第7話 新たな人生
家に帰り、ガストンは母と弟に城へ向かう旨を伝えた。
無論、ポールの件は伏せてある。
ジョスが村長の息子におかしな遺恨を持っては生きづらくなるだけだ。
珍しくガストンにしては――いや、村から追い出されるガストンだからこそ弟には穏やかな人生を送ってほしく、気を回したのだろう。
「殿さまから助祭さまに『俺を城へ寄越すように』と言われたんだとよ」
「そら名誉だけど……随分と急だね」
「うむ、俺もよう知らんが戦上手の殿さまじゃからな。
ガストンは鎧を着込み、手製の鞘を作った剣を背負った。
鞘はボロ布で包んで樹脂で塗り固め、荒縄でぐるぐる巻きにしただけのものだ。簡素を通り越して野性的ですらある。
「おっ母に良くせえ。まじめに
「うん、分かった。兄いも体に気をつけてくれよ」
「生意気言うでねえ、お前は口が軽いから気いつけろ」
村から出て、兵士になる。
これはガストンらの感覚から言えば今生の別れに近い。
母は涙をこぼし、兄弟はなるべく暗くならないように互いに気を使った。仲の良い家族ではあったと思う。
「ほんじゃま、行ってくるわ。見送らんでええ、また帰るからのう」
ガストンは手にした兜を軽く振って家を出た。
兜には盗賊から食らった手痛い一撃の跡が刻まれている。わずか一ヶ月前のことなのに10年も昔のようだとガストンは思った。
(ふうむ、筋としちゃ村長に挨拶くらいはせねばならんが……戦支度で乗り込んだらポールさんがひっくり返っちまうな)
ガストンは苦笑しながら村の門へと向かう。大げさな挨拶はしないほうがいいだろう。
少し歩くと、目ざとい村人が何ごとかと集まってきたが無理もない。大男のガストンが武装しているのだ。
荒事だと勘違いして殻竿や鍬を担いできた若い衆の姿もある。
「皆の衆、世話になったな! 俺はリュイソーの殿さまに奉公するだわ! 達者でくらせやぁーっ!!」
ガストンが吠えるように告げると、村人からは「オオッ」とどよめきのような声が上がる。
若い衆からは「俺も連れて行ってくれ」といった声も聞こえたが、これには応えず、ガストンは村の門扉の外で一度だけ振り返った。
(おや? ポールさんもおるとは)
思いもよらず大勢に見送られる形になったが、ガストンはその中に意外な顔を見つけた。
ポールだ。彼はガストンと目が合うと気まずげに視線を落としてしまった。
(ふうむ? 俺を恨みに思っとるのではないのか……まあいいわ。もう俺とは関わりのない話よ)
ガストンは「気にすんな!」と大声を張り上げたが、言葉の意味を理解した者はいないだろう。
きびすを返し、ガストンは歩き始める。不思議なことに、この日よりフロランの悪夢に悩まされることは1度たりともなかった。
●
「道はこれで良いはずだが……存外遠いものだな」
横の国は大きなクード川を挟み東西に広がっているため自然豊かで木々が多い。
歩き続けの旅は退屈なものである。数時間ほど歩いたガストンは似たような森が続く道にウンザリとし始めていた。
「まあ、考えてみれば今の俺は気楽なもんだ」
「養わねばならぬ家族もおらず、これからは敵をやっつければ褒められるのだからな」
「これはエラいことだわ。村で人を殴れば教会の木に縛られるわけだが、戦場にゃ乙名もなんも関係ねえ」
「なあに、俺には鎧も剣もある。やってやれねえはずがねえ」
……これは全てガストンの独り言である。
急変した環境や一人旅の孤独や不安を無意識のうちに解消しようとしているのだろうか。人はストレスを感じると口数が増えることもある。
「しっかし、ジョスに樵ができるのか……む?」
何やら前方から武装した4人が歩いてくる。
全員が槍や盾を担ぎ、粗末な革の鎧を着込んだ人相の悪い集団……上着は来ておらず、恐らくは兵士だ。見回りでもしているのだろうが数が多い。
こうまで人気がないところですれ違うのはやや身の危険を感じる相手ではある。襲われて身ぐるみを剥がされても目撃者はいない。
(むう、一本道で引き返すのもおかしいし、どうしたものか)
下手に逃げたりして不審者扱いされるのも困りものだ。
少し迷ったガストンはその場で立ち止まり、集団を待ち構えることにした。いざとなれば走って逃げる腹づもりだ。
「おい、あいつ! 戦支度じゃねえか!?」
「まて、どこぞの家来かもしれん、無礼をするな」
「やい逃げるなよっ!」
まるでゴロツキのような態度だが、下っ端の兵士であればこのようなものだ。
