丑三つ時、御伽神社にて。
オトギリ
第一章:二人の関係
前話:出会い
___これは、主人公である
九…ナイン、九尾。本名は「??」
九ノ江敬…主人公。この話では少年。
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蒸し暑い夏の日、
せめてもの抵抗で少しでも涼しくなろうと、神社の中に入るべく境内を進んでいくと倒れている人の子供が視界に入り、九尾はその足を止めた。
この暑さだ、外にこのまま放置していれば弱い人の子は死んでしまうだろうと考えた九尾は、せめて日陰に移動させてやろうと近寄っていく。
「…これは、もしや」
子供を抱きかかえてみれば、違和感に気付き眉をひそめる。普段は人に触れる等出来ない妖怪である九尾が、なにもしていないのに触れる、という事。そうして、子供…もとい、少年の手には真夏にも拘らず桜の花弁が握られていたのだ。
九尾が上を見上げてみればその傍には神社に古くからある桜の木。その桜の木からひらり、と桜の花弁が舞っているのが、九尾には視えていた。
そこで九尾は一つの仮説を立てる。人の子の間では七つまでは神の子と言われている事。そして、九尾が変化する前から触れる事が出来るという事は、この少年は少なからず視える。
認識していないモノには、人は触れない。それ故に、人ならざるモノに好かれてしまっているのだろうと。
…ここにある桜の木は付喪神となるには十分な年月が経っている。倒れていた少年は神隠しにあってしまったのだろう。桜の木に魅入られて。
となれば、話は早い。普段ならこういったことはしない九尾だったが、この少年に多少興味が湧いたのだ。この山一帯は九尾の領域であり、付喪神程度の神域であれば容易に突破ができる。そもそも、この御伽神社で祀られているのは、他ならぬ九尾自身であった。
ぐったりとしている少年を片腕で抱え、影になっている場所に寝かせると、すっと桜の木に向かって空いている左手を向ける。そうして小さく何かを呟いたかと思えばザシュ