第6話 望まぬ転機

「何をしとるか、アレはお前のものだ。うかうかしとると奪われるぞ? トドメも刺してやれ」


 歓声の中、放心するガストンに従士が声をかけてきた。

 だが、ガストンは言葉の意味が分からない。


「俺のもの、とは?」

「その盗賊のむくろよ。堂々たる一騎討ちで破ったのだ。それらが持つ一切はお前のものになろうが、まずはトドメを刺してやれ」


 ガストンは殴られた痛みと殺人のショックでクラクラする頭で盗賊の剣を拾い、途方にくれた。


(トドメ、トドメか……もう死んでるように見えるがのう)


 動物の解体くらいはガストンも見たことがある。首を切れば良い。

 半ば原型を留めていない盗賊の顔面に吐き気を感じつつ、ガストンは盗賊のアゴから錆び兜のひもを外した。


「神よ、光を」


 ガストンは軽く聖句を唱え、首筋を剣で引き裂く。まだ息があったのか、盗賊の首からはビュッと勢いよく血が噴き出した。


「略奪はせぬのか?」


 従士に訊ねられたが、自分が殺した死体の身ぐるみを剥ぐなど、なんだか不吉な感じがする。

 従士の問いにガストンが頭を振ると、控えていた雑兵や兵士たちが盗賊の骸に「ワッ」と群がった。


 その姿にあさましさを感じるが、彼ら――特に手つだい戦の雑兵などは食事以外は無報酬なのである。これは当然の権利であり、ガストンが『変わり者』なのだ。


「ふん、勘違いをするな。盗賊風情に情けをかけると――」

「そう言うな、ペルラン」


 従士がガストンになおも言い募ろうとしたとき、口ひげを蓄えた立派な鎖帷子の騎士が割って入った。男爵だ。戦闘は終わり、すでに馬には乗っていない。

 ペルランとは従士の名前だろうか。


「小言が増えるのは年の証拠だぞ」

「は、恐れ入ります」


 従士が控え、そのまま男爵はガストンに視線を移し「良い戦いぶりだ」と頷いた。

 急なことにガストンはどうしたら良いのか分からず「へへえ」と頭を下げるのみだ。


「獰猛な男かと思ったが、敵に対する敬意があるな。私に仕える気があれば城へ来い」


 それだけを言い残し、男爵は従士と共に去っていった。

 またもガストンは何も答えることができずに頭を下げるのみだ。


(兵士になったら毎回こんなことせにゃならんのか、そら俺にはムリだろう)


 戦いの疲労、トドメへのストレス、男爵から声をかけられた緊張……ふうーっ、と大きく息を吐き、ガストンはその場にへたり込んだ。


「殿さまから褒められるとは、こいつはすげえぞガストンさん」

「鎧武者を素手でやっつけちまうとはたまげた豪傑だ!」


 村の若い衆がはしゃいでいるがムリもないだろう。

 農村の生活など単調で退屈なものだ。その中で戦に出、村の仲間が目の前で活躍し、貴族に認められた。

 これは天地がひっくりかえったような、と言っても大げさではない驚きなのである。


「それに比べてよ」


 若い衆らがニヤニヤと仏頂面のポールを見てほくそ笑む。

 どうやらポールは放り出した槍を兵士に奪われ「捨てたくせにやかましい」と顔を張られたらしい。

 まあ、それはガストンにはあまり興味のない話だ。


(ほうか、槍を失くしたのか)


