中二病のバカな彼と愛の天使な私

わだち

中二病のバカな彼

 私の隣の席の男の子はバカだ。


「ヴィーナス、喜べ、新たなる世界の幕開けだ」

「おはよう黒野くん。後、私の名前はヴィーナスじゃなくて、愛美まなみだよ」

「おっと、すまない。まだお前は覚醒していなかったのだったな。なに、心配する必要はない。焦らずとも、その時はそう遠くない内に来る」


 そう言うと私の隣の席の少年――黒野じんくんは足を組んで椅子に座り瞳を閉じた。

 その左腕には黒い包帯が巻いてある。昨日までは巻いてなかった。

 凄く、触れたくない。でも、さっきから黒野くんがチラチラとこちらを見ている。おまけに、包帯の端もちらつかせて来る。

 鬱陶しくてたまらない。


「はぁ、その包帯どうしたの?」


 観念して問いかけると、黒野くんはニヤリと口元を吊り上げてからゆっくりと瞳を開いた。

 そして、意味ありげに手のひらを上にして左手を前に突き出す。


「ヴィーナス」

「愛美だって」

「ヴィーナス」

「ヴィーナスbotかな」

「ヴィーナス」

「ヴィーナスでいいよ、もう」


 私の返事に満足げな笑みを浮かべる黒野くん。認めたくないが、こうしないと黒野くんは話を進めてくれないということを、去年私は嫌というほど思い知らされている。


「昨夜のことだ。俺の中に眠る邪悪聖龍ダークネスライトホーリーイーヴィルドラゴンが目覚めたんだ」

「なんだかすごい矛盾してるドラゴンだね」

「奴は俺の身体を奪い、この世界を混沌――ジ・カオスへと導こうとしていた」

「うん、そんなドラゴンがいる世界は確かにカオスだと思うよ」

「だが、俺は抗った。人類のため? 誰かのため? 違う。俺は正義でも悪でもない。ただ、俺がその世界を気に入らないから抗った」

「凄いドヤ顔のところ申し訳ないけど、それ聞くとただの自己中だよ」

「戦いは苛烈を極めた。奴は俺からあらゆるものを奪う奥義スティールハンティングを使った。五感を奪われ、記憶を奪われた俺は戦う意味すら思い出せなくなっていた。だが、そんな奴でも俺から奪えないものがあった。そう、ヴィーナス、お前への愛だ」

「ねえ、自分で言ってて恥ずかしくない? あと、クラスの人たちが皆こっち見てるからもう止めてくれないかな?」

「ヴィーナスの為に、その思いが俺に戦う力を与えた」

「わお、誰かのためじゃないって言ってたのに、とんでもないご都合主義だ」

「そして、俺の必殺技ラブ・イズ・オーヴァーが発動した。だが、それでも奴を滅ぼすことは出来なかった。そして、俺は奴を封印するために自らの左腕と、ヴィーナス、お前への愛を使った」


 悲痛な表情を浮かべる黒野くん。

 何故か黒野くんの周りの席の男子たちも「そ、それって……」とか「くっ……」なんて言いながら悲し気な表情を浮かべている。

 ああ、君たちも同類なんだ。初めて知った。


「邪悪聖龍ダークネスライトホーリーイーヴィルドラゴンは俺の左腕に封印された。だが、俺はヴィーナスへの愛を失ってしまった」

「いや、覚えてるよね。じゃなきゃ、ここまで話せないよね?」

「記憶と愛は違う。その証拠に、今の俺はヴィーナスを見ても平然としているだろう?」

「えいっ」

「ひょっ!? ヴィ、ヴィヴィヴィヴィーナス!?」

「手触っただけで、滅茶苦茶動揺してるじゃん……」

「なっ!? まさか、俺の身体はまだヴィーナスのことを……。ふっ、邪悪聖龍も予想外だったろうな。心も頭も忘れてる。でも、身体だけはヴィーナス、お前をまだ愛しているらしい」

