第14話 遠のく天国

 戦闘が終わると後始末だ。

 壊れた施設は可能な限り修復し、敵味方の死傷者を回収する。 


 当たり前の話だが、死体は勝手に消えてなくなるものではないし、放置しては疫病も流行るだろう。危険な野生動物が集まるかもしれない。

 後始末は必要なことだった。


 余談だがこの世界、この時代に顕微鏡はない。しかし、リオンクール王国は瘴気しょうき説という考え方――すなわち死体や汚物を放置すると空気や水が汚染され、様々な疫病を引きおこすという考え方が主流である。

 瘴気説は300年以上も前にリオンクール建国王バリアン1世と東方聖天教会によって広く流布され、定着した。以来リオンクール国内は他地域と比べ良好な衛生管理がなされている。

 この建国王については様々なエピソードがあるが、それはまた別の話だ。ガストンに話を戻そう。


 ガストンもマルセルや同僚たちと堀を下り、動けなくなった敵兵を探していた。


「おうガストン、そっちはどうだ?」

「たぶん死んどる」

「ほうか、なら念のためにトドメを入れてやるだわ。息があったら気の毒だからの」


 ガストンはマルセルからの指示を聞き、不快げに口もとを歪めた。

 マルセルが言っているのは『慈悲の一撃』といい、もう助けようがない者に対するトドメのことだ。

 それは決して敗者へのいたぶり・・・・ではなく、苦しみを長引かせない心づかい――医療が未熟な世界で一種の救済処置であった。


(……互いに恨みのある相手ではないからの。呪うでねえぞ)


 それは先ほどガストンと目が合った若き敵兵だった。

 彼は脇の下からの出血でできた泥だまりの中で息絶えている。堀に転落したおりに逆茂木か乱杭で裂いたかのだろうか。


(お前は何で俺のつらを見て驚いたんだ? 見知った顔に似てたのか?)


 ガストンは敵兵の兜を掴んでムリヤリ上を向かせると、すでに青白くなっている首筋にナイフを突き刺した。血は吹き出さず、じわりと広がったのみだ。


(そうだ、マルセルが兜を欲しがっとったな。持っていかにゃ)


 兜の緒をほどき、つかみ取ると敵兵の首がガクリと上向き、またも目が合った。

 前回とは違い光のない目、青白い顔色、だらしなく開いた口。なまじ生前の姿を見ただけに死が生々しく感じられた。


「うっ、ゲボォ」


 ガストンはたまらず胃の中身を吐き出した。生理的な嫌悪感からか胃のあたりの収縮が止まらない。


(情けねえ、人を殺すのは初めてじゃねえんだ。これは俺の生業なりわいじゃ、そろそろ慣れにゃ、おっ母やジョスは養えんぞ)


 ガストンは自らを励まし、敵兵の死骸と向き合った。略奪をする覚悟を決めたのだ。


(む、こりゃ鎧じゃねえ? 荒縄か。荒縄を体に巻きつけて防具にするとは良い工夫だ)


 敵兵は兜こそ被っていたが鎧はない。荒縄をきつく巻きつけて防具の代わりにしていたようだ。


 雑兵とはこのようなものである。実際、ジョスも防具はまるでなく、普段着を重ね着し、頭には厚手の帽子を被ったのみなのだ。

 後はナイフや水筒なども取り上げるが、さすがに衣服には手をつけなかった。得物は失くしたのか見当たらない。


「マルセル、死体を堀から出す! 手伝ってくれ!」


 ガストンは相棒に声をかけ、兜を「ほれ」と押しつけた。

 先ほど助けられた借りがある。こうして返さなければ筋が通らない。


「おっ、ありがてえ。こいつは俺の兜より新しそうだからな。古いのはジョスにくれてやるわ」

「ほうか、そらすまんことだ。アイツから礼を言わせるからの」

「なあに、朋輩の弟は朋輩だわ」


 ガストンとマルセルは2人がかりで敵兵を堀から出し、遺体が固められている場所に並べて置いた。こうしておけば死者の縁者がこっそりと引き取ったり、遺髪を持ち帰ったりするのである。

 こうした後始末の時間は一種の休戦状態であり、双方ともに攻撃を加えることはまずない。


 戦闘の死者は少なく、遺体は4つ。負傷者は武器防具を取り上げられた後に解放される。

 騎士や従士は身代金のために捕虜になるが、兵士や雑兵などは捕虜にされることはあまりない。


 これはいわば横の国同士、ご近所同士の争いなのだ。領主や騎士などをはじめ庶民レベルでも血縁は入り組んでおり、物流も人も繋がっている。


 敵方の村を襲えば略奪や強姦くらいはあるものの、虐殺や誘拐などはまず起きない。

 敵対する2国間で断続的に300年近く(もちろん戦い続けたわけではなく、平和な時代もある)も戦ってきた地域の知恵ともいえるだろう。

 近隣で抜き差しならぬところまで対立しないよう不文律めいたところが多いのだ。


 もちろんこれは横の国だけのローカル・ルールも多く、他地域との戦いでは兵士も捕虜となれば身代金が要求されるし、払えなければ奴隷となる。さらに村落も占領されれば取り返しがつかなくなるほど荒廃するだろう。

