第8話 見習い兵士

 丘の麓にある城下町と呼ぶには小さすぎる集落を通過し、ガストンたちは城に入った。


 城門は観音開きの木造で、金属で補強してあるようだ。

 マルセルたちが門兵に声をかけて城内に入ると、大きな広場と兵舎、馬屋、鍛冶場などが確認できた。大きな建物は見張り塔と城主の居館を兼ねた主塔だろう。


 これは集落と城域を独立した曲輪くるわとする『小山と外壁モットアンドベイリー』と呼ばれる築城形式だ。

 良く言えば伝統的な、悪く言えば古くさい典型的な小豪族の城である。


「それじゃあな、また声をかけてくれや」

「同郷のよしみだ、これからは朋輩づき合いしようじゃねえか」


 マルセルらは主塔で手紙を渡すところまで面倒を見てくれたが、何やら仕事があるらしい。ガストンに馴れ馴れしく言葉をかけて離れていった。

 ガストンは「そこで控えているように」と言われたまま、主塔の外で両膝をつき、ぼんやりと待機をするのみだ。


(ふうむ、城の中とは騒がしいものだのう)


 じっとしていると鍛冶場の音、兵の訓練の声、馬のいななきが絶え間なく聞こえる。

 村の外れで斧を振るっていたガストンにはこれだけで賑やかに感じるのだ。


 待つことしばし、ガチャガチャとした足音が複数近づいてくるのを感じる。

 30代半ばほどのヒゲを蓄えた貴族、リュイソー男爵だ。続けて現れたのは見知った顔――恐らくは盗賊退治で見た騎士だろう。

 親族だろうか、並ぶとよく似た雰囲気を感じる。


「助祭からの手紙を読んだぞ。身元もハッキリしておるし、問題はあるまい」


 男爵の言葉にガストンは「へへーっ」と頭を下げる。

 鎧を着込んでいるので首から上だけが下を向いた形だ。


「知っておろうが……横の国は戦が絶えず、兵は傷つき、儂は戦ばかりの戦貧乏よ」


 これは本当だろう。

 ガストンのごとき身分で毎年戦に出る……そうなれば戦が本職の騎士や兵士は何度戦っているか想像もつかない。

 その都度、集めた雑兵や兵士の食事を保証する男爵からすれば頭が痛い問題だろう。


 しかし、戦はガストンのような身分の軽輩からすれば望むところなのだ。戦は危険がともなうものの手柄や略奪の好機でもある。

 命がけの投機ではあるが、一発当てれば大きい――それは身分不相応なガストンの鎧を見れば明白であった。


「へへーっ、俺は村に帰れぬ事情もあります。ぜひ使ってほしいと思うとります」

「なんだ? 村で悪さでもしたか?」


 男爵は少し呆れた様子だが、隣の騎士は「そのくらいでちょうどよいかと」と薄く笑う。

 兵士にはすねに傷ある者も多い。問題にもならぬ様子にガストンは少しホッとした。


「アロイス、後は任せた」

「承知しました。ペルランの組に入れましょう」


 ガストンの仕官はこれだけで決まった。

 実にあっけないが、兵士ていどの軽輩ならこんなものだ。


「よし、これより従士ナゼール・ペルランの下で指図さしずを受けろ。どこかで訓練でもしているはずだ」


 この騎士、名をアロイス・カルメルと言い、代々男爵に仕える従騎士で血縁もある。いわゆる家宰だろう。

 貴族家の中枢たる当主と家宰は下っ端のガストンには縁遠い存在である。やりとりはこれだけであった。


(はて、ペルランとは聞いたような名だな)


 1人でペルランなる従士を探したガストンだが、広くもないリュイソー城のこと、すぐに目当ての従士は見つかった。


「俺はガストンです。殿さまからペルランさんを頼れと言いつかりまして……」

「ほう、どこかで見た面と思えば盗賊退治での生意気な百姓か」


 見れば盗賊退治でガストンたちに指図をした従士だ。

 改めて姿を見たが、兜を身につけていない素顔は思いの外老けている。50才とはいわぬまでも40代の半ばは越していそうだ。

 小さな傷跡が多い顔に白いものが混じったアゴヒゲ、ギロリとガストンを睨むどんぐり眼がいかにも歴戦の武者だと感じさせた。

 背丈もガストンに及ばぬまでもしっかりとした体つきだ。


 ペルランは「レスリングの稽古を続けろ」と数人の兵士に声をかけてガストンと向き合った。


「ふん、戦も間近い。本来なら間諜を疑うタイミングだがな。知った顔ゆえに男爵も許したのだろう」

「へへえっ、村を出る事情がありまして」

「ふんっ、本来なら人を送って調べてやるところだ」


 ぺっ、と地にツバを吐き、ペルランは「剣を振れ」とガストンに命じた。あまりに唐突な言葉にガストンはやや面食らう。


「あっ、剣ですかい?」


 ガストンが反問するやペルランの拳が唸り、アゴを殴られたガストンは尻もちをついた。

 油断しきっていたために腰が抜け、ヒザが笑い立ち上がれない。脳震盪だ。


「つべこべ抜かすなッ!! 言われた通りにしろド百姓めが!!」


 容赦のない罵声を浴びながら『もっともだ』とガストンは納得した。自分だってジョスが樵仕事で考えなしに聞き返したら殴るだろう。

 見習いは殴られて仕事を覚えるのだ。


 やっと立ち上がったガストンは無言で背中の剣を抜き、力任せに2度3度と剣を振るう。


「もういい、やめろ」

「へい」

「図体ばかりデカいが打物(武器)は素人だな。その太い腕はどう鍛えた? レスリングか?」

きこりをやっとりました」

「よし、ならば槍だ。素人の剣はものの足しにはならん。貸し具足がある、槍を蔵から借りてこい」


 ガストンは「へいっ」と走り出す。蔵の場所は知らないが、すぐに走り出すことが肝要なのだ。


 こうして、ガストンの武家奉公は始まった。

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