「ねえ、恥ずかしくないの? ちなみに、私は凄く恥ずかしいよ」

「大丈夫だ。やがてその思いも愛へと昇華される」

「その言葉で余計に恥ずかしくなってきたよ」

「ふっ」


 私の方を軽く見た黒野くんは儚げな笑みを浮かべると、肘を机に付き、顔の前で手を組んでから瞳を閉じた。

 どうやら言いたいことは全て言い終えたらしい。

 彼と初めて隣の席になった中学一年の秋から、かれこれ七カ月、中学二年の四月現在まで、驚くべきことに私と彼はずっと隣の席だ。呪いかもしれない。

 ちなみに、彼にこのことを言ったら、彼は「呪いは、重すぎる愛と同じなのさ」なんて言ってた。じゃあ、呪いじゃん。

 それにしても、毎朝毎朝よくもまあ飽きないものである。

 今日は包帯だったが、眼帯の時もあった、カラコンの時もあった、頬に傷の時もあった。

 私が覚えている限りでも、彼の右目には破壊龍がいるし、左目には創生龍がいる。破壊と再生、彼は神かなにかだろうか。

 ちなみに、彼は龍を竜を表記すると怒る。どうでもいい。


「愛美、愛美」


 満足気な笑みを浮かべる黒野くんの横顔を眺めていると、後ろの席の友達、安久谷久美あくや くみに肩を叩かれる。

 振り返ると、久美は私の耳元に口を持っていく。


「今日もアツアツだね」

「やめてよ。黒野くんは一人でごっこ遊びをしてるだけなんだから」

「えー、愛美冷たくない? あんなに真っすぐ愛を伝えてくる男子なんてそういないよ?」

「真っすぐかな? 私、一度も黒野くんに好きって言われたことないよ」

「ブーブー、何が気に入らないのよ。黒野くん、割とイケメンだしよくない?」

「中二病だけどね」

「そんな小さいこと気にしない気にしない! 愛美も可愛いし、私お似合いだと思うな。ずっと隣の席なんだし、これって運命でしょ」

「これが運命なら私は神を恨むね」


 そう言ったところで、タイミングよく先生が教室に入って来た。

 これで、久美との話は終わり。私は身体を前に向け、静かに朝読書を始める。

 チラリと視線を横に向ければ、彼も意味ありげな笑みを浮かべながら朝読書用の本を手に取っていた。


『神曲』


 絶対に神という文字に惹かれたな。

 やはり彼はバカである。


*****



 放課後になり、クラスメイト達は次々に部活へと向かう。

 久美も「テニスしてくるねー」と言って、ラケットを片手に教室を出て行った。

 そんな中、黒野くんは未だに教室に残っていた。

 教室には私と黒野くんの二人だけ。青春が始まりそうだ。


「黒野くん、帰らないの?」

「……風が、泣いている」


 珍しく真剣な表情で何を言うのかと思えば、どうやら平常運転だったらしい。

 早く帰れ。


「はいはい、早く帰りなよ。最近、変な化け物を見たって人もいるし、それこそ、本当に龍とかに出会うかもよ」

「なに!? 龍……ふっ、どうやらこの俺、ドラゴンハンターJINの出番のようだな」


 仁の発音が可笑しかった気がするが、気にしたら負けだ。

 正直、龍の話に食いつかれたことは予想外だったが、こうなったらこれを利用するに限る。

 もう時間が無い、早いところ彼を教室から追い出さないと。


「そういえば、△◇小学校で龍みたいなものを見たって人がいたよ。行ってみたら?」

「本当か!? それは、行かざるを得ない……ヴィーナスも行かないか?」

「ごめん、私はこの後用事あるから」

「そうか……」


 分かりやすく肩を落とし、とぼとぼと教室を出て行く黒野くん。

 彼がいなくなったことを確認してから、私は教室の扉を閉める。


「ごめんね、黒野くん」


 私が呟くと同時に、教室の周囲が暗くなり始める。

 夕暮れ時、世界の表と裏の境目が曖昧になり始める時間帯だ。


「ヴァア……マナミ……マナミィ……」


 薄暗くなった教室に姿を現したのは泥の人形のような化け物、私との距離は数メートル離れているが、それでもハッキリと分かるほどの悪臭を放っている。

 その色はあらゆる色が混じったようなどす黒い色をしていた。


「今日は私か。おまけに、こんなに濃いってことは、同じクラスの男子かな? 朝の黒野くんとのやり取り見られてたのかな?」

「クロノ……クロノォォオオ!! コロス! クロノ、コロス!!」