 良くも悪しくも横の国では一種のスポーツのように戦争をする面があるのだ。


「おおっ、こりゃ凄いわ。マルセルさん、恩に着ます」

「ええよ、ええよ。お前の兄さんは俺の朋輩だものな」


 後始末の後、ガストンとマルセルはジョスや村の若い衆と集まっていた。

 マルセルから兜を贈られたジョスは大喜びである。


「俺からはコレをやる。体に巻きつけろ」


 ガストンが血で汚れた荒縄を取り出すとジョスは「うへ」と苦笑いをした。たしかに見ていて気持ちの良いものではない。


「こいつを腹にでもぐるぐる巻にするのかい?」

「そうでねえ、肩にこう……いや、巻いたるわ。こっちの端をもってろ」


 ガストンはジョスの両肩と腹が隠れるようにきつく巻きつけて両端を固く縛る。樵仕事で身につけたロープワークが思わぬところで役立った。


「動けば弛むだろ。固く縛るぞ」

「うん……こりゃ良い。体にピッチリ沿って心強いわ」


 防具とはそれ本来の防護性能もあるが『守られている』という心理的な効果も重要だ。その点、X字型に巻きつけた荒縄はジョスに安心感を与えたらしい。


「ほれ、お前たちにはコレをやるわ。ガストンもさっき分捕ぶんどったナイフをくれてやれ」


 マルセルはガストンを促し、自らも粗末な槍の穂先のような鉄片をを若い衆に手渡した。

 若い衆はやや困惑気味に「ありがとうございます」と頭を下げる。鉄器は高価なものではあるが、手に入らないほどでもない。ややマルセルの意図は伝わりにくい。


「ほれ、得物を貸してみい。この棒にな、こんな感じで縛りつける手もあるぞ」


 マルセルは若い衆らが持っていた細身の丸木に対し、鉄片を垂直に当てて見せた。それは片鎌槍やげきと呼ばれる形状に近いが、若い衆はもちろんガストンも知らない。


「こんな風に枝を出す形はな、上から振り回すと敵に引っかかりやすくなるだわ。まあ槍にしても良し。好きにせえ」

「へい、ありがとうございます」

「なんの、同じ村のよしみだわ。鉄クズなんぞは鍛冶屋に売っぱらってもええしの。見つけたら拾っとけ」


 この会話にガストンはいたく感じ入った。折れた槍でも剣の先っぽでも使い道はあるということだ。

 縄は防具になり、鉄片は武器になる。


(なるほどの、それなら何ぞ硬いものを板に貼りつけて盾としてもいいわな)


 この日以来、ガストンは何かとガラクタを集めたがる奇癖を持ってしまうが、これは仕方ない部分もある。

 何しろそこら辺のガラクタでも価値があると知ったのだ。集めなければ損だと思うのは貧乏人のさがか、それとも家長としての責任感だろうか。


「お前の兄いは凄えぞ、こう――敵を片端から叩き落としてな。敵の弓隊に狙われてもびくともしねえ。矢雨の中を豪胆に座り込んでな、俺に『まあ水でも飲めよ』と水筒を手渡したんだ」

「言い過ぎだわ。苦戦したとこをマルセルが助太刀してくれてな、やっとやっとのことよ」

「いやいや俺は心底たまげた。大した豪傑ぶりだわ」


 話好きのマルセルが身ぶり手ぶりで騒ぎ始めると、ジョスたちのみならず周囲の兵士たちも聞き耳を立てた。

 とかく話を大きくしたがるのでガストンが訂正するのだが、この手の話は派手であるほうが好まれる。いつの間にか他の兵士たちも会話に交じり、さらに話を膨らます。

 とうとうガストンは敵の矢石の飛び交う門前で仁王立ちし、大軍を迎え討ったことになってしまった。


 こんな幼稚なデタラメは嘘だと誰でも分かるが、あえて口にはしない。こうした話は士気を高め、緊張感を和らげる。なにより籠城中は退屈で、こうした与太話は重要な娯楽だった。


 マルセルのようなお調子者は勝っているときにはムードメーカーたりえるのだ。ある意味では得がたい人材である。


 そのうちにガストンは「まあ良かろう」とため息をつき、ジョスと共に会話の輪から離れた。

 ジョスは今日が初陣であったのだ。ガストンはそれなりに心配をし、弟の話が聞きたかったのである。


「ジョスよ、ケガなくて良かったわ。運づいてたのう」

「うん、ペルランさまと城内を守っとったけど、そっちは敵から狙われんかった。物足らんよ」


 どうやら、ジョスの初陣は危なげのないモノであったらしい。

 負け戦の中、敵に殴られ追い詰められながらクソまで洩らしたガストンの初陣とは比べものにならないだろう。


「兄いの初陣とはえらい違いだ。俺も槍で戦いたかったわ」

「やめとけ、今はお頭にしっかり鍛え上げてもらえ。それが間違いねえ」


 ガストンは弟に対して説教めいた苦言ばかり口にしてしまうが、それは家長として父親代わりを努めていたためであろう。たった3才の年齢差ではあるが18才と15才の差は大きい。


 さらにガストンは戦での場数を踏んだことで急激に大人びてきた。

 戦場は人を老けさせる。互いに大人と子供のように感じていても不思議ではない。


「俺も戦で手柄たててよ、兄いやマルセルさんみてえに――」

「やめとけ、やめとけ、一息にやらんでええ。徐々に慣れろ」


 ガストンが大きくため息をつき、ジョスは口をへの字に曲げて不満を示した。子供扱いされたと感じているのだ。


「人を殺してな、首を裂いて兜を分捕ると頭がおかしくなりそうだわ」


 ガストンは「天国にゃ行けんぞ」と再びため息をついた。

 良くも悪しくも素朴な信仰心の持ち主なのだ。

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