第3話 村で生きるということ
「皆も聞き及んでおると思うが、北の村で野盗が出た。女が4人もさらわれ、守ろうとした男が3人討たれた」
村長がいかにも悔しげに皆に告げると「オォォ」と動揺の声が広がった。ガストンも聞き及んでいた内容ではあるが、改めて村長の口から聞くと重みが違う。
ちなみに北の村とは北に位置する隣村のことだ。名前はそのまま北の村、余談だがガストンの村は沢の村である。
「それだけでねえ。家が焼かれ、財貨や食い物を奪われた」
「そりゃ大事だ! リュイソーの殿さまにお知らせして助けてもらわにゃ!」
「いんや、村の守りを固めにゃならんわ! 男衆は交代で見張りを立てにゃならん!」
「バカ言うな、キモは賊の人数だわ! 多けりゃ避難が先だわい!」
村長の言葉を皮切りに、乙名衆が
とはいえ、田舎の農民である。乙名たちに妙案や軍略などあるはずがないが、ガストンなどはそれに輪をかけて学がない。
(なるほど、さすがに乙名衆は知恵者ぞろいだわ)
この調子でいちいち納得して頷くのだから他愛もない。
このような場ではガストンら小作人は発言しないのが
小さな村の内部にも政治はあり、それなりに気を使うものなのだ。
「皆の心配はもっともだわい。今から1つずつ説明していくとしようか」
村長が周囲を見渡し「よう聞けよ」と言葉をためた。
「北の村衆によれば野盗は20人に余るそうだわ。中には騎馬もおるが心配いらん。もう殿さまの元には報せが走っとる」
この言葉に村の男衆は
戦の絶えぬ横の国である。戦の備えとして村落には、ごく簡素ではあるが門扉、木柵、空堀、見張り櫓などをこしらえるのが心得だ。
盗賊が20人ならば、領主が助けてくれるまで守りを固めるのは難しくない。
「20人かね、それなら殿さまが退治するまで村門を固く閉じれば良かろう」
「バカもん、賊の総出が20人とは限らんぞ。後詰は100人かもしれんわ」
「バカとはなんだ、盗賊ごとき100人もおるものか!」
大人げなく乙名衆がケンカを始めたが、ガストンにはどちらの言い分が正しいか見当もつかない。
「まてまて、話はよう聞け。ええか、村が焼かれりゃ殿さまは黙っちゃいねえ。盗賊退治はやってくれる、分かるな?」
村長の言葉に一同が頷く。
領主――ここいら一帯、数ヶ村の領主はリュイソー男爵だが、村が領主に税を納めるのは守ってもらうためだ。
領主は領民のために戦い、命や財産を守る。それが叶わなければ自分の城に匿い守る。それすらも無理だと判断すれば逃がすだろう。
いざと言うときに村や命を守ってもらえるからこそ領民は税、軍役、賦役に従う。これは常識だ。
さらに言えば小領主は身を守るため、さらなる大勢力の家臣になり軍役や納税に努めるわけだが……その話はここで必要ない。
「村には見張りを立てる。女衆や子童は男衆なしで村外に出すな。こちらが油断しなけりゃ盗賊が倍の40人で来ようが防ぎきれる。そこは間違いはねえ……問題は殿さまの手伝いに男衆を出さにゃいかんことよ」
ガストンは村長の言葉にドキリとした。
殿さまの手伝いとは、雑兵として軍役にかり出されることである。
もう戦に懲りたガストンにはツラい話だ。
(俺は去年も戦に出たぞ、他のヤツはいくらでもいるだろう!?)
