第45話 思わぬ災難

 ガストンらがバラチエ城に戻ると、そこは大きな喧騒に包まれていた。

 これはダルモン王国からの反撃に備え、城の要塞化のため工事が進められているのだ。


 封建制度の根幹は『守ってやるから従え』である。

 新しく子分になった豪族領主バラチエが戦いで忠義を示したのに救援をしないのではダルモン王国は家臣に対する信用を失墜させてしまうだろう。


 一方のビゼー伯爵はリオンクール王国とは無関係に始めた戦争である。

 ゆえにダルモン王国の反撃に対し独力で対抗する必要があり、前線基地や防衛拠点を兼ねた一種の策源地としてバラチエ城を改修しているのだ。

 1000人もの兵士と、それを世話をする人々が詰める拠点となれば、それなりの規模が必要なのである。


 戦時下の緊張感に工事の喧騒。

 そのような状況にあればケンカ騒動などのトラブルも多い。

 帰還したガストンが耳にした事件も、その一つではあったのだろう。




 ⚫




「盗み!? ドニがですかい!?」


 騎士テランスに帰還の報告を行ったガストンだったが、そこで報されたのは自らの部下の不始末であった。

 なんと組下のドニが窃盗を働いて捕縛されたという。しかも騎士の財物に手を出したらしい。


「そうだ。タイヨン卿の短剣を窃盗したとしてムチ打たれ拘束されておる。剣鋒団より追放くらいはされるかもしれぬな」

「あのバカめ! 申しわけございやせん、組下の不始末で煩わせました」

「いや、これはどうもおかしいのだ。まず聞けい」

「へい、聞きます」


 騎士テランスから告げられたあらまし・・・・によると、ガストンたちが故郷に向かうやドニの荷物から騎士タイヨンとやらの短剣が見つかり、窃盗したとして捕縛されたらしい。テランスが庇う(もみ消す)前に事件は明るみとなり、異例の速さでムチ打ちの刑が執行されてしまったようだ。現在は牢屋に繋がれているのだとか。


「そりゃ、そのう……ちょいとおかしかねえですか? 盗みを働いたにしても、いきなり手討ちにされるでなくドニが捕まってムチ打ちってのも――」


 戦陣のことである、庶民が身分のあるものに危害を与えれば無礼を咎められ、その場で殺されても文句はいえない。

 だが、軍規で処罰されたとなると逮捕からの流れが不自然に早いのだ。

 その手のことに詳しくないガストンですら違和感があるほどである。


(それに今までドニを叱ったのはケンカや刃傷だけだ。味方からの盗みなどはねえ)


 思い返せばドニは博打を好みケンカばかりしているが、軍内での盗みなど初めてのことだ。

 粗野で乱暴ではあるが、ドニの性根は腐ってないとガストンは信じている。


 ちなみに盗みとは味方からのことに限る。敵から盗む略奪などは一種の武芸であり、罪のうちには入らない。


「そうだ、気づいたか? 告発者はタイヨン卿だ。覚えがあろう?」

「タイヨン、タイヨン卿と申しますと、その――」


 タイヨン、その名はガストンにとって聞き覚えがあるどころではない。かつてビゼー伯爵がルモニエ男爵を攻めた折に我が手で討ち取った騎士の名である(25話参照)。

 この戦いでの武功がガストンやマルセルの出世の契機となり、ヴァロン一門にとっては忘れることのない記憶となっていた。

 騎士タイヨンはガストンが討ったアベル・タイヨンの弟であるらしい。


「そのタイヨンだ。タイヨンめは兄を殺されたオヌシに恥をかかせたいのだ。オヌシの留守を狙い、ドニの荷物に盗品を忍ばせたのだ」

「そりゃ、まことで?」

「俺の言葉には証拠はない。証拠はないが、ドニは犯行を認めておらぬ」


 ガストンは例えようもない不気味なものを感じ、体がブルリと震えるのを知覚した。

 槍を合わせての戦いならば自信もある。しかし、陰謀などに対してはまったくの無知無力であった。


「テランスさま、ドニはやってねえと思います。アイツは博打うちでケンカも多いが盗みをしたことはねえのです」

「うむ。ドニは未熟ながらも勇敢な兵。勇士と、女々しく戦の遺恨を残す玉なし騎士の言葉、どちらを信ずるかは自明の理だ」

「……かたじけねえことです」


 ガストンは力なくガックリと肩を落した。命がけで戦い続けることが、味方からの恨みを買っていたとは考えたこともなかったのだ。


(俺はとんだクズだわ……頭に迷惑をかけ、部下を恨みに巻き込んで、情けねえ……情けねえクズだ)


