第11話 槍働き
修道院跡に籠もり数日、まだ情勢に変化はない。
リュイソー男爵の兵もドロン男爵の兵も互いに交流し、砦内はやや弛緩した雰囲気だ。
だが、新入りのガストンはペルランに粘着され、ひたすら工事と鍛錬の日々だった。
「まだまだ硬い、槍はこうだ! しごき入れて突けいっ!! 覚えたかっ!?」
「……げへっ! がは……へ、へい、身に沁みました」
今もガストンはペルランの槍に喉を突かれ、息も絶え絶えである。
ペルランの稽古はシンプル。はじめに技をかけられ、体で覚えたらひたすら反復練習のみだ。
(お頭は俺が気にくわんのかのう? 敵より先にお頭に殺されちまいそうだ)
いつまでも倒れていては殴られる。
ガストンが槍を杖にしながら立ち上がり構えを取ると、ペルランは実に嬉しそうに口角を上げた。
「しごき入れた槍は早いが軽い。鎧武者の股ぐらを狙え!」
言うが早いかペルランが繰り出した槍はピタリとガストンの股間の前で静止する。
鞘が着いているとはいえ、ペルランの槍は木の葉のような形の刃がついた立派なものだ。そのまま突かれてはガストンの逸物は無惨なことになっただろう。
ガストンの汗は一気に冷たいものとなり、ブルリと体がふるえた。
「股ぐらの鎧は薄い。どれほどの猛者でも股間に一撃を喰らえば昏倒する。穂先で内腿を削れば血が止まらなくなる。鎧武者の弱点だ」
「へいっ、股ぐらに槍をしごき入れます」
ガストンが低めの位置を狙って槍を突く稽古に移ると、見張り櫓の鐘がガーンと大きく響いた。この砦が修道院だった名残の鐘だ。
続けてガーン、ガーン、ガーンと連打される。
「それまで。お前は広場で皆と待機しておれ」
それだけを言い残し、ペルランはかつて修道院だった石造りの建物に向かう。この修道院跡の主塔だ。
「おうガストン、また槍を稽古してたんか? 熱心だのう」
「うん、ま、ありがてえこったわ。敵の金玉に槍を突き刺す稽古をな」
「がはは、そりゃいいや。
気さくに話しかけてくるのは例によってマルセルである。
ガストンは正直なところペルランが苦手だが(ペルランを好む部下がいるかは別の話だ)、冗談交じりにせよマルセルが『間違いではない』と請け負ってくれたことで気が楽になったように感じた。
「マルセルよ、さっきの合図は何だか分かるか?」
「そら敵だわ。味方なら警戒の鐘は鳴らさねえ」
「そらそうだ。敵か」
ぼんやりと会話をすることしばし、主塔から騎士カルメルが2人の従士を引き連れ現れた。もちろん従士はペルランとマルセルの頭である。
「我が主が援軍を率いてこちらに向かっておる」
騎士カルメルの言葉は意外なもので、ガストンとマルセルは思わず顔を見合わせた。
だが、よくよく話を聞けば敵も来ているのは確かのようだ。数は100人ほどらしい。
「このままいけば援軍と敵がはち合わせになるやもしれん。敵にひと当てして足を鈍らせよ」
騎士カルメルはここで言葉を切り、従士たちに「任せたぞ」と声をかけた。戦は得意ではないのかもしれない。
従士たちはテキパキと指示を出し、部隊を編成した。ガストンたちの組はペルランも入れて槍が4人、マルセルたちは弓が3人のようだ。
「マルセル、弓が使えるのか?」
「弓は苦手だがの、槍のほうが苦手だわ」
この軽口で周囲がドッと笑った。
実戦の前だというのにマルセルは実に落ち着いている。
下っ端兵士とはいえ、専業で5年も戦働きをしてきた男だ。その肝っ玉にガストンは
(比べて俺は何だか息苦しいわ、胸のあたりがムズと落ち着かねえ)
ガストンの鼓動は心臓が飛び出しそうなほど早くなり、急に尿意をもよおした。背中のあたりもゾクゾクとして居心地の悪さを感じる。
兵士として初の実戦に行くことを思えば無理からぬことだ。
「いいか、弓組は静かに寄って矢を2本ばかり射かけたらすぐ逃げろ。追手は待ち伏せした槍組で食い止める。ケガするな、ケガをしても助けることはできんぞ」
相変わらずマルセルのところの頭は面倒見が良く、指示も細やかだ。
一方でペルランは酷い。
「行けと命じたら行け。退けと命じたら退け。背けば殺す」
この調子である。
たちが悪いのは、気に食わなければ本当に刺してくるだろうと思えるところだ。
(……お頭に殺されるのだけは御免だわ)
ガストンはペルランからの指示は聞き逃すまいと心に誓う。すると胃のあたりがギュッと掴まれたような不快感に襲われた。
「ようし、出発だ。こちらは小勢、見つからぬように森を進む。はぐれるなよ」
マルセルの頭が出発を命じ、そのまま出撃となった。
弓が先行し、槍が追う隊列だ。
横の国は森が多いが、ここはさほどの深さはない。時おり弓隊が木に登り、位置を確認している。
2人の頭が相談しながら進む様子から、思いのほか敵勢の近くまで来ているようだった。
(しかし、お頭が強えのは分かるが……100人の敵勢はちとムリでねえか?)