「あらら、これは大分黒野くんを恨んでるみたいだ。まあ、仕方ないね。周りの目なんて気にせずに自分のやりたいように生きてるんだもん」

『マナミ! マジカルラブチェンジデス!』


 私の胸ポケットからハムスターのような生物が飛び出し、私のスマホに飛び込む。それと供に、スマホの画面にハートマークが浮かび上がる。


「はぁ、何で私がこんなことを……」

『早くするデス! 早くしねーと殺されちまうデス!』

「分かってる」


 スマホに飛び込んだ、語尾が「~デス」の珍妙なハムスター、ラブデスに急かされ、スマホを手に取る。

 そして、人差し指でスマホの画面に浮かぶハートのリングをなぞる。

 すると、スマホから桃色の光が放たれ、私の服が弾け飛ぶ。更に、私の全身が桃色に輝きだす。

 毎度思うのだが、弾け飛んだ服はどこへ行くのだろう。後、桃色の光がちかちかして目が痛い。


『マナミ! 変身中はウインクとか笑顔でアピールするデス!』

「えー、あの泥人形しか見てないじゃん」

『むきー!! それでも、人々を負の感情から守る愛の天使デス!?』

「まあ、そうだけどさ……」

『なら、やるデス! 早くやるデス! アニメという奴の中では皆やってるデス!』

「はぁ」


 ため息をつきながら私はウインクをする。それと、唇に指を当てるなどと、我ながらあざといポーズをしていく。

 そうこうしている内に、ピンクを基調としたフリフリの衣装が私の身体を包み込む。

 最後に髪が鮮やかな桜色に染まったら、変身完了だ。


「ラブリーエンジェル・マナミ、参上」


 軽くポーズを決めて、泥の人形の前に立つ。

 そして、拳を構え戦闘態勢を取るが――。


『デーーース!!』


 ラブデスが突然叫びだした。変身アイテムになっているスマホは腰の辺りにしまってあるが、そこから音が鳴るとビクッと震えてしまうので勘弁してほしい。


「なに?」

『参上だけデス!? 前にも言ったデスよ! ラブリーエンジェル・マナミ、皆の愛を守ります、とか、あなたの心、愛で満たしてあげる、とか言うべきデス!!』

「えー。でも、戦いはもう始まってるんだよ。油断は良くないんじゃないかな」

『戦闘狂みたいなことを言うなデス! 戦闘より口上! 必殺技より変身シーン! それが、ラブリーエンジェルとしての基礎デス!』

「それ基礎にしちゃ絶対ダメでしょ」


 騒ぎ立てるラブデスの言葉にため息をつきつつ、視線は泥の人形に向けたままにする。

 変身シーンを律儀に見守ってくれているのはありがたいが、未だに襲ってこないのはどういうつもりだろう。


「ウヒョ……マ、マナミガエンジェル……ウヘ、ウヘヘ……キャワイイイイイ!!」


 そうかと思えば厭らしい笑みを浮かべて、襲い掛かって来た。

 見るだけで表情が歪んでしまうようなどす黒い泥を撒き散らしながら、腕を伸ばす人形。

 その腕を横に飛んで躱してから、人形との距離を詰める。

 戦闘が長引くのはごめんだ。さっさと帰って宿題をやらなくてはならない。


「ごめんね、私もう好きな人がいるから」


 その言葉と供に、思いを拳に乗せ、右ストレートを打ち抜く。

 桃色の光を纏ったその拳は、人形の泥を払い飛ばす。

 残ったのは、人形の体の中心部にある黒い小さな球体だけ。


「マナ……ミ……ナンデ……ボクジャダメ……ナノ……」

「……一番辛いときに、傍にいてくれなかったからかな」


 小さな球体を指で拭う。残ったのは汚れが無くなった、綺麗な光の玉。

 その光の玉は私の手を離れ、どこかへ飛んでいった。きっと、持ち主のもとへ帰ったのだろう。

 それを確認してから、私は変身を解く、それと同時に教室に夕日が差し込み始めた。

 どうやら、表の世界に戻って来たらしい。


『マナミ、お疲れ様デス! 相変わらず強いデス!』

「ラブデス、表の世界じゃ誰に見られてるか分からないから声量抑えめで」

『あ、そうデスね……』


 ラブデスを胸ポケットにしまい、帰り支度をする。

 私がラブデスという自称妖精に出会い、ラブリーエンジェルという存在になって早いもので一か月が経過した。おおよそ一週間に一回のペースで、さっきのように私は『ナイトメア』という人の負の感情の結集体とやらと戦っている。

