第4話 寄り合いの陣所
翌日、ガストンは早くも戦支度をした。
男爵の城から早馬が来たらしい。
そこいらの従士(貴族の私兵)が身につけていてもおかしくはない。
一方で得物は粗末だ。
自らが切り出した木材を手ごろな長さに削り、棍棒とした。
鉄斧は大切な樵仕事の道具だ。戦場に持ち出して失っては生活が立ちいかなくなってしまう。
これにナイフや水筒用の革袋などを荒縄で縛りつける。
ナイフは戦闘で使うこともあるかもしれないが、基本的には日用の道具だろう。それこそ食事から軽作業まで、ナイフがなければ不便極まりない。
「ガストン、ずいぶんと勇ましい姿だけど、無理をするんじゃないよ」
「へへっ、この兄いの格好を見たら敵も逃げ出すさ」
心配げな母親と生意気な弟に見送られながらも、ガストンは悪い気分ではなかった。
いかにも堅牢な鎧で身を固めると、不安だった心が鎮まるのを感じる。
戦が嫌で拗ねていたのに戦支度で落ち着くとは不思議だが、武具にはこうした効果もあるらしい。
(本当にジョスに留守を任せていいもんかのう)
ガストンは「樵に精を出せ」「おっ母によくせい」「夜に戸締まりを忘れるな」などとジョスに小言を残したが、一体どれほど聞いていたのかは分からない。
その後、村長の息子――名をポールと言うらしいが、ガストンよりやや年かさの20代の男衆だ。
ガストンの鎧には及ばぬまでも古びた革鎧に身を固め、身の丈ほどの槍まで担いでいる。
「北の村で合流だ。殿さまに遅れると
このポールが頭として6人の采配をし、リュイソー男爵の元へと向かう。合流地点は盗賊に襲われた北の村だ。
「ガストンさん、俺たちゃ今日が初陣で」
「盗賊相手じゃから大丈夫と言うに、こやつは縮み上がっておってなあ」
道中とは退屈なものだ。
すぐに年若な者らがペチャペチャとおしゃべりを始める。あまり愛想のないガストンは適当に相づちを打つのみだが、彼らはお構いなしだ。
「こりゃ、オマエら。ガストンを困らせるでねえ。ガストンはしっかと口を結んで歩きよるぞ、これは盗賊に見つからぬ用心じゃ。盗賊は20人、囲まれたらなぶり殺しにされるぞ」
意外なことにポールは盗賊を警戒しているらしく「ええか?」と続ける。
特別な警戒をしていたわけではないガストンはドキリとしたが、素知らぬ顔でポールの話に聞き入ることにした。
戦の話は聞いておいたほうがいい。
「盗賊からしたら殿さまが兵を集め、一息に攻められるのが怖いんだわ。だからバラバラの今のうちに狙うのはあることだわ」
「ひえっ、そら大事だ!」
さすがにポールは村長の息子だけはあり、男衆を率いて農作業の采配をする経験もある。
たしなめられた若い衆も肝を冷やしたか、悲鳴じみた声を上げた。
(ほほう、大した知恵者よ。村長の家は栄えるかもしれんなあ)
ポールは堂々としており、知恵があるようだ。
何よりその言葉が巧みなことにガストンは感心した。自分にはない能力である。
「しかしポールさん、そう恐れることはなかろう。盗賊は戦が終わっても故郷に帰れぬ
「ふざけるな、騎馬がおると言われたろう! なぜわからぬか。ガストンも言ってやれい」
なぜか議論の矛先が向かってきて、ぼんやりとしていたガストンは驚いた。
本来なら乙名のポールに歯向かうなど褒められたことでもないが、村外という気の緩みもあるのだろうか。ジョスもそうだが、若い衆は生意気を言いたがるのだ。
「ふむ、まず、なあ。乙名のポールさんに生意気を言うでねえ。そこは筋違いするな」
どうにも気の利いた言葉は思いつきそうにないガストンは若い衆をたしなめるふりをして時間を稼ぐ。
空気を読めないガストンの一言で一同にやや白けた雰囲気が流れたが、それは仕方ない。
「盗賊どもか……盗賊は法を破って捕まりゃ縛り首だわ。盗賊も知らぬわけねえ、必死だ。それに傭兵くずれや落ち武者なら戦になれてるだろうなあ」
「それよ、さすがは戦上手のガストンじゃ! 盗賊とはいえ侮れんぞ、油断したら返り討ちだわ」
ガストンが思いつきをボソボソと話すと、我が意を得たりとポールが喜んだ。用心しろと叱りつけたポールが大声を出すのは愛嬌というものだろうか。
しかし、これで考えを改めたか、一同は粛々と足を早めたのだからポールは褒められるべきであろう。
(ううむ、家を焼かれたとは聞いていたがむごいのう)
北の村では40戸ほども家屋があったようだが、多くの家が焼かれ、炭化した柱が村に暗い影を落としているようだ。見ればまだ燻って煙を吐く家もある。
村人の姿は見えないが、被害を免れた家屋に身を寄せ合って隠れているのだろうか。
「許せねえなあ、盗賊めが」
この様子を見て、ガストンは体が震えるような怒りを感じた。
