第18話 殺意
城内に向かうと、ガストンは明らかに異常な喧騒に気圧された。
戦だ。城域に敵が侵入したのだろうか、後退した味方が何者かに襲撃されている。
(いや、こら違う。味方同士で争っとるのか? 一体どうしちまったんだ?)
争っているのはリュイソー勢とドロン勢だ。
敵勢が立て直し引返して来たなら、内側で争っている城などひとたまりもないだろう。
このタイミングでの同士討ち。ここから導き出される結論は多くないはずではあるが、経験が浅いガストンには理解できなかった。
どうすれば良いのか分からずガストンは足を止めてしまう。
しかし、不思議と争いの輪はガストンには近づかない。恐らく敵味方共に立ち尽くす大男を測りかね、放置したのだろう。
「……あっ! アイツは」
時間にして数秒、ガストンは視線の先にある男を発見し、我に返った。
騎士セルジュ・ド・ドロンだ。
彼を見た瞬間、ガストンは半ば直感的に現状を把握した。マルセルが疑っていた男、理屈はそれで十分だった。
(あの
カッと目の奥が熱くなるような怒りを感じ、ガストンは吠えた。人の声ではない、まさに獣のような声だった。
(ぶち殺したる!! 頭をかち割ってくれるわっ!!)
今までガストンは望まざるとも人を幾人か殺した。だが、それは行きがかり上のことで、ここまでの憎悪を人に向けたことはない。
初めて他人に向けた明確な殺意を推進力にし、ガストンは弾かれたように駆け出した。
そのまま雄叫びを上げ戦場を走り抜ける。不思議なほど敵味方ともにガストンに反応はない。
……それはそうだろう。目を血走らせ、喚き散らし、槍をメチャクチャに振り回しながら全力疾走する大男など関わりたいと思う者は稀だ。
(死ねえっ! この卑怯者めがっ!!)
騎士セルジュに狙いを定めたガストンは槍を構えたまま体当たりぎみに突っ込んだ。
声をかけるようなマネはしない。一息に殺す勢いだ。
「うっ!? コイツっ!」
さすがの騎士セルジュも突如として迫る大男に虚を衝かれた。槍先は避けたが、突っ込んできた勢いのまま体当たりぎみに突き飛ばされる。
両者共に体勢を崩して
「お前は……見知っているぞ。相変わらず血の気の多いやつだ」
騎士セルジュが油断なく長剣と丨凧のような
「しゃべるんじゃねえっ!! 死に晒せ!!」
一方的に会話を打ち切り、ガストンは槍を打ち下ろした。
騎士セルジュは盾でガストンの槍を受け流し、そのままスルスルと流れるように距離を詰めてくる。
(――その手は知っとるわ!)
この動きを予測していたガストンはパッと後ろに跳びのき、間合いを取る。そして再び槍でピシャリピシャリと打ちつける。しかし、これも盾で防がれた。
盾で防がれ、距離をとる……これを繰り返すこと3度。互いに
ここまでやり合えば一騎討ちの様相である。他からの干渉はない。
「その若さで大したものだ。どうだ、俺の家来にならんか? 従士では不服か? 手当は欲しいだけくれてやる、年に3万ダカット(ガストンの年収は1000ダカット)では足りぬか、4万までは用意しよう」
驚いたことに騎士セルジュはガストンのスカウトを始めたが、これは明らかに口からでまかせだ。
挑発や嘘で敵の平常心を崩すことは卑怯でもなんでもない。こうした詐術で敵の動揺を誘い、隙を作り出そうとしているのだ。
これも立派な兵法である。
「うるせえっ! お前のような卑怯者は売女の息子に違いねえ! 売女の股から産まれた卑怯者めっ!! お前の母ちゃんは売女じゃ!!」
「……そうまで言うか。手加減はできんぞ?」
「皆の衆、ようく聞けい! この野郎の母ちゃんは売女だっ!!」
ここまで来ると悪口や暴言のたぐいではあるが、こうした罵詈雑言は下卑ていればいるほど効果が高い。
この手の言葉は下賎のガストンにとって村のケンカでお馴染みの身近なものでもあった。
(股ぐらだ、お頭に教えられたように股ぐらをぶっ刺してやる)
騎士セルジュは鉄兜に鎖帷子で身を固めている。殴りつけようにも盾が邪魔だ。
ならば鎧武者の弱点である股ぐらを狙うしかない。
「きぃえぇぃっ!!」
ガストンは狙いを定めるや、すかさず騎士セルジュの股間めがけて槍をしごき入れた。
だが、この一撃は読まれていたようだ。騎士セルジュは盾で槍を叩き落とし、なんと槍を踏みつけにする。
ガストンは思わず「アッ」と声を上げたが、騎士セルジュは槍を乗り越えるようにして長剣を突きだしてきた。
剣先は獲物を狙うヘビのように素早く滑らかにガストンの首筋に迫る。
ガストンがとっさに首をひねれたのは
(しめたわ、もらったぞ!)
傷の痛みに怯まず、ガストンは槍を手放して騎士セルジュに掴みかかった。
どこかを掴んで力任せに、文字通りに振り回せば勝てる確信があったのだ。
だが、その見込みはあまりにも甘かった。
掴みかかられた騎士セルジュはガストンの股間を膝で蹴り上げる。
ガストンは耐え難い苦痛から「ぎゃぴ」と奇妙な悲鳴を上げ、背を海老のように丸め動けなくなった。内臓を捻じりあげられたような凄まじい痛みと吐き気、これは体験した者にしか理解できぬ地獄の責め苦だ。
そこへ盾が断頭斧のごとく振り落とされる。
後頭部に強い衝撃を受け、ガストンは『これで死ねる』と安堵し、意識を手放した。
金的の苦痛から開放されたことが一種の救いでもあったのだ。
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