頃、俺たちは何をしとったかのう」


 ガストンは後ろに控えていたドニに苦笑まじりで話しかけた。


「はあ、俺が17才の頃は……村で鼻つまみ者でした」

「ほうかい、故郷を離れて兵士になるような者は似たりよったりだのう。俺も同じようなもんだわ」


 このドニはガストンに義理を感じているらしく、レオン・バルビエではなくガストンに仕える形で移籍していた。

 ガストンからすれば騙したようできまり・・・が悪いが、従士ともなれば家来も必要なので複雑な思いで黙認している。


「オマエさんも俺ではなくレオンさまに仕えてもええのだぞ?」

「いや、俺はお頭についていきますので……」


 以前のドニは目つきばかり鋭く、トゲトゲしい雰囲気があったが、一件以来すっかり大人しくなった。

 あれほど熱中していた博打もすっぱりとやめ、絶えなかったケンカも起こす様子はない。

 ガストンからすればやや元気が無いように見受けられるが、バルビエ家中でトラブルを起こされるよりはよほどましだ。

 そのうち元気になるだろうと、そっとしている。


「そうかい……ま、今のお前さんならどこでも奉公できるはずだわ。そうしょぼくれるな」

「はあ、しょぼくれてますか」


 ドニは手入れされていないボサボサ頭を掻きながらバツが悪そうに口を歪めた。

 荒んだ印象から老けて見えるが、これでもガストンの弟ジョスと同い年らしい。


「まあええわ、俺らの戦ぶりは家中で値踏みされるぞ。気張れや」


 苦笑しながら敵の大軍を見つめるガストンの心は不思議と鎮まっていた。

 ガストンも立場が変わり、心構えが変わってきたのかもしれない。

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