もし、盗賊が不意をつき沢の村を襲ったら防ぎ得なかっただろう。我が家が焼かれたら、母や弟が殺されたら、ポレットがかどわかされたら――
(なんでここでポレットさんがでてくる? 俺はどうにかしたのか)
ガストンは勢いよく首を振り、おかしな考えを頭から追い出した。
いずれはガストンも嫁をもらわねばならないが、さすがにポレットは身分が違う。村の樵には高嶺の花すぎた。
「村の衆は助け合っておるのだろう……助け合わねば同じ村に住む意味はない。我が村も災難があればかくあらねばな」
ポールが何やら感心しているが、知恵者の彼にはガストンと見える景色が違うのだろうか。
ピンとこない話だ。
「おう沢の衆か、悪いが
到着したガストンらを見つけたか、先触れの騎士が馬を寄せて声をかけてきた。殿さまの従騎士だろう。
貴族には従士団と呼ばれる私的な家臣団がいるが、特に身分が高く騎乗の者は従騎士と呼ばれる。
従騎士の多くは領地を相続できなかった貴族や領主の子弟で、貴族から俸給で雇われ馬や家来を養い、騎兵として活躍する戦場の花形だ。下級の騎士として扱われる。
ちなみに単純に従士と呼べば例外はあれど歩兵のことを指すが、従騎士との混同を避けるため以後は従士団の騎兵を騎士もしくは従騎士、歩兵は従士とのみ記すこととしたい。
「ほいじゃ、行ってくるわ」
ポールはガストンらに一言かけて、騎士に従い村の教会に向かった。大きな建物の中で軍議をするのだろうか、それとも戦勝祈願だろうか、それは分からない。
(……軒先で野営となれば、雨が不安だのう)
こうなればガストンはぼんやりと空模様でも眺めてる他はなく、自然と若い衆の無駄話が耳に入る。
「あいつら、こっちを嫌な目で見やがるな……数が多いや」
「この村の衆か。あれは男衆が総出だ。盗賊に仕返しするつもりだな」
若い衆らの言葉につられて、ちらりとそちらに目をやると、顔に険のある集団がいる。
数はざっと見30人以上。先日の襲撃による負傷者なども考えると男衆総出というのは大げさな表現ではない。それだけ盗賊に対する恨みが深いのだろう。
ただ、気になるのはこちらを見る嫌な視線だ。敵意とまではいかないが疎ましく思われているらしい。
「俺たちの数が少ねえから怒ってるのかもな」
この言葉には『ああ、ありそうだ』とガストンは納得した。
どうやら他の村衆を見ても10人くらいは来ているらしい。沢の村からは6人、たしかに少ない。
「バカバカしい。助太刀に来た他の村衆に睨むバカがいるのか」
「そうだ、俺たちの村だって危ういのに助けに来たんだぞ」
「おもしれえ、こっちからも睨んでやるかい」
みるみる間に話がおかしな方向に転がりだした。こうした寄り合い所帯である陣所内でケンカ騒ぎは珍しくないが、騒ぎを起こせば当然罰せられる。
ガストンとしてはつまらないケンカに巻き込まれムチで殴られるのはお断りだ。だが、いざケンカとなれば加勢しなければ村での生活に支障が出かねない。悩ましいところだ。
「おい、やめねえか――」
ガストンが若い衆を制止するため腰を浮かした、その瞬間――ザッザッザッと多数の足音が聞こえた。30人強ほどの軍勢だ。
鎖帷子に鉄兜、馬にまたがる騎士が2人。先頭がリュイソー男爵だろうか。2人とも30代半ばほどの年ごろで立派なヒゲを蓄えている。
続いて鎧兜に身を固めた立派な戦士たち……これは恐らく従士だ。貴族の私兵であり、主君の盾、または手足となって戦働きをする猛者どもである。
数はざっと見で5、6人だろうか。槍や弓など装備に統一感はないが、揃いの袖なし上着――リュイソー男爵の従士は黄色い上着を着用しているようだ。
彼らは武装を自弁する財力と戦いの技術を備えた戦士階級ともいえる。
残りは兵士。彼らは平時、城や街道などを警護するため衛兵とも呼ばれるが、いわば足軽だ。郷里に帰ればガストンらと大差ない身分ではあるが、軽輩なりとも男爵に雇われた職業軍人と言えよう。
粗末な槍とくたびれた革鎧を身に着けているが、これは大半が主君から貸し出しの安物である。
彼らの姿はガストンらかき集められた雑兵から見ればいかにも勇壮であり、これなら勝てると感じさせるものであった。
「ほれ、殿さまの前でケンカはできまい。膝をついて出迎えろ」
殿さまの登場で若い衆の気も紛れたらしく、ガストンらは軒先で地に両膝をつき出迎えた。
男爵はチラリと
(なんでえ、俺をお召しではなかったのかよ。村長に誤魔化されたか)
ガストンは大きく「ふん」と鼻を鳴らし下唇をつきだした。
幸い兵士たちには見とがめられなかったが、若い衆はガストンの
ともあれガストンにとって、リュイソー男爵の第一印象はさほど良いものにはならなかったのである。
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