第13話 敵襲
次の朝、ガストンは鐘の音で目が覚める。
兵舎から飛び出すと外はまだ暗く、敵勢が薄暗がりの中を寄せてくるのが見てとれた。
「ガストンか、敵の朝駆けだ。我らは馬出しを守る。先に向かえ」
「へいっ、
ガストンはペルランに指示をされ、組の同僚に着いて走る。まだ朝駆けや馬出しなどの意味は理解していないが、こうしておけば大きく外れないことをガストンは学んでいた。
「おう、ガストン。隣同士か」
「マルセルか、寝てるとこを叩き起こされたわ」
狭い馬出しにひしめく味方の中で声をかけてきたのはマルセルだ。
この同郷のベテラン兵士は損得抜きでガストンを助けてくれる良き先達である。今日は槍を使うようだ。
「たまらんのう、俺は夜の見張りから続けての戦じゃ。言葉合戦もなしとは、お前さんに身内の騎士を殺られてカンカンの様子だな」
マルセルはニヤニヤと笑うが、ガストンからすれば自分だけで騎士を討ち取ったとは思っていない。馬を止めたのはペルランの指揮であったし、トドメを刺したのは同僚だった。
「ほーん、身内が殺られりゃ怒るわな……それより言葉合戦とはあれだな、悪口を言う口ゲンカか」
「おう、お前さんも村のケンカじゃ口から入るだろ? あれよ」
古来、合戦の前には互いの大将が前に立ち、自らの正当性を主張し敵の非を鳴らす言葉合戦がなされていた。薄れつつある『古き良き伝統』である。
省略した場合は不意打ちと見なされ、上位者の裁定があった場合の心象は良くない。
「マルセルやい、俺は城に籠るのは初めてでのう……お頭に言われて来たが何したら良いんだ? もたついたら殴られちまう、早う指南してくれ」
「2つ門があるじゃろ。あっちはドロン勢が守るから俺たちはこっちの門を守りゃいいだわ。寄せてきた敵に石打ち(投石)なり槍で突くなりするくらいかの?」
「心得た。敵が近づくまでは石でも投げとくとするわ」
「おうおう、頭は下げとけよ。敵も矢や石つぶてを放り込んでくるでな」
ガストンらが配置された馬出しとは、簡単に言えば門前に構えられた小さな
周囲を囲う木柵と堀、左右に2対の門を備えており、切岸で高さを出している様子は他の防壁と変らない。
(石とはあれか、なるほど……石にも大小あるが、大きいのは登ってきた敵に落とせば良いか)
馬出しの内部には所々に石が積まれており、ガストンはその近くの木柵に身を寄せた。
外にはすでに雑兵と思わしき軽装の兵士がまとまってチョロついており、今にも攻めかからんと気勢を上げている。
(あいつら堀を越えるつもりかの? 気の毒なことじゃ)
自ら空堀を越えたガストンからすれば眼下の雑兵どもがあわれですらある。あの時のペルランは槍の石突で加減をしてくれたが、雑兵たちには槍の穂が突き立てられるわけだ。
ほどなくして盾を並べた敵勢が「オウ! オウ! オウ!」と武者押しの声を上げながら正面から押し出してきた。それに合わせて雑兵も堀に踏み込んでくる。
櫓からは矢が放たれ、柵の内側からは石が降りそそぐ。投石紐やスプーンを大型化したような投石棒を用いた投石は唸りを上げて敵の盾に衝突し不快な音を鳴らした。
応じて敵からの矢石が馬出しの中にもパラパラと落ちてくる。狙いをつけない盲射だが、運が悪ければ当たるかもしれない。
「ほれ、来たぞ! 石落とせ、槍で突け!」
「声だせえっ!! 声で押せえっ!!」
あまり馴染みのない従士たちが馬出しの指揮をとる。男爵の供として修道院跡に入ったのだろう。
ガストンはペルランの組ではあるが、わりと指揮系統は適当なのだ。
「コラァッ!! 登ってくんな! 槍で突くぞっ!!」
ガストンは登ってくる敵兵を威嚇し、大きめの石を落とす。しかし、いびつな石は思わぬ跳ね転がり方をして狙いが定まらない。
敵兵は乱杭や逆茂木を避けながら切岸の急斜面に差し掛かる。いよいよかとガストンは槍を構えて柵から身を乗り出した。
(むむ? この位置では股ぐらが狙えんわ)
上からのぞき込むと、下から来る敵兵と目が合った。
まだ若い男だ。表情から恐怖が色濃く見て取れる。
「このっ、コイツ! こっち見るんじゃねえっ!」
初めて、自らが殺す相手と目が合った。しかもそれが自らと年も変わらぬ若者だったことにガストンは深く動揺し、狙いもつけずに槍を繰り出した。
しかし、その槍先は敵兵の兜を滑り、逆に槍の柄を掴まれてしまう。
「んがっ!? この野郎めが! 離さんか!!」
ガストンはメチャクチャに槍を振り回そうとするが、敵兵は抱え込むようにして槍にしがみついた。
こうなればもう引っ張り合いだ。
ガストンも必死なら敵兵も必死、下から引っ張るだけ敵兵の方が有利な形だろう。
(いかん、他の敵が来ちまう。槍を手放すか……?)
ガストンが諦めかけた瞬間、敵兵の二の腕を横からの槍が貫いた。
マルセルだ。ガストンの苦戦を見て思わず助太刀したのだろう。
槍を受けた敵兵は斜面から転げ落ち、動かなくなった。足の骨でも折ったのかもしれない。
ガストンは小さく「光を」と敵兵に祈りを捧げた。
「……恩に着るぞ、マルセル」
「へっへ、アイツの兜は俺がもらうぞ。ほれ、敵だ。ぶん殴れ」
マルセルは槍でピシャリピシャリと敵兵を叩く。敵兵はたまらず「やめろ」「畜生め」などと悪態をつきながらズルズルと下に後退する。
(あれでええんか……いやそうか、登らせなきゃええだわ)
ガストンも真似してゴツンと敵兵の頭を叩く。
鎧兜という物は上半身をしっかりと固めてあるものだ。雑兵の兜とはいえ下手に突いては防がれてしまう。兜の上からは突くのでなく、叩くべきである。
いくら兜で守っても槍で殴られれば目から火花が散り、頭はくらくら、首や背骨は痺れたようになり動けなくなる。これはガストンが自分で体験したことだった。
大男のガストンが2〜3発も頭や首を殴れば敵兵は動かなくなり、コロリコロリと下に落ちていく。
それを見たマルセルが「こりゃ凄えもんだ」と呆れた声を出した。
「やりよる、やりよる! ほれ続けや、声を出せえ!!」
ガストンの戦いぶりを見て近くの従士が
大したことでなくとも大げさに歓声を上げることで味方を元気づけ、敵には『士気が高いぞ』と思わせる手である。
「ガストン、ガストン、頭を下げろ。矢が増えてきた、狙われとるぞ」
「心得た、頭を下げるわ」
気づけば柵に矢が幾本か突き立っていた。どうやら敵の弓兵がガストンたちを狙っているらしい。
最前列の馬出しで大男が暴れていれば目だつものなのだ。当たらなかったのは運が良かっただけだろう。
「矢が集まるってことは敵も登らんってことだわな。一息入れようや」
「ほらほうだの、味方を射たらたまらんからな。ここはもう登らんか」
マルセルは「よっこらせ」と柵に隠れて腰を下ろした。
戦場とはいえ、修羅場ばかりではない。こうしてのんびりとしたシーンもあるものだ。
「お前は大したもんだのう、その大力は生まれつきか?」
「
「ほうかね、しかし敵は数が多いのう。とても100人とは見えんぞ」
「やはりそうかね。水飲むか?」
ガストンがマルセルに水筒用の革袋を手渡すころ、ワアーッと鬨の声が上がった。
どうやら敵が退き始めたようだ。
次いで門が開かれ、男爵が打って出る。籠城戦とは守るだけでなく、こうした出撃も時に行うものだ。
「勝ったかね?」
「まあ、今日のところはな。敵が諦めるまで毎日続くぞ」
「それはキツいのう」
「ま、明日からもなるべく組んでやろうや。お前さんと2人なら上手くやれそうだわ」
「そら助かるわ。俺は戦働きに慣れとらんでな」
そうこうしているうちに男爵たちが勝鬨を作りながら帰還してきたようだ。
どうやら深追いせず、敵勢を門前から追い払ったことに満足したらしい。
「マルセルよ、ちと訊ねたいことがあるのだが」
「何だね? 勝鬨に混じらにゃ叱られるぞ」
「うん、
「そら、お前……朝駆けって、今のだわ」
「そうか、今のが
ぼんやりとした会話をしながら2人は勝鬨に加わる。
余談だが、ガストンが朝駆けの意味を知るのはしばらく後になったようだ。
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