だが、ガストンの願いも虚しく乙名衆は「畑が忙しい」だの「老いた両親の世話が」だのと言を左右にし、のらりくらりと言質を与えない。
他領に攻め入るのであれば略奪などの余録があるが、盗賊退治は危ないばかりで実入りが期待できないからだ。
こうなれば流れは自然と「ガストンはどうだ?」と声がかかる。
彼らの理屈によれば、ガストンは手のかかる畑も家畜も持っておらず、留守をしても弟のジョスがいるわけだ。
そして何より戦で活躍した村の勇士なのである。これは大きい。
「……俺なんぞ、殿さまの邪魔をするだけでしょう」
村の『相談』という同調圧力の中、ガストンは曖昧な返事を呟いた。ここで無下に断れば家族が村で生きづらくなる。最大限の抵抗だった。
だが、下の者の曖昧な言葉はいいように受け取られるものだ。
「そうかそうか、ガストンがそう言ってくれるなら安心じゃわ」
「うむ、むやみに勇まぬのは豪傑ぶりよ」
「こりゃ、ガストンに続く男衆はおらんのか!?」
結局、衆議に押し切られガストン含む5人の小作が選ばれた。
殿さまに失礼がないようにと乙名からは村長の息子も選ばれたが、これは忠心からではなく体裁の問題であろう。
「ようし、相談ごとはここまでじゃ。選ばれた男衆は飯を食っていけ、英気を養わにゃ戦働きはかなわんぞ。見張りは交代で2人だ、順番を忘れるな」
この村長の言葉でアッサリと解散となった。
ガストンらを残し、男衆は「盗賊も時期が悪いわ」「見張りは
「すまんな、貧乏クジじゃ」
不意に村長がガストンに話しかけてきた。
ここ1年、つまりあの戦より村長はガストンを認めてくれたらしく、何かと気にかけてくれるようになった。
体の小さなジョスに畑の仕事を手伝わせてくれたりとガストンは村長を『いい人だ』と感じいっている。
とはいえ小作人と村長ではガストンからはもの申す立場にはない。せいぜいが「とんでもねえ」とボソボソ呟くのみだ。
「殿さまからな、ぜひ軍旗を取り返した大男をつかわしてくれとの沙汰があったんじゃ」
「もったいねえことです」
「槍働きは殿さまに任せときゃええ。村の衆を守ってくれよ」
村長は笑いながら「麦粥を炊かせたでな。食ってけ」とガストンから離れ、戦に行く息子と話し込み始めた。
もうガストンに用はないと言うことだろう。
(たまらねえ。戦になんぞ行きたくもないのに殿さまから声がかりなんぞ、たまらねえ)
リュイソー男爵は貴族、ガストンとは住む世界がまるで違う貴人である。
村長はガストンを励ますために適当なことを告げたのかもしれないが、それを知る由はない。
「おお、きれいな
「バカモン、ありゃ村長の娘のポレットさんじゃ。色目なんて使うでねえぞ」
ふと、ちかくで男衆らの声が聞こえた。どうやら村長の家の子女や奴婢が麦粥を持ってきてくれたようだ。
鍋からは美味そうな香りが漂ってきた。
この男衆らはガストンと共に軍役につく小作人である。年の頃はガストンより上だろうが体の線が細く、いかにも頼りない。
鍋の中身や女子をチラチラと眺め回す姿はいかにも浅ましい。
(俺はああも下品なるもんかよ、使われ者の小作人とひとり立ちした
ガストンは共に戦に行く小作人らに、わけの分からぬ怒りを感じる。
社会的に見れば彼らとガストンには差などないのだが『俺とあいつらは違うのだ』と思わなければやりきれなかった。
この感情に名前をつけるなら『ひがみ根性』だろうか。小作人らのように欲に忠実にもなれず、かと言って何者でもない自分にいらだっているのだ。
半ば強制的に軍役を押しつけられた腹立ちも混ざっているだろう。
要は拗ねているのだ。実はガストン、村の者からは気難しい拗ね者との評判だった。
「もし、ガストンさん」
不意に声をかけられ、顔を上げると美しい女子がいた。
村長の娘ポレットである。
「麦粥ですけど、召し上がって」
ポレットは確かジョスと似た年頃だから14才か15才か。
ガストンはポレットの童らしい姿しか記憶になかったが、いつの間にやら美しい女子になっていた。
「どうぞ、遠慮なさらず」
「ああ、うん、ありがてえ」
粥の入った器を受け取る、それだけでガストンはうろたえた。
厳つい顔立ちのガストンは女子というものから好かれた記憶がない。
ポレットの豊かで美しい金髪と垂れがちな大きな眼、そして白い肌はガストンを骨抜きにするに十分な魅力を備えていた。
「ガストンさんは先の戦で大手柄をたてられたとか」
「うん、まあ、そう。鎧をな、鎧をもらった」
「まあ、お強いのですね。戦では兄を守ってくださいますか?」
「おっ、うん、任せて、くれい」
ここでポレットの兄から「女が戦に口を挟むな」と叱り声が飛ぶ。
ポレットは気にした風もなく「失礼しました」と立ち去った。
ガストンの胸中は複雑だ。
ポレットと話をしていたのに邪魔をするなと言う気持ちもあるが、年ごろの女子から開放された安堵もある。
(兄いを守ってくださいね、か)
すすった麦粥は塩が利いて美味かった。
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