第5話 盗賊との戦い
翌日より、殿さまの下知があった。
ガストンらは数人の北の村衆を案内人にし、ただひたすらに盗賊たちを求めて深い森を歩き回る。
作戦の詳細はガストンらに知らされることはないが、盗賊のねぐらでもあるのだろうか。
日のあるうちは携帯食の干し豆や堅焼きのビスケットをかじりながら森を探索し、北の村で夜を明かす。
軒先での野宿は夜露に濡れ、皆が身を寄せ合って暖をとった。
この『深い』森というのは『人の手が入っていない原生林』といった意味合いだ。
法を犯したアウトローが身を隠し、危険な野生動物が支配する異界。人の領域ではない。
深い森を歩き回るのは実に厄介で、樵仕事に慣れたガストンですら体力的にも精神的にも摩耗していく。
早くも探索2日目には村の若い衆が音を上げた。
「こりゃもう、盗賊おらんじゃないか?」
「俺もそう思う。殿さまが軍勢を揃えて押し出したから肝を冷やして逃げちまったんだろう」
若い衆がヒソヒソと愚痴をこぼしているが、北の村衆に聞こえぬように声を潜めるだけの気づかいはできるらしい。
「ガストンやい、今の話、どう思う?」
やはり声を潜めているのは北の村衆に聞かせたくないのだろう。
「……どうってのは、盗賊はおらぬかも知れぬと?」
「しーっ、声が高いわ。その通りよ、盗賊は次の獲物を狙って移動したのではなかろうか」
ポールが反射的に声を出し、周囲の視線が集まる。相変わらず声が大きい。
(こりゃあ、北の衆にも聞かれるな、下手を言ってはマズいかもしれん)
疲れからかポールも若い衆も不満を溜めてボヤいているが、北の村衆からすれば盗賊への復讐であり、かどわかされた女たちの救出なのだ。
あまり不満気なことを言っては揉めごとの種になり、殿さまの耳にも入るだろう。その場合、咎められるのは殿さまの下知に不満をもった自分たちだろうことはガストンにも想像はつく。
「俺にゃ分かりません。頭は殿さまからの下知に従い、俺たちは頭に従う。それが筋ってものでしょう。そこは違えてはいけねえ」
この『筋を守れ』とはガストンの亡父が口癖のように遺した教えだ。
『ええか、ガストン。オメエは体が強い。筋を守って真面目にやれ。銭は貯めて良い斧を買え。そうすれば飯が食える、嫁もくる、子も養える』
亡父は43才で突如ひっくり返り、イビキをかいてそのまま死んだ。頓死だ。
長生きではなかったが言葉の通り真面目に生き、女房子供を養った。父の言葉は間違っていなかったのだ。
(そうだ、俺がフロランに祟られたのは我が身可愛さに村の衆を見捨てたからよ。取って返せば助かったかもしれねえ。筋を違えてはロクなことがねえ)
実際はそんなに簡単な話ではないのだが、ガストンは自分の言葉で納得しようとしていた。
今回こそはと思い、過去の過ちを精算したい気持ちだったのだ。
「そうか、そうだわな」
この言葉を聞き、ポールはブスリとした不満面で吐き捨てた。どうやら期待していた答えではなかったようだ。
無表情な北の衆からは表情は読み取れない。
その時、藪や枝がガサガサと騒ぎ、金属がカチャカチャと擦れ合うような音が耳をついた。多数の気配がする。
皆が得物を構えて固唾をのんだ。
ポールが「雲っ!」と声を張り上げると「雨っ!」と気配が応じる。合言葉、味方だ。
「盗賊が見つかった! 西側の岩棚を使って小屋をかけておる! 我らは後詰として囲みを作るのだ!」
現れたのは立派な槍を持つ従士と思わしき男と、それに率いられた兵が数人。口ぶりからするとガストンたちは彼らとともに盗賊の逃げ口を塞ぐらしい。
(逃げるやつをやっつけるだけか? そもそも俺たちの方に来るとは限らねえ。助かったわ)
ガストンは鼻から「ふうーっ」と大きく息を吐いた。
北の村衆は残念がっていたが、ガストンを含め沢の村衆は少なからず安心した様子だ。手伝い戦でケガなどしたくないのが本音なのである。
「ここよりは俺が采配する! みだりに心を乱し騒ぐ者は斬り捨てる! しかと心得よ!」
従士は慣れた様子で指示を出し、岩棚の方角へ向かう。
主導権を奪われたかたちのポールも、どこかホッとした様子なのは無理ないことなのかもしれない。
「いいか、男爵もすでに動いておる。急がねばならん」
これにガストンは「おや?」と疑問を感じた。盗賊に見つかることを警戒していないようなのだ。
(殿さまは追っ払えれば盗賊を逃して良いのか? それとも立ち向かってくるほどの大勢なのか?)