このガストンの内心の声が聞こえたわけではなかろうが、ペルランが足を止め振り向いた。
少しどきりとしたが、特に怒っている様子ではない。
「槍はここで伏せるぞ。弓が引き連れてくる敵を待ち伏せにする」
言うが早いかペルランは小籔に身をかがめる。兵士たちも心得たもので、木の根元や草むらに身を隠す。
ガストンも続いて藪に潜り込んだが、ペルランに「槍を寝かせよ」と注意されてしまった。
「いいか、兵士の戦に卑怯はない。複数で囲むも良し、口汚く
珍しくペルランがガストンを励ますと、兵士たちが声を殺しながら笑った。
どうやらガストンは村で人でも殺したのだろうと思われているらしい。
(なるほどなぁ、お頭は気狂い犬を躾けるように俺に厳しくしたのかのう)
犬は上手く仕込めば牧羊にも狩猟にも門番にも使える益獣であるが、初めに躾をしくじると手がつけられなくなるものだ。
ガストンは『なるほど、下っ端の兵は犬か』と妙に納得した。
「来たぞ」
ほどなくして前方が騒がしくなる。弓隊が退いてきたのだ。
「すまん、騎士だっ! 凄いヤツだ!」
弓隊の頭が短く告げて逃げていく。この一言にペルランが「手強いな」と色めきだった。
ガストンはピンと来ていないが、整地していない森の中を騎馬で追跡するとはかなりの達者だ。それに歩兵のみで疾走する騎士に対抗するのは難しい。
「陣を組む、ガストンは隣の真似をしろ。穂先を揃え、石突をしっかと地につけろ」
ペルランの指揮でガストンらは横一列になり片膝をついた。これは
するとすぐに森の奥から大きな気配が向かってくるのを感じた――騎士だ。
遠目からでもハッキリと見える緑色の袖なしコート。全身を鎖帷子で固め、槍と盾を構えた立派な姿だ。顔を仮面のような防具で隠し、金属で覆われ人間離れした見た目をしている。対峙すると圧力が凄い。
「逃げると死ぬぞ、腰を落とせ、穂先は馬の胸を狙え、構えろーっ!!」
突然現れた槍衾に騎士は驚き対応が遅れ、そのまま両者は激突した。
複数の槍が大きくしなり、そのままへし折れる。
ガシャーンと凄まじい物音が鳴り響き、傷ついた軍馬が勢いそのままに隊列に突っ込む。ガストンとは逆側、ペルランが巻き込まれたようだ。
「ああっ、お頭あっ!?」
「構うなっ!! 騎士を仕留めろっ!!」
軍馬に弾き飛ばされうずくまるペルランだが無事のようだ。彼が示す先には騎士がいる。
馬から投げ出された騎士は地面に叩きつけられたらしく、四つん這いになっていた。
ガストンは無事だった槍を構えなおし、動けずにいる騎士を殴りつけた。
「ええいりゃぁぁぁっ!!」
ガストンの口から獣のような声が出る。何度も何度も槍で殴りつけ、ついに地に伏した騎士の股ぐらに槍を突き入れた。
下っ端兵士の槍は先端に荒釘とも
だが、ガストンが繰り出した槍は意外なほど貫通力を発揮し、ツルリと騎士の太股に吸い込まれた。
仮面の中から「ギャアーッ」と悲鳴が響き渡る。続けて衝撃から立ち直った仲間の兵が騎士に馬乗りとなり、ナイフを兜の隙間に突っ込んだ。
これがトドメとなったのか、騎士はピクリとも動かなくなった。
「後続がくるぞ、急いでコートを剥げ、盾を拾えっ! 鎧兜は諦めろ!」
立ち上がったペルランが指示を出し、仲間の兵士らは急いで騎士の身ぐるみを剥ぐ。
ガストンは知らなかったが、こうして騎士のコートや盾を奪うことは手柄の証明になるのだ。
騎士や従士のような戦士は所属を示すコートを着用している。また、騎士ともなれば紋章入りの盾があり、さらに身分が高ければ自らを示す旗を持つ。こうしたものを略奪することは強敵を打ち破った証拠となるのだ。
手柄の証明としては仲間の証言もあるが、これは証拠よりは1段低い扱いを受ける。
「一騎駆けとは見上げた勇気だが仇となったな……さっさと逃げるぞ!」
ペルランは左腕を抱えるようにしながら駆け出した。やや足どりがおかしいのは負傷のためだろうか。
続く兵士らは皆が満面のえびす顔だ。騎士を討ち取るなど大手柄の類いなのである。
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