第12話 新たな追放者

 修道院跡に帰還したガストンらを迎えたのは歓呼の声だった。

 どうやらリュイソー男爵が率いる援軍が入ったのだろう。雑兵の多さが目立つが30人はいる。

 ガストンら7人は従士を先頭にして男爵の前でひざまずいた。


「敵の騎士を討ち取ったか、でかしたぞ!」


 男爵は大きな声でねぎらい、周囲の兵は再び歓声を上げる。

 この戦における初の戦果を利用し、守兵の戦意を高めているのだ。

 ちなみにドロン男爵の兵も、それを率いる騎士もいるが、身分のある男爵に遠慮をしてやや後方に控えている。


「はい、討ち取ったのはペルランの組、1番に槍をつけたのはガストンでございます」


 男爵のねぎらいに弓を率いたマルセルの頭が応えた。

 こうした武功の証言は名誉ある行いとされ、逆に不公正な偽証は不名誉を通り越して卑劣とされる(どうしても証言したくない場合は『知らない』『見ていない』と答えるのが作法)。

 いきなり名前を出されたガストンは驚いたが悪い気はしない。


「そらすげえ、騎士を殺ったのか」

「あれは新入りだろう?」

「さすが兄いだ」

「大男だな、かなりやりそうだ」

「運が太いんだろ。あやかりてえや」


 周囲の驚きの声に混じり聞き慣れた声が聞こえた気がした。ついふり返ると――留守を任せたジョスがいた。

 思わずガストンの口から「は?」と声が漏れ、慌てて頭を下げる。


(おっ母の世話を放り出して何しとるんじゃ、あの阿呆あほうめ!!)


 ガストンはすぐに怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、さすがに殿さまの御前ではムリだ。

 怒りをぐっと飲み込み神妙に頭を下げ続けた。

 男爵と騎士カルメルは「この紋章はナントカ家の――」だのと言っているがハッキリ言ってガストンには全く分からない名前だ。


「騎士を討ち取ったペルランの隊には褒美を出そう。だが、それは勝利の後だ。負け戦では名誉も失われるだろう」


 指をゆっくりと立て、男爵は「見よ」と川の向こう岸を示した。

 ガストンもつられて視線を向けたが何もない。


「敵の挙兵はすでにビゼー伯爵にも伝わっている、今まさに大軍が集結しているだろう。伯爵が到着するまで耐えれば我らの勝利だ!」


 男爵は「勝て、勝利はそこだ!」と強い言葉を吐き、兵を鼓舞する。

 兵士たちも応えて鬨の声を作るが、ガストンは内心で白けていた。周囲に合わせて「ワアワア」と声を出しているが、下唇を突き出したね顔である。


(なあんだ、ゴチャゴチャ言っとるが要はおあずけ・・・・だわ。聞いておったがしわい(ケチのこと)殿さまじゃな)


 これはリュイソー男爵が特別ケチと言うわけではない。

 男爵とて勝てば主君である伯爵から褒美もあれば戦利品もあるだろうが、負ければ持ち出しばかりで家来の世話どころではない。

 下っ端のガストンには分からないが、貴族は貴族で大変なのだ。


(それにしてもジョスは許せねえ。二人しかおらん息子が両方戦に出るなんて親不孝がようできたもんだ)


 ガストンに男爵の鼓舞が響かなかったのは、ジョスのせいで心が乱されたのも大きかっただろうが生来の拗ね癖だろう。

 こうして皆が盛り上がると気持ちが冷めてしまう気質の者はいるものだ。


 ほどなくして男爵の演説が終わり、なんとなく場は解散となった。意外とこうしたことの締めは適当なのである。

 ガストンがジョスの方を見ると、へらへらとした顔つきで斧を担いでいる姿が目に入った。


(大切な仕事道具まで持ちだしたんか!? もう勘弁できねえっ!!)