その疑問は現場に着き氷解した。
やや見上げる形の岩棚には布や木材で粗末な小屋がいくつかかけられており、そこへ通じる地形には殿さまの軍勢がひしめいている。
ガストンらは軍勢の後ろにくっつく形で方位の輪に加わった。
「男爵は人の良さそうな顔をしておるが、あれでなかなかの戦上手よ!」
従士がニヤリと笑い、得意げにアゴを上げた。その様子はいかにも自信ありげで頼もしい。
「男爵はな、小屋が見つかるや一気に囲んで盗賊を押し込めたのだ。なかなかできぬことよ」
「なるほど、我らは見ているだけとはもの足りぬ戦ですな」
年かさの兵が軽口を叩くが、これを従士は「バカもの!」と叱りつける。
わざわざ大声を出しているところを見るに、周囲に聞かせているのだろうか。
「見よ! 足場が悪く寄手は一斉にはかかれぬ、こちらが多勢とはいえ時間がかかるだろう!」
従士が槍の先で岩棚の小屋を示す。
小屋からは盗賊らしき風体の悪い男が数人、弓を構えて待ち受けていた。
「盗賊を押し込めたが、総勢ではあるまい。時間がかかれば仲間が気づき、囲みを破るために我らの背中を狙うかもしれん。我らは後方を警戒し、さらには包囲を破る者あればそれを捕らえる。戦場に楽な仕事などないわ!」
ここで従士は振り返り、ポールを睨みつけて「分かったか!?」と怒鳴りつけた。どうやら彼はガストンらの気の緩みを感じ、戒めたのだ。
頭ごなしの言葉にポールはふて腐れたが、ガストンにはありがたかった。
村長の息子であるポールは従士に怒鳴られたのが不満のようだが、ケガをしたり死んだりするよりはるかにマシだ。この辺りは育ちの差というものだろうか。
「ほおれ、お味方が寄せるぞ! 声だせえ!
オオーッと従士が大声を張り上げ、兵士が応じる。慌ててガストンも声を出した。
声を出せば肚が座り、あれほど懲りたはずの戦の様子も目に入るのだから不思議なものだ。
(これは決まりだわ。数が違う)
ガストンから見て勝敗はすでに決したように見えた。
味方はしきりに矢石を放ち、盾を並べ岩棚に押し迫る。
しかし、戦の流れはここで思いもよらぬ動きを見せたようだ。
「あっ! 小屋が崩れるぞ!?」
どこかで悲鳴じみた声が上がった。
見ればなんと追い詰められた盗賊どもが小屋を蹴破り、次々と岩肌を飛び降りたではないか。
そこは人が飛び下りるにはあまりにも高すぎた。
だが、盗賊どもは小屋にいては殺されるのだ。死中に活を求め、僅かの希望に賭けたのだろう。
盗賊たちは地に叩きつけられ、または足を折り、その場で動けなくなる者が大半だ。
しかし、中には立ち上がり包囲を破るべく得物を構えて駆け出した者もいる。その数は4人ほどだろうか。
「逃がすなーっ!! あの者らを討ち取れいっ!!」
従士の声が聞こえた。
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
何のはずみか、盗賊どもはガストンらの方に駆け寄って来るようだ。
従士が1人を槍で突き伏せたが、狂奔する盗賊らは兵士の囲みを突き破り、ガストンらに迫る。
「ヒイッ! 逃げろ!!」
裏返った声の主はポールか若い衆か。
この戦は手伝い戦なのだ。他人のために死ぬなんてバカらしい。
沢の衆ははじめから逃げ腰だった。
(死にたくねえ! 死にたくねえっ!)
ガストンも盗賊から顔を背け、逃げ出そうとした――その瞬間、すでに槍を放り投げ、駆け出したポールの背が目に入る。
『兄を、守ってくださいね』
耳に残るポレットの声が足を鈍らせた。
『ガストン、助けてくれっ!』
初陣で見捨てたフロランの声がガストンを振り向かせた。
『筋を守って真面目にやれ』
そうだ、と思い出した。
亡父の教えを守るのだ。目上の者に従い、敵を倒さねば。
「キィィヤアアァァァッ!!」
ガストンは奇声を上げながら棍棒を振り回し盗賊へ突撃した。
目の前には古びた鉄兜と汚れきった革の鎧を身につけた髭面の盗賊――恐らくは戦場往来の傭兵か。こいつにガストンは殴りかかった。
しかし、盗賊は剣で棍棒を打ち払い、したたかにガストンの頭を打ちすえる。手練の早業だ。
ガストンは頭部にズシンと衝撃を受け、視界がグワンと大きく歪む。
だが、ガストンは突撃した勢いそのままに盗賊に食らいつき、力任せに振り回した。
こうなれば体が大きく樵仕事で鍛えた腕力がものを言う。
「うぬっ!? 離せっ! 下郎がっ!」
盗賊が下郎とは笑止なもの言いだが、もとは名のある武人なのだろうか。そのまま何度もガストンに剣を振るうが、密着した体勢では有効打にはなりえなかった。
鎧武者同士の戦いとはやすやすと決着のつくものではない。ガストンの鎧は何度も盗賊の剣を受け止め、激しい揉み合いとなった。
「死ねっ死ねえーっ!!」
どこをどうしたものかは分からないが、ガストンは揉み合うままに盗賊の顔面を立ち木に叩きつけ、そのまま一気に樹皮で
盗賊の声にならぬ悲鳴が聞こえるが攻撃の手を休めるわけにはいかない。首根っこを掴んだまま、何度も盗賊の顔面を地面に打ちつける。
数度目にはバキリともグチャリともつかぬ気味の悪い感触が手に伝わり、ガストンは「ヒイーッ」と女のような悲鳴を上げ飛び退いた。
いつの間にかうめき声もたてなくなった盗賊が、ひどく恐ろしいモノに感じたためだ。
「し、し、死んだっ!? 俺が殺したっ!?」
ガストンが裏返ったかん高い声を上げると、これを合図にしたか周囲から「ワッ」と歓声が聞こえる。驚いて見渡せば味方が集まり、ガストンに歓声を上げていた。
(俺は殺した、人を殺した)
手に残る気持ちの悪い感触。寒くもないのに体がガクガクと震える。
これが、ガストンの初めての殺人であった。
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