第17話 老従士の教え

 その日はちょうど、ガストンがリーヴ修道院跡に入ってから2ヶ月の目の朝だった。

 馬出しでは騎士カルメルが門の防衛を指揮し、間近にガストンの姿も確認できる。


「火矢が来たぞおっ!!」

「慌てるな! かめの水撒けえっ!」


 初手から城内に火矢が射かけられ、続いて矢石が飛来する。

 特に敵の攻撃は門の前に集中力し、ガストンの横で雑兵が石をくらってうずくまった。投石紐や棒を用いた投石は、まともに当たれば骨が折れ、当たりどころが悪ければ死ぬ。


 騎士カルメルが「おい、大丈夫か?」と声をかけたが雑兵はうめき声を上げるのみで返事すらできない。


「いかんです。どうも肩がやられとります」

「そうか、悪いが城内に連れて行ってやれ」

「へいっ、承知!」


 騎士カルメルの指示を受け、ガストンは雑兵を背負って城内まで急ぎ届ける。


(さすがカルメルさまは下のものに慈悲があるわ)


 騎士カルメルびいきのガストンは妙な感心をしたが、何のことはない。負傷者が転がっていては単純に邪魔になるし、放置しては士気にも関わるからである。


「頭下げろ、今日は多いぞ!」


 櫓の上から声をかけられた。見上げればマルセルである。今日は弓を使うようだ。

 ガストンは言われた通りに頭を下げ、門の脇に貼りついた。


ときを作れえっ! 声で押せえっ!」


 ガストンらが騎士カルメルの指揮で声を張り上げると、敵勢も武者押しの声と共に寄せてくる。声で互いに威嚇しているのだ。


 門には跳ね橋や落とし格子は備えられていない。つまり切岸や堀もなく地続きとなっている。

 この戦がはじまり、門や脇の柵を巡って激しい攻防が続けられてきた。観音開きの木門はこれまでに何度も攻勢に晒され、補修の上に補修を重ね、見るからにボロボロである。


「柵に寄りすぎるな、取りついた敵に落ち着いて掛かれ」


 近くでガストンには馴染みのない50才ほどの老従士が声をかけてきた。低いが不思議とよく通る声だ。

 左手に細身の木槍を束ね持ち、右手の槍で狙いをつけている。投げ槍だろうか。


 門脇の柵は他よりも高く堅牢に作られており、それを破壊するために敵は斧や縄を、乗り越えるためにハシゴを持ち出して攻め寄せる。それらに次々と槍を投擲し撃退する老従士の手練のほどは凄まじい。


(すげえ、この旦那も強いわ)


 この老従士の働きにガストンは目を剥いておどろいた。投げ槍は相手を即死させることはないが、確実に敵の手足に命中し、戦闘力を奪う。

 ガストンも槍を振り回して戦ったが、倒した数はこの老従士に遠く及ばないだろう。


「……やりすぎないようにしてるのだ。あまり飛び道具で殺しすぎると恨みを買う。後に祟るからな」


 ガストンの視線を感じたか、敵の先陣を撃退した老従士がボソリと呟いた。

 槍を合わせての肉弾戦ならまだしも、飛び道具で一方的に痛めつけては横の国同士、近所づきあいに支障がでると老従士は諭したのだ。しかし、理解が及ばないガストンは『そんなものか』と中途半端に頷くのみだ。


