第47話 奇縁

 その後、ガストンは土牢つちろう(地面を掘って作った牢屋のこと)から釈放されたドニと共に兵舎で荷物をまとめていた。

 とはいえ彼らの私物は驚くほど少なく、ガストンのそれは溜め込んだガラクタが大半である。


「すまねえ、お頭。俺の不始末でお頭まで」

「気にすんな。なりゆきだわ」


 ガストンは手を止めてドニと向き合う。

 すこし改まった雰囲気にドニののどがゴクリと上下した。


「やってねえんだな?」

「……やってねえ。俺は厄介者で、何度もおかしらに殴られてるけど、今回のはやってねえんです。信じてくれるとは思えねえが――」

「ほうか、信じるわ。恨みに思う者にハメられたな。これからは互いに・・・普段から身を慎まねばのう」


 ガストンは今回の経緯を騎士テランスから口止めされていた。


『わざわざ上の争いに巻きこまれたと教えることはない。騎士相手に遺恨を残すよりも知らぬことが身を守ることになる。それにドニは普段からの不行跡ゆえに狙われたのだ、これを薬にさせよ』


 もっともな理屈だとガストンも思う。しかし、自らの争いに巻きこんだ上に事情まで黙っているのは実にきまりの悪いことであった。

 ガストン風に言うのであれば『筋の通らねえ』話なのである。


「すまねえ、お頭まで、お頭までが除名にされちまうとは、俺は本当にすまねえことを――」


 だが、その思いを知らないドニはガバッと勢いよく床に手をついて頭を垂れた。事情を知らぬ彼からすればガストンは自らが招いたトラブルに連座させた被害者なのだ。しかも恨みごとを一言も口にせず、疑わしい自分を『信じる』と口にして小揺るぎすらしない。

 ドニがガストンのふるまいに感動してもムリのないことである。


「言うな言うな、俺にも落ち度があったことだわ」

「違うんだ、お頭はいつも俺を叱ってくれたじゃねえか。思えば俺を本気で叱ってくれたのは実の親父とお頭しかいねえ……なのに俺は恩義のあるお頭に最後まで迷惑のかけ通しで――」

「くどいわ! 百人長のテランスさまはな、お前のことを勇士だと褒めとったぞ! ベソかいてテランスさまに恥をかかすでないわ!」


 この叱咤に感極まったドニが涙をこぼし、ボタボタと床に染みを作る。

 わざわざ『実の』父親を引き合いに出すあたり、ドニもひと筋縄ではいかぬ人生を歩んできたに違いない。


(うーむ、弱ったわ。ドニにゃ今回のことでデカい借りがあるからのう。首尾よく次の雇い先を見つけてやりたいとこだが、アテにしとったリュイソーの殿さまも貧乏じゃ……2人そろって世話になれるか難しいとこだわ)


 引け目があるガストンとしては心情的にも道義的にもドニを放り出すことはできない。


 ガストンが「どうしたものやら」と思い悩むことしばし、兵舎のドアがギィときしみを上げながら開いた。


「ガストン、殊勝な心がけだ」


 現れたのはなんと伯爵だ。側近と思わしき数名の騎士を引き連れている。

 いつから聞いていたものか、先ほどの会話も把握しているようだった。


「おいっ、ドニ! ひざをつけ」


 主君である伯爵が兵舎に現れることはまずない。驚いたガストンは慌てて両膝をつき、頭を下げる。

 それを見た伯爵は満足気に頷いた。


「ガストン、これよりはバルビエの下知を受けよ。いずれ折を見て呼び戻す」

「へ、へいっ! 心得ましたっ!」


 伯爵の言葉は唐突であり意味が分からないが、ガストンにとっては一も二もなく反射的に拝命した。自らを引き立ててくれた伯爵の言葉に背くなど思いもよらぬことなのだ。


(はて、バルビエ――バルビエか、聞いたような名じゃのう。そのお人の下知を受けよとな?)


 ガストンは内心で首をかしげるが、伯爵は「励めよ」と言い残し、兵舎より去った。

 これは高位貴族の伯爵が庶民のガストンにかける厚意としては破格のものだ。これだけで伯爵がガストンを手放すつもりがないことは見て取れるのだが、残念ながらガストンにはそこまで気が回らない。


 伯爵に続き側近の騎士たちも兵舎から退出し、その場には騎士テランスと、どこかで見たような年若い騎士のみが残った。


「ヴァロン、聞いたな。こちらがレオン・バルビエ卿だ。存じておろう?」

「へ? へいっ! お顔は存じとりますが、詳しくは、そのう、申しわけねえことで……」

「ふむ、それはそうか。バルビエ卿は年若いが家督と領地を継いで騎士となられ、尚武の念から勇士を求めておる。ほれ、オヌシとは伯弟との戦でも同陣しておったろう」

「殿さまの弟御の――アッ、俺が道案内させていただいた(33話)」


 若い騎士は「お久しぶりです」とにこやかに挨拶した。

 その好ましげな表情にガストンもつられて「ああ、あの時の」と笑顔になる。


 この若い騎士は以前、伯爵領の内乱でガストンが道案内をした騎士のうちの1人だ。ずいぶんと人懐こい若者だったと記憶している。


「実はこのたび、我が君に『ぜひともヴァロンどのを譲って欲しい』とお願いしたのです。残念なことに『ならば貸してやろう』と断られてしまいましたが」

「俺をですかい? それは恐れ入りやすが、そりゃまたなんでです?」

「騎士の身で恥をもうしますが、私は戦に不慣れなものでして――」


 レオンの言うところによると、彼は年若くして家督を継いだものの経験が浅く戦場での進退は老臣に頼ることが多かったらしい(たしかに以前の戦(33話)でレオンの未熟な指揮をガストンも見た)。

 だが、戦の中で頼みの老臣が重傷を負い、戦働きができなくなってしまった。そこで自らが一人前となるまで頼みにできる戦上手はいないものかと探していたのだとか。


「うむ、そこでオヌシだ。オヌシはずいぶんと目立っておったからな、うらみやねたみをずいぶんと買っておったのよ。『下賤の身が主君の寵愛を受けて好き放題しておる』とな」

「……そりゃ、誤解ともうすもので」

「分かっておる。だが、これを機に我が君はバルビエ卿にオヌシを貸し出すことにした。罰を与えた形なのはオヌシの身を守るためでもある。理解せよ」


 騎士テランスが噛んで含めるようにガストンへ「これで良いのだ」と言って聞かせる。だが、ガストンの胸中は複雑のようだ。


(なんでえ、俺は命がけに働いてきたのに妬みやそねみで叱られたのかい。バカバカしい)


 伯爵や騎士テランスが庇ってくれたことも理解はできるが納得はできないといったところか。

 宮仕えというものはガストンが思うようにシンプルなモノではないのだ。


「……1つだけ、お願いがありやす。そこのドニも共に引き受けてもらえませんかい」

「もちろんですとも。ヴァロンどのをお迎えできれば私も姉上に面目がたつ」

「はて、姉上ですかい?」


 レオンの言葉はいささか脈絡に欠けた。今の話題に彼の姉が出てくるのは意味が分からない。


「ええ、姉ですとも。ヴァロンどのに救われたジョアナ・バルビエは私の姉です」


 ガストンもこれには驚き「ヒエッ」と悲鳴じみた声を上げた。

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