いきなり襲われぬと知ったガストンは安堵し「逃げるなどとんでもねえ」と懐から助祭の手紙を取り出した。
「俺は沢の村から来たガストン。リュイソーの殿さまに仕えるためにお城へ向かう。これは助祭さまから殿さまへの手紙だ」
「おう、沢の村かい!? 俺も沢の村だ! もう村を出て5年になるわ」
ガストンが名乗ると、兵士の1人が大きな声を出した。見ればガストンよりやや年上の20才そこそこ、見覚えのない顔だ。
細身だがひ弱さはなく、無精ヒゲと左頬の傷痕がやや荒んだ印象を与える面構え。茶色の瞳は油断なくガストンを観察しているようにも感じる。
狐のような男、それがガストンが受けた第一印象だった。
「俺は沢の村で小作だったマルセルだ。兄弟も多いし軍役ついでに兵士にしてもらってな。見知ってるか?」
「いや、分からん。俺は親父から樵を継いでまだ4年だから、それより前の事情はよう知らん」
「ほうか……ま、助祭さまの手紙つきで仕官とは大したもんだ。字を読めるのか?」
「読めん。届けるだけだわ」
マルセルは納得した様子で「コイツは怪しくねえ」と同輩の兵に声をかけ、警戒を解いた。
ガストンもまさか同郷の兵士と巡り合うとは考えてもいなかったが、別に不思議な話ではない。
前回の戦で活躍したガストン自身が男爵に誘われた経験があるのだ。恐らくはこのマルセルとやらも声がかかったのだろう。
「おうおう、お前さんマルセルと同郷かい」
「良い鎧だな。戦で奪ったのか?」
マルセルにつられたか、兵士たちもガストンに気安く話しかけてくるようだ。どうやらこのマルセル、兵士たちの中でも
ガストンも鎧のいきさつを軽く話すと兵士たちは「そらすごいわ」「大手柄だな」と驚いている。
「先ほどはすまんな。我らは一ヶ月ほど前に盗賊を退治したのだが討ち漏らしもあってな。こうして巡回しとるのよ」
年かさの兵士は「許せ」と軽く謝罪をしてくれた。
どうやらこの兵士らは一ヶ月ほど前の戦には不参加だったようだ。
ガストンは自分が参加したことを伝えようかとも思ったが、あまり自慢がましいのもどうかと考え直し、控えておいた。手柄をたてすぎてポールから疎まれたことはガストンの記憶に新しい。
「ま、今日のところはガストンを城へ送り届けたことにして帰っちまうか」
「ま、良かろうさ。ガストンよ、口裏を合わせて俺たちが案内したことにしてくれや」
少々不真面目な態度ではあるが、このくらいが標準的な下っ端兵士だ。
これでも街道を巡回させれば周囲の村々に対して『守っているぞ』とアピールにはなる。怠惰な兵士を城で遊ばせておくよりは有効な使いみちとなるわけだ。
「しかし、この時期だからこそ助祭もお前さんを送りつけたのかねえ。次は手強い戦になるかもしれんぞ」
「次? もう戦があるのか?」
道すがらマルセルがガストンに話した内容によると、ここ最近の横の国はおおむねリオンクール王国優勢だったのだが、昨年の負け戦でクード川の向こうの情勢がグラついているらしい。
いくつかの拠点がダルモン王国に攻略され、風になびく草のように小豪族が寝返っているのだとか。
「戦となれば、まず先鋒でウチの男爵が川を渡るだろうよ」
「ああ、男爵も親分のビゼー伯爵に忠誠を示さなきゃならねえからな。ツラいとこだわ」
横の国は小豪族の集合体である。
いざとなれば日和見に徹してリオンクール王国とダルモン王国とを秤にかけ、強い方へと身を寄せる。彼らの多くはしたたかで、国を寝返るなど日常茶飯事、何とも思っていない。
だが、リュイソー男爵の場合は事情がやや異なる。
隣にリオンクール王国の有力諸侯であるビゼー伯爵が根を張っており、身の安全のために臣従しているのだ。
下手に寝返れば真っ先に狙われるため、リュイソー男爵はビゼー伯爵に疑われぬよう忠誠を示すアピールが常に必要がある。今回も戦になればビゼー伯爵の露払いとして出陣するだろう。
(ふうん、要は殿さまより偉い殿さまがいて、殿さま連中から村八分にされんよう働かにゃならんわけか。難儀なことだの)
この辺りの政治や情勢の話題はガストンには分からない。
ただなんとなく『戦がはじまるのか』とぼんやり考えたのみだ。
「ほれ、あれがお城だ」
ほどなくするとマルセルが自慢げに小高い丘を示す。
それは『リュイソー城』だ。その名の通り
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