 感想はこれだけである。

 他には討ち取った盗賊は14人で数が少ないとか、馬がいなかったとかも耳にしたが、その辺りもガストンにはよく分からない。ただ『ほうか』と頷くのみだ。


 ただ、手に入れた鞘のない剣のみが『これは夢ではないぞ』『人を殺して奪ったのだ』と現実を伝えていた。




 ●




 村に帰ってから、ガストンの生活は変わった。

 ガストン自身は変わったつもりはない。

 だが、小作人の若い衆が好んでガストンの家に寄りつくようになったのだ。どうやら戦の話が聞きたいらしい。


「遊んどらんと自分らの仕事をしっかりせえ。小作がサボって畑が荒れたら筋が通らねえぞ」


 ガストンは愛想なく追っ払うのみだが、なぜか若い衆は懲りずに集まりガストンの樵仕事まで手伝うのだ。

 こうなれば憎からずに思うのは人情というもので、偏屈なガストンもねだられるままに話を聞かせることもある。

 口下手でボソボソとした語り口だが、それゆえに真に迫る物があるらしく「これがホントだわ」「強がらねえのがさすがだわ」などと若い衆らは喜んだ。


 つまりガストンはチヤホヤされていた。生まれてはじめてチヤホヤされたのだから気分も良い。

 母も、弟のジョスも、思わぬ手柄をたてたガストンを誇り、喜んでくれる。

 戦場から村へ帰り一ヶ月あまり、ガストンは幸せであった。


 だがここで、この幸せな日々を終わらせる者が現れたのだ。

 それは思いもよらぬことに村の教会を管理する助祭であった。

 村の長老と読んでもよい老人だが、耳も足もしっかりとしている。


「ガストンと話がしたい」


 早朝に現れた助祭はそれだけを告げ、ガストンをだれもいない野原に連れ出した。


 この助祭とはこの地域で絶対的な権威のある聖天教会の僧侶だ。

 大まかに修道士からはじまり助祭、司祭、主教、大主教、総主教の順に位階がある(細かな職域や役職は省略)。

 教義は寛容、忍耐、慈悲、節制、勇気、貞節、謙虚、勤勉、信仰の九徳を守り、神に仕えよというシンプルなものである。

 教義の細かなところは地域に根づいた生活の知恵が多く、信徒は神の恩寵を感じやすい。

 宗派はいくつかあるが、リオンクール王国では東方教会と呼ばれる宗派が盛んだ。


  もちろんガストンも信仰しているし、王侯貴族も神を信じている。

 なぜなら自然科学が発達していない世界では、神の御業と考えなければ合理的な説明できないことが多すぎるからだ。


 ……話が逸れた。場面をガストンに戻そう。


「ガストンや、村を出よ。なるべく早くな」


 この助祭の言葉にガストンは目をむいて驚いた。


「そりゃ、何ごとで」

「うん、オヌシにな、悪い噂が立っとる。小作の若い衆を集めて武装し、悪巧みをしておるとな」


 この助祭の言葉に、ガストンは思わず「はァ?」と不躾な声を出した。聖職者に対するふるまいとしては無礼である。

 だが、黙ってはいられない。徒党を組んでの悪巧みとなれば強盗やかどわかしなどの荒事であろう。

 そんな重罪の嫌疑をかけられてはたまらない。


「そんなこたぁ――」

「根も葉もないとは言えまいよ。村に過ぎたる勇士のオヌシが人を集めて稽古し、武器を作っておったのはまこと・・・であろうが」


 助祭の言葉にガストンは「そんなことは」と歯切れ悪く応えた。

 心当たりがある。ガストンに憧れた若い衆らは切り出した木材で棍棒やらを作っていた。

 いい気になって彼らに稽古じみた真似をしたのも事実だ。


(ああ、やはり神さまはおるだわ。助祭さまは何でも知ってなさる)


 どうもこうもない。小さなコミュニティでの中心となる教会で寝起きをすれば村内のことは手にとるように分かるものだ。

 それを理解していないガストンはガックリと頭を垂れて助祭に恐れ入った。


「ワシはオヌシに悪気がないのはよう知っておる。だがのう、人の世は難しいのだ。オヌシの……いや、小作人の目立つ活躍を喜ばぬ者はそれなりにおる」


 ガストンは力なく「へえ」と頷いた。ここまで言われればガストンにも心当たりがある。

 ポールだ。ガストンが手柄をたてた戦で醜態を晒したポールは戦に出た若い衆からバカにされ、その話を伝え聞いた村中から笑い者にされていた。

 ガストンは意に介さず「ほうか」と捨て置いたが、その態度も良くなかったのだろう。逆恨みをして陰口を叩いておると若い衆からも伝え聞いていた。


「し、しっかし、俺は誓って筋は違えてはいません!」


 助祭はガストンの叫ぶような言葉をじっと聞き、頷いた。


「オヌシが違わずとも、世間が違えることもある。取り返しがつかなくなる前に村を出よ。身に覚えのない罪に問われるぞ、母や弟も無事ではすまぬぞ」

「し、し、しかし、しかし、俺には行くあてなど……」


 ガストンにとって、村の中は世界のすべてと言っても過言ではない。せいぜいが戦で村を離れたくらいで、あとは樵仕事で遠出をするくらいのものだ。愛用の鉄斧だって村鍛冶が作ったものだった。

 この追放刑に近い言葉に『野垂れ死ね』と言われたように感じたのはムリないことだ。


「心配するでない、そこは任せておけ。ここにワシからリュイソー男爵に宛てた手紙がある。オヌシも男爵に声をかけられただろう、大丈夫だ」

「ありがとうございます、助祭さま。俺は、俺はこの恩を忘れねえ」


 ガストンは助祭に両膝をつき、受け取った手紙を押しいただいた。

 もし――ガストンがもう少しだけ世間を知っていたなら助祭の手回しの良さに疑問を持ったかもしれない。

 恐らくは助祭は乙名から、もっと言えば村長から依頼を受けてガストンを説得しに来ていたのだろう。ガストンさえいなくなればポールが比べられることはない。

 のどかな村だからこそ異物を排除したがるものだ。分不相応な手柄をたてたガストンはすでに村の異物だったのだろう。


「助祭さま、俺は村を出ますわ。しかし、しかし、おっ母と弟が心残りで……」

「心配せずともよいと言ったろう。そこはワシが2人を守ろう、これは約束じゃ」

「ありがとうございます、2人をお守りくだせえ」


 助祭は深く頷き「神と共にあれ」と祝福し、その場を立ち去った。

 残されたガストンは両膝をついたまま立ち上がることすらできない。


(俺が、村を出るだと……村を出る、村を出て、樵をやめて生きていけるのか?)


 もし、ここに鏡があったなら、ガストンは血の気が引き真っ青になった自分の顔を見て、大いに驚いたに違いない。

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