 ラブデス曰く、私たちが生きている世界は表の世界。逆に、ナイトメアたちの存在が色濃く出る”思い”が実在する世界が裏の世界らしい。

 ナイトメアたちが裏の世界でその力を強めると、やがては表の世界に影響を与え始める。その前にナイトメアを倒すのが私の役目だ。

 いや、本来はラブデスたち裏の世界の住人の仕事らしいのだが、ラブデスたちの力は年々弱まっているらしい。そこで、白羽の矢が立ったのが私というわけである。

 どうして私なんだろう。


『大きな愛を辿ったらマナミに辿り着いたデスから、仕方ないデス!』


 なるほど。原因には心当たりがある。

 大方、あのバカのせいだろう。


 ため息をつきつつ、カバンを肩にかけて教室を後にする。下駄箱へ向かうと、もう半分以上沈んでいる夕陽を横目に昇降口の扉に寄りかかる黒野くんがいた。

 おかしい。彼はもう帰ったはずだ。


「ふっ。陽が沈む……もうすぐ奴らが現れる時間だな……」


 奴らって誰なの。

 ナイトメアだったら、もう出て来たし、既に退出済みだよ。

 一人でそんなことを呟く黒野くんに、私はゆっくり近づく。


「黒野くん、帰ったんじゃないの?」

「星が泣いていた」


 黒野くんは私の方をちっとも見ないで、そう呟いた。

 うん。いつも通り、ただの思い付きみたいだ。何かあったのかと少しでも心配した私の気持ちを返して欲しい。


「星? まだ星は出てないでしょ」

「いいや、俺には見える。空に輝く一番星がな」


 そう言うと黒野くんはジッと私の目を見つめる。

 まさか、『一番星、つまり宵の明星、即ちヴィーナス、お前だ』なんてキザなことを言うつもりだろうか。

 いや、相手はあの黒野くんだ。ラブレターを見て、「深淵への招待状か……」と呟きながらニヤつく男が真顔でそんなこと言えるはずがない。


「はいはい、いいから早く帰るよ」

「なっ!? くっ……これもダメか……」


 後ろから何か聞こえてくるが気にしない。

 それより、今はゆっくりと帰ることを優先すべきだ。夕陽が沈む行く道を男の子と二人で歩く。

 折角のロマンチックな状況なんだから。


「やはり金星は遠回し過ぎたか……?」


 すぐ後ろで黒野くんがなにやら言っている。

 それを気にしないふりして、私はゆっくり歩く。


「ねえ、黒野くん。本当はどうして待ってたの?」

「星が泣いて――」

「真面目に答えて」

「……これから暗くなるし、寂しいかと思って」

「ふーん」


 黒野くんの言葉に、数か月前のことが頭をよぎる。

 放課後、体育館の倉庫に閉じ込められて、一人で泣いている私の下にやってきてくれた少年。


『大丈夫か!?』


 私の世界に光を照らしてくれた少年。

 中二病の彼はいい加減気付いた方がいい。


 普通の人なら、彼の中二病に付き合ってられずに既に離れていくだろうということに。


「黒野くんって、やっぱりバカだよね」

「かつて人類に叡智を授けたとされる創生龍を左目に宿す俺がバカだと……? くくくっ、ヴィーナス、言うようになったじゃないか! 面白い、今度の試験で勝負だ。俺が勝利したあかつきには、共に古の神々の記録が祀られし地へと赴いてもらおう!」

「別にいいよ」

「……へ?」

「代わりに、私が勝ったらご飯奢ってね」

「え、ああ、うん……」


 自分で言いだした癖に困惑している。

 そんな彼の姿に思わず笑みがこぼれる。


 本当に、私の隣の席の男の子は……バカだ。




**********


本当は中二病と天真爛漫な女の子の絡みにしようと思ってたんです。

中二病が独特の言い回しでアピールするけど、女の子側が気付かない、みたいな話。

気付いたらこんな感じになってたけど、これもこれで個人的には気に入ってます。


中二病と絡ませるならこういうキャラに決まってんだろ! というこだわりがある方は是非教えてください。

また、続きが気になる! という方がもし万が一いれば何らかの反応をして下さると嬉しく思います。

モチベーションが高まれば書くかもしれません。


最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

中二病のバカな彼と愛の天使な私 わだち @cbaseball7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