「そら、新手だ。槍を振るえ」

「へいっ、承知!」


 敵の2波を迎え、老従士は従者から替えの槍を受け取り、ガストンもそれに倣い槍を構えた。


 横の国、特にリュイソー男爵家は常に戦つづきであり、組織としてはともかく個々の従士や兵士の練度は素晴らしいものがある。

 だが、これが初めての兵隊暮らしであるガストンは『従士とはこれほど強いのだ』と認識した。


 一口で従士と言っても、家柄や主家との繋がりから代々従士を勤めるだけの者や、財産にまかせて立派な装備だけをしつらえたハリボテ同然の者もいる。

 こうして初めに『本物』に触れ、それが基準となったガストンは幸運であったろう。

 ペルランしかり、この老従士しかり、戦場で鍛え抜いた武技には並々ならぬ冴えがある。


「お前さん、小便は出そうか?」

「へ、小便ですかい? いやあ、あいにく……?」


 すぐにガストンは老従士の突飛な発言の意味を理解した。火矢が飛んできたのだ。

 小便で火を消せと冗句を言ったのだろう。


「敵は本気だぞ、落としに来ておる。ほれ、破城槌はじょうついまでお出ましだ」


 破城槌とは簡単に言えば大きな丸太だ。これを数人がかりで担ぎ上げ、城門や城壁に叩きつける。

 単純ではあるものの攻城戦の定番と言えるほどに効果は高い。


「こちらも丸太を用意しろっ!! 櫓は破城槌を狙えーっ!!」


 騎士カルメルが声を枯らしながら指示を飛ばし、数人の兵士が資材置き場に走る。

 ガストンも老従士に「あちらを助太刀してこい」と促され、資材置き場に走った。

 どうやら丸太をつっかえ棒にして門を守るようだ。


「ほれ丸太を抱えろ! 押し返せっ! 押せ押せぇっ!!」


 ガストンらも息を合わせて丸太を支えるが、破城槌の重い一撃に門が悲鳴を上げる。

 重い衝撃が丸太を通して伝わり、ズシンズシンと下腹の辺りまで痺れるようだ。


 無論、守勢も無抵抗ではない。矢石を集中させ、時に内側から槍を突き出し、担ぎ手を次々と脱落させる。だが、破城槌を抱える敵勢は倒れても倒れても続々と入れ代わり攻撃を続ける。


 それはこの籠城戦が始まって以来の猛攻だ。

 ここまでの我攻がぜめ(無茶な攻撃)は勝っても負けても被害がバカにならない。雑兵は農夫なのだ、減らしては土地が痩せる。横の国の常識では考えられない勢いだった。

 老従士の言葉通り、敵は今日で決着をつけに来ているようだ。


「破られるぞおっ!」


 幾度も衝撃にさらされたかんぬきがパキイッと音を立てて裂け、ガストンの横で丸太を支えていた兵士が悲鳴をあげた。


「破られるぞ! 城内まで退けっ!!」


 騎士カルメルが後退を指示したと同時に味方の小勢が門外の破城槌に襲いかかる。ペルランだ。

 柵の外に回り込んだペルランが数人の兵士を率いて横槍を入れたのだ。


「おおっ! ペルランめ、やりおるやりおる!」

「やれ、やれ、蹴散らせえっ!」

「今のうちに退けえっ! 味方の働き無駄にするなぁっ!!」


 これには守勢も歓声をあげ、声援を送る。ガストンもたまげて目を見張った。


(……やっぱりお頭は並でねえ。お頭から槍の手ほどきを受けたのは運が良かったわ)


 ガストンが見る間にもペルランは敵を突き伏せ、次に向かう。鬼人もかくやと思わせる戦ぶりだ。


 不意を衝かれた軍勢はもろい。

 この一撃で門への圧力は消え、一時的ながらも敵勢は後退を余儀なくされた。馬出しの守勢は安全に城内まで退くことができるだろう。

 小曲輪である馬出しが破れても城域に至るにはまだ正門が残されている。仕切り直しは可能だった。


「ガストン、閂を抜いて門を開けろ! ペルランたちを見殺しにするなっ!!」

「へいっ、折れて抜けやせん!」

「ええいっ、斧はないのか!?」

「申しわけねえですが持っとりません!」


 裂けて圧し曲がった閂を抜くのはひと苦労だ。騎士カルメルも手伝いやっとの思いで門を開く。

 おかしなきしみを響かせながら門扉が開くと、すかさずペルランは「退け!」と部下に命じた。だが、どうしたことかペルラン本人は槍を杖のようにし、足を引きずっている。

 見れば右膝の辺りを負傷しているようだ。かなり出血している。


「お頭っ、肩を貸します」

「ガストンか、無用だ。それよりも城内が騒がしい、先に向かえ」


 退却の混乱だろうか、城内では何やら騒ぎが起きているようだ。

 ガストンは「へい」とだけ返し、馬出しから駆け出した。

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