第44話 立場

 ひとしきり騒ぎが治まったころ、ガストンらは馬の番をしていた馬丁と合流し、コームとやらの家へと向かった。

 ガストンの姿を見るや、村人が姿を消すようになったのはご愛嬌というものだろうか。


(ふん、面白くもねえ)


 ガストンが乗る駄馬の側では事情を聞いた馬丁までもがマルセルやジョスと大笑いしている。それもガストンには業腹ごうはらなのだ。


「そんなに怒るなよ。ほれ、あの家がコームの家だ」

「ほうか、お前はコームさんに覚えがあるか? 俺は……まあ、知らんことはないだろうが思い出せんわ」

「おう、何を隠そう俺の実家は斜向はすむかいだわ。コームもよう知っとる。良く言えば――大人しく聞き分けの良い男よ」

「ほうか、大人しいのか」


 マルセルの言葉にガストンとジョスはホッと息をついた。


「ジョスよ、亭主が大人しいなら……おっ母も殴られながら暮らしているわけではなかろうな?」

「うん、まあ何よりだわ。1人で寂しく暮らすよりもずっとええ。そう思うわ」

「ならポールさんや乙名衆に礼を述べるか?」

「いんや、勝手をしたのは確かだ。そこまで大人にゃなれん」


 ガストンはジョスの言葉に「まったく同感だわ」とため息をついた。やり場に困った怒りを母の夫にぶつけぬよう、吐き出しているつもりなのかもしれない。


「聞けば子供を養っているようだし、おっ母より年若いんじゃないかな?」

「体よく婆を押しつけられたわけかい、女手は必要だろうが難しいとこだのう」


 兄弟の心中は複雑である。


 ここでマルセルが「親父の面を拝んでくるわ」と告げて離れ、馬丁と兄弟のみがポツンと残された。

 馬丁は「お構いなく」と苦笑いを見せるのみだ。


 さて、この後の『母子の対面』は特筆すべきドラマはない。

 恐縮しきったコームに兄弟が閉口したり、ガストンらの知らぬ間に再婚したことを悪がった母オルガが涙を見せたりもしたが……それを細々と描写するのも無粋というものだ。 


 ただ、この時の対面は互いにとって悪いものにはならなかった。

 その証拠に、やや未来の話となるが、コームの次男は後年にジョスに仕える従者となる。

 ガストンに仕えなかったのは、村での一幕が原因だったのか……それは知る由もない。

 教会への寄進に使われた仕送りも、学のない母親から「戦に出た息子たちの無事を神様にお願いしてね」と言われガストンも怒りを忘れることにした。ずる賢い乙名や助祭にいいようにされたと考えるよりは、母親のおかげで神の加護を得られたと考えるほうが、ずっとまし・・な気がしたからだ。 


 ともあれ3日ほどガストンは村で過ごし、4日目の朝に村をたち伯爵軍と合流すべくバラチエ城へと向かった。

 ガストンの傷は癒えぬまでも休息を得て力を取り戻したようだ。槍働きに不都合はない。




 ●




「――ほんで、俺とガストン、ジョスは義兄弟の契りを交わしたんだわ。互いの長短を補って命をかばい合うのだ、これは血の繋がり以上に間違いねえ」

「だから殿さま・・・がたは名字も一緒なんですかい?」

「ほうだわ、お前らも名字を同じにせい、俺がくれてやるわさ――そうだのう、城持ちになれるようシャトーとでも名乗るか?」

「ひえっ! 名字をくださるので!?」


 帰りの道のりでマルセルが村の若衆らに大ぼらを吹きに吹いていた。

 彼らはマルセルが自らの家来にと故郷でスカウトしてきた若者たちだ。その数は3人、十人長の身分ではかなりの数と言えよう。


(マルセルも思いきったのう……3人とは、かなり切りつめねばキツかろうな)


 ガストンは朋輩の決断を驚きをもって見守っていた。

 家来を養うのは大変なことなのだ。


 まず、給金。そして衣食住の保証をせねばならない。

 今のマルセルはビゼー城の兵舎で寝泊まりしているが、彼らは伯爵の家来ではなくマルセルの家来なのだ。どこかに屋敷でも借りて住まわせ、飯を炊いて食わせねばならない。戦に連れて行くなら武具も最低限はマルセルが用意する必要がある。家来がトラブルを起こせばマルセルが責任を負うことにもなるだろう。

