第46話 剣鋒団追放
2日後、ガストンはバラチエ城の主塔に呼び出され、広間で待機していた。
左右には衛兵が数名ずつ列をなしており、主君である伯爵の到着を待っている。
ガストンの横には痩せた顔つきの騎士――これは騎士タイヨンだ。
兄とは違い豪傑じみた風貌ではなく、ヒョロリと背が高く神経質そうな男だ。年は30にはならずといったところか。
(こりゃ、まいった。大事になっちまったわ)
騎士テランスが『任せておけ』と請け負うものだから本当に任せきりにしたらこの始末である。
今のガストンは、君主臨席による『騎士タイヨンとの和睦』のために引っぱり出されたのだ。
騎士とは小なりとも領主である場合が多く、争いとなれば合戦まで発展することもままある。そうした殺し合いになる前に、こうして君主が仲裁に名乗りを上げることは珍しいことではない。
ただ、今回は一方が庶民であるガストンというのは異例のことだろう。
本来ならば君主たる伯爵がここまで小さな争いに介入することはない。つまり、この場に伯爵が現れること自体が『ガストンは伯爵のなみなみならぬ寵臣なのだ』としめしている。
それを感じるがゆえに騎士タイヨンの表情は険しく、ガストンへ殺意に近い感情を視線にこめてぶつけていた。
(ふん、そんなににらむなよ。俺だってテメエにゃ恨み言の1つもあるんだぜ)
ガストンがアベル・タイヨンを討ったのは戦場でのことだ。恥じるところはなく、すでにふてくされて開き直っている。
(俺が気に入らないなら決闘でも申し込めば良かったのだわ。それをグズグズと陰で謀りおって)
身内を殺され恨む気持ちも理解できるが、部下のドニや上司の騎士テランスにまで迷惑をかけられてはガストンとて許せるものではない。
さらにこうして面倒ごとまで重ね続けているのだ。ガストンは騎士タイヨンの胸ぐらを掴んで、頬の1つでも張り倒したい気持ちが湧き上がるのを感じた。
『良いか、和睦の席では決して不満を面に出すな。気に入らないこともあろうが、間違いなくオヌシのためになる』
ガストンは騎士テランスの言葉を思い出し、
待つことしばし、伯爵が数名の騎士を従えて広間に現れた(騎士テランスもここにいる。彼も伯爵の寵臣なのだ)。
ガストンが膝をついて迎えようとしたのを伯爵は「無用だ」と軽く制する。
「前置きはよい、はじめよ」
伯爵は実にそっけない。貴族社会において彼は呆れるほどの儀礼嫌いだ。
常識をムダと言い、立て前を嫌うビゼー伯爵に人がついてくるのは非常識なほど戦が強いからである。暴力が生業の騎士や兵士はより強い暴力に従うのだ。
貴族や騎士といった面々からすれば苦々しく思う伯爵の言動も、そうした『騎士の常識や素養』に欠けるガストンからすれば気にもならない。伯爵の言動も『偉い人はこんなものなのだろう』としか考えないからだ。
ある意味でガストンと伯爵は極めて相性が良かったといえる。
「タイヨンさま、お預かりしていた兄君の遺品をお返しいたしやす」
ガストンは騎士テランスから習った通りのセリフを口にし、鉄兜と剣を差し出した。
「たしかに」
それらを受け取った騎士タイヨンは目を細めてじっと見つめている。その心の動きはガストンには読み取れない。
「兄の最期の様子などを聞かせてもらえまいか?」
「最期、最期と申しますと……特に、そのう、勇敢な、ご立派な戦ぶりで……」
騎士タイヨンはしどろもどろになるガストンをキッと睨みつけて何かを口にしようとした。
恨みが深くとも、さすがに主君隣席で暴言は口にしない。だが、その目は『それは下郎にくびり殺されてもか』と物語っているようにガストンは感じた。
「和解の証をしめせ」
伯爵が退屈を隠そうともせず声をかけるや、ガストンと騎士タイヨンは両手を広げてガッシと抱き合う。これが作法なのである。
「両名の和解、見届けたり。遺恨を残すな」
伯爵の声に両名は「承知」「へい、心得ました」と個性をだして応じた。
「この騒動の仕置とし、ヴァロンとその部下のドニ、両名を剣鋒団より除名とする。以上だ」
この伯爵の言葉を聞き、騎士タイヨンの不満げな表情はみるみる嫌らしい笑顔に変わった。
逆にガストンの顔面は蒼白である。
(な、なぜだ!? 俺は今まで命がけで働いたのだぞ、それが……こんなつまらねえことで)
気がつけばガストンは伯爵にすがるようにフラリと数歩、前にでた。
それをさえぎるように数名の騎士と衛兵が身構える。
「そ、それはあまりにも――」
「控えろっ! 我が君の命に不満があるのか!!」
つい不平を口にしたガストンを伯爵の側に控えていた騎士テランスが咎めた。ガストンがハッと正気に返るほどの剣幕である。
「……いえ、無作法をしやした」
「追って
剣鋒団とは伯爵の私兵であり、処分に裁判などはない。
理不尽であろうが伯爵の一存ですべてが決まるのだ。
その時、騎士タイヨンが「はん」と鼻を鳴らした。
ガストンの打ちひしがれた様子を見て嘲笑ったのだ。
(畜生めが、殿様への義理がなければ今すぐにでも細首を締めてくびり殺してやるわ)
ガストンは良くも悪しくも恨みつらみや欲得といった執着心の薄い男である。
だが、この時ばかりは自分のキャリアをメチャクチャにした騎士タイヨンを恨んだ。
誰だって数年も手掛けた仕事の成果を台無しにされれば大なり小なり怒りを覚えるだろう。ガストンのそれは戦場で傷まみれになりながら、這い回るようにして築いた十人長の地位だったのだ。
(……とはいえ、弱ったわ。今さら村で
しかし、ここで復讐に燃えるでもなく、自らの身の振り方を本気で心配するあたりがガストンという男の
ごく低い身分の者たち――小作人や貧農にとっては戦災や天災などは耐えるのみであり、過ぎ去れば翌日から畑に
ひとかどの武者となったガストンも、感覚としてはこちらに近い。戦士としての誇りや名誉よりも明日の食を心配する卑しさが抜けないのだ。
首の後ろ辺りをペチペチと叩きながら「こりゃ、たまらんのう」と途方に暮れるガストンを見守る2人の騎士――やや呆れ顔の騎士テランスと好ましげに見つめる若い騎士の視線にガストンは気づいていなかった。
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