 例えようもない無力感がズッシリとのし掛かり、顔を上げることもできない。


「まだ気落ちするな。ドニはムチで打たれたが、狙いはオヌシよ。タイヨンはオヌシまで共犯として連座させる気だろう」

「そ、そりゃ……ムチャな話で」

「だがタイヨンはオヌシの功名を逆恨みをするようなバカだ。言いがかりくらいは用意しておるだろう。不快だがオヌシの身を守る必要はある、分かるか?」

「わ、分かりません……ご指南くだされ」

「良い心がけだ。騎士道は知っておるか?」

「騎士道、ですかい……良く知りやせん」

「うむ、騎士道とは伊達や酔狂ではない。自らを慎み、ムダに敵を作らぬようにするためにも必要なのだ」


 騎士テランスは、とうとうとガストンに騎士道を伝えた。

 敵に対し勇敢に、弱き者には情け深く、義理を重んじ、友情や愛を尊ぶ――これは敵を作らぬために必要な素養なのだと。

 これはテランスの持論であろうが、なかなか的を射た意見である。『集団の中で孤立せぬように、敵を作らぬように、常識に背かず善良であれ』とはややロマンに欠けるが処世術としては間違いではないだろう。


「オヌシがタイヨン卿の兄を討った折を思いだせ。捕虜にもできたのではないのか? 必要以上に苦しめ、むごい仕打ちはしておらぬか? 思い当たることもあるだろう?」

「ま、ま、まさに。朋輩のマルセルが殺られたと思い……この手で殴りつけ、絞め殺しました。しかし、そのう……タイヨンさまは手ごわく、捕虜にできたとは思えません」

「そうであろう、内乱ではそこが難しいのだ。殺すのはやむをえまい。だが、無惨に殺す敵は誰かの身内よ。恨みを買うこともある。討ち取るにしてもやりよう・・・・を考えねばならぬぞ」


 この言葉にハッとしたガストンは恐れ入って騎士テランスに頭を下げた。


『やりすぎないようにしてるのだ。あまり飛び道具で殺しすぎると恨みを買う。後に祟るからな』


 それはかつてリュイソー家中で聞いた言葉であった(17話)。

 その時は意味も考えず、聞き流しにした教えが今になって祟ったのだ。ガストンにはそう思えてならなかった。

 悔しさから思わずドンと床を踏み鳴らす。


(ああ、俺はバカだ。少しばかり腕に自信がでて傲慢ごうまんしたからバチがあたったわ)


 聖天教会の教えでは謙虚が美徳で傲慢は罪だ。ガストンは半ば本気で神に対しての罪を悔いている。

 意外に思うむきもあるかもしれないが、戦士は自分が罪深いと知るからこそ神罰を恐れる者も多いのだ。自らが討ち倒した敵を弔うためのミサを催す騎士も少なくない。


 歯噛みして悔しがるガストンに、騎士テランスは「鎮まれ」と力強く肩を掴んだ。

 騎士テランスはガストンを『機転は利くが、腕っぷしで成り上がった乱暴者』と認識しているふしがある。暴発して騎士タイヨンを襲撃などしないようにと配慮しているのかもしれない。彼は言葉を選び、ガストンを落ち着かせているようだ。


「ドロン卿からの功名の証言を拒んだ(41話)のも、いかにもまずかった」

「あ、あやつめもタイヨンさまへ同心しとるので?」

「いや、あれでオヌシが増長したと受け取った者も多かったということよ。ドロン卿は世慣れておるゆえ何も言わぬが……味方にもならぬな」


 騎士テランスは「ふうーっ」と鼻で大きくため息をつく。

 つまり、タイヨンに近い騎士たちは、身分の低いガストンが騎士セルジュの意に沿わなかったことも『気に入らない』ようだ。

 しかし、身分が低いガストンにはこのあたりの機微が分からない。小さく「むう」と唸るのみだ。


「オヌシもこうした内向きの争いに巻き込まれるほどの男になったのだ。戦働きに励めば恨みを買うことも増える。身をつつしめ」

「へい、痛み入りやす」


 口うるさい騎士テランスの小言も、こうなれば金言である。

 ガストンは素直に頭を下げて拝聴した。

 その殊勝な様子に気を良くしたか、騎士テランスも満足気である。


「うむ、この度のことは俺に任せておけ。オヌシは戦場にて正々堂々と功名したのだ。恥じることなどない」


 騎士テランスは「ただし」とつけ加えた。

 やや改まった態度である。


「オヌシの剣と兜はタイヨン卿から奪ったものだな? 槍や鎧は失ったか」

「へい、槍は戦で折れました。鎖帷子は売り払いました」

「うむ、ならば良い。下手に取り繕わず、他は失ったと言えばよい」

「と、申しますと……?」

「今回は相手に否がある。だが丸く治めるために形見をタイヨン卿の弟に差しだせ。その場は整えてやる」

「突っかかられた俺が差しだすんですかい?」

「うむ、理不尽ではあるがモノで片がつくならモノで治めよ。向こうは名誉の問題だと思っておる。このままでは行きつくところは決闘か私闘か……命のやりとりになろう」


 こうまで言われてはガストンも抗弁することはできない。そもそも事態を治めるために騎士テランスに頼る立場なのである。


(ついてねえ……こんなことならコームさんに銭を渡すでなかったわ)


 ガストンは帰郷した折に母の再婚相手に少なくない金銭を渡したようだ。

 質の良い武具というのは総じて高価であり、失った槍と共に急いで揃えるとなればガストンの給金など大半が吹き飛んでしまうだろう。


(ついてねえ。ああ、ついてねえ)


 ガストンは頭を抱えるようにしてガックリとうなだれた。

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