 それに何より彼らは人だ。犬やヤギを養うのとはわけが違う。

 世話が面倒だから、ケガをして動きが悪くなったからと叩き殺して肉屋に売るわけにはいかないのだ。


「やいマルセルよ」

「なんじゃい、話の腰を折るな」


 ガストンが話しかけるや、マルセルの機嫌が途端に悪くなる。これには『俺にまで威張らなくてもよかろう』と呆れる他はない。


「屋敷は借りりゃいいだろうが飯炊きはどうするんだ? 城のまかないってわけにもいくまいが」

「俺に抜かりはねえ。嫁をもらう」

「嫁御じゃと!? アテはあるんかい」

「ある。あるから言うとるに決まっとるわ」


 この言葉にガストンは目を丸くし、ジョスは「へえっ!」と素っ頓狂とんきょうな声を出した。

 兵舎で似たような生活をしていたマルセルにそんな相手がいたとはついぞ知らなかったのである。


「どこの誰じゃ? 俺たちの知るべ(知り合い)か?」

「まあ、ガストンは知らんこともなかろうな。ほれ、去年に俺とお前で傷を癒やした村があったろう。あそこの娘じゃ。乙名の末娘よ」

「乙名衆の娘か! そりゃ大功名でねえか。いくつだ?」

「去年17だと言うとったでな。まあ18になったかならずか、そんなとこだの」


 得意気に答えるマルセルにガストンはすっかり感心していた。


 マルセルとガストンは同じ十人長、給金はガストンの方がやや高いほどだ。母親への仕送りをしていたガストンよりは蓄えもあるだろうが大差はない。

 それが屋敷を借り、嫁をもらい、3人も家来を養う……どう考えてもムリをすることになるだろう。

 騎士であるセルジュ・ド・ドロンですら戦場で連れていた従者は2人なのだ。3人はいかにも分不相応である。


「こう言ってはなんだが、大丈夫か? その――」

「ふん、言いたいことは分かるわ。たしかにキツいわ。だが考えてもみい、俺は他の同輩――それこそお前も含めてな、他の十人長で1番の家来もちよ。それだけで目だつに違いねえ……それが殿さまの目に止まればもうけ・・・ものよ」


 このマルセルの言葉にはガストンも驚いた。家来を多く雇うことはマルセルの野心の現れでもあったのだ。


「うーん、家来を集めて殿さまから褒めてもらうのか……よう考えついたもんじゃ。さすがマルセルは知恵が回るわ」

「身内に世辞はよさんか。たまたまじゃ。去年の戦で雑兵をたくさん引き連れて参陣した土豪をな、殿さまが褒めていたと小耳に挟んだのよ。そこで『ならば俺も』と思い至った」

「いやいや、行うは難しじゃ。よう思いきったもんだわ」


 ガストンらがもらう給金は、家来や装備を含め戦の支度を整えるための予算でもある。マルセルの行いは『派手な装備を用意して注目を集める』のと等しく、戦場で目だつに違いない。


(ふうむ、嫁はともかく家来か……あの村ならトビーさんら若い衆に声をかけてもいいかもしれんのう)


 療養した村では白子症を患っていたトビー少年が印象深い。

 体は若干弱そうではあるが彼ならば真面目そうだし、槍の筋も悪くなかった。

 留守居などにはうってつけではあるまいか。


「まあ、何にせよ屋敷か……よう手配したのう。上司にでも相談したんか?」

「いや、嫁の親父に世話してもらって安うついたわ」

「ほほう、そら太いしゅうとだのう。俺も屋敷を探したくなったわ。どこか紹介してくれるよう頼んどいてくれんか?」

「はは、そりゃいいな! 我らの惣領家からの頼みごととは目を丸くして驚くぞ!」


 すでに『嫁』だの『舅』だのと調子に乗って身内面をするマルセルはらしいといえば彼らしい。

 だが、そのような発言も初心な村の若衆だった家来たちには勇ましげな壮語に聞こえるらしく、しきりに感心して頷いている。


「我らヴァロン一門は助け合いよ、こうして成り上がったのだわ! これからも大きくなるわい!」


 帰路の間中、マルセルは鼻息荒く自慢話をくりかえす。

 新しい家来の手前、ガストンもジョスも根気よくつき合ってやったらしい。


 この故郷への訪問は、良くも悪しくも3人に変化をもたらした。

 ガストンとジョスは『母を迎える』という指針を失い、マルセルは家来を3人も雇い入れる。

 彼らは意識もしていないであろうが、それは『雇われる側』から『雇う側』への移行――すなわち、これからは兵士ではなく小なりとも『殿さま』と呼ばれる立場へとなるのだ。


 それと、これはまったくの余談とはなるのだが……ガストンと故郷の関係といえば『教会との関係』は言及せねばならないだろう。

 ポールら乙名衆はジョスの言葉を忘れず、教会の片すみに『ヴァロン家による修復』とたしかに刻みつけた(ガストンやジョスの名前を刻まなかったところに、そこはかとない悪意を感じる)。

 これはガストンの母を半ば騙すようにして仕送りを流用したことへの罪ほろぼしであったわけだが――この石碑が後世でヴァロン家の出自を誤解させたことは、現時点では誰も知り得ぬことであったろう。

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