 ガストンは自分の頭に血がのぼるのを感じた。

 こうなればもう止まらない。


「こらあっ! 何しとるか!!」


 組の仲間や顔見知りがガストンに声をかけるが耳にも入らない。

 ガストンはいきなりジョスを怒鳴りつけ、顔面を思い切り張り倒した。

 殊勲者として目だった直後だけに「なんだケンカか」「さっきのヤツだ」などと聞こえてくるが構ってはいられない。


「おっ母の世話を放り出して何しとるんじゃ! 愚か者が!!」


 いきなりの打撃に尻餅をついたジョスの髪を掴んでムリヤリに立たせ、逆の頬を張り倒す。

 小柄なジョスとて若さからくる線の細さはあれど一人前の男だ。それをこうまで子供扱いするガストンは怪力と言っても過言ではない。

 周囲の野次馬から「ヒャー」と驚き混じりのはやし声が聞こえた。


「……兄い、堪忍してくれ、俺はただ――」

「やかましいっ! 仕事道具の斧まで持ち出して、おっ母を捨て村から出てきたか!! バチ当たりめが!!」


 倒れ込んだジョスを蹴り飛ばすと「ちょっと待ってくれ!」「違うんだガストンさん」と左右から押さえつけられた。

 見ればガストンに懐いていた村の若い衆だ。


「違う、違うんだ、ジョスは自分から村を出てきたんじゃねえ。乙名衆が名指しで俺たちを戦に出したんだ」

「斧だってガストンさんのおっ母さんが『村に残したら盗まれる』って持たせてやったんだよ!」


 若い衆らも怒り狂う大男を止めるともなれば必死だ。

 ガストンは怒りで息を荒くしながら「なんだと?」と彼らに凄む。怒りの矛先が向いてはたまらない若い衆らは「違う違う」と繰り返した。


「何が違う? 言ってみい」

「乙名がムリヤリ決めたんだガストンさんらのおっ母さんは教会の手伝いをすれば食い扶持を世話してやるからって」

「何を……ひょっとしてポールのヤツか?」

「いんや、まるで逆だわ。ポールさんは『息子を2人とも戦に出したら気の毒だ』って止めようとしたんだ」

「む、む、そりゃどういうこった? どんな理屈だよ」


 ガストンらの問に若い衆らは口をへの字に曲げ「厄介払いだわ」と呟く。

 ここでガストンは気がついた、沢の村から来た雑兵に乙名はいない。


「そこまで俺は村で嫌われたか。すまねえな、巻き込んだみたいだわ」

「違う違う、口減らしだわ」

「兵士にしてもらえるように助祭さまは手紙まで書いてくれたんだ」


 今回、沢の村から来たのは小作人が3人だけ。しかも全員が帰ってこないように助祭の手紙つきで兵士への推薦だという。

 ガストンという異物を排除した村人らが、さらにその残り香を嫌ったのだろうか……その真相は分からないが、兵士になれなければこの若者らは盗賊や乞食などアウトローになるか、野垂れ死ぬか、それ以外の未来はまずない。


(厄介払い、かよ。俺たちゃ村から捨てられたんか)


 財産をもたない小作人が身を護るすべは地縁血縁ぐらいしかない。事実、ガストンはマルセルと同郷という地縁だけで朋輩となり、助け合っていた。

 その助け合いのコミュニティから切り離された衝撃たるや、令和の日本人には想像もできないだろう。


「……兄い、すまねえ。でも俺は嬉しい。兄いは兵士になっても男を上げとった」

「バカ言うな。お前、そら……あれよ、必死だわ。お前のようなやわ・・ではいくら命があっても足らんぞ。戦があったら隠れとれ」


 ガストンはジョスを助け起こし「すまん」と軽く謝罪をした。

 今回のことでジョスに非はない。ガストンの早合点である。


「うんにゃ、兄いの言いつけを守れんかったのは本当だわ。すまんのは俺だ」

「しかし困ったのう、俺たちの手当を足してもおっ母を養うのは難しかろう……少しでも働いて銭を稼がねばの」


 兵士の手当は少ない。この場合の『稼ぎ』とは倒した敵や敵勢力の村落からの略奪となる。

 ある程度の規模がある軍ならば酒保商人に略奪品を売ることになるが、リュイソー男爵くらいの少勢力なら仲間同士で融通したり、主君に買い上げてもらうくらいだろうか。いずれにせよ売値は二束三文になるだろう。


「ふむ、聞いたぞ」


 騒ぎが治まったため野次馬は散っていったが、様子を見ていたペルランが入れ替わるように話しかけてきた。


「ちょうど良い、左腕とあばらが折れたところだ。この百姓どもを折れた骨の代わりに使ってやる。この戦で死なねば一人前の兵士になれるように鍛えてやろう」


 ペルランは左手と脇腹を骨折をしたらしい。

しかし、不思議なことにその立ち振る舞いには全く変化が見えない。馬に弾き飛ばされたシーンを見ていなければガストンも信じられないだろう。

 世の中にはごくまれに異様に痛みに鈍い人がいるものだが、ペルランもそうした手合いなのかもしれない。


「ガストン、適当な木を選んで先を尖らせてやれ。コイツらの得物にする」

「へいっ、槍の長さにしやす」


 ガストンはほくそ笑みながら切り出した木材を選ぶ。

 これからペルランは新入りをしごくことに専念するだろう。そうなればガストンはラクになる。


 少し後の話になるのだが、新入りたちとマルセルと会わせてみたところ全員が顔を知らなかった。

 まあ、ガストンでも知らないのだ。さらに年下のジョスたちが知らなくともおかしくはないが、マルセルは今後『本当は違う村の出なのでは?』とからかわれ続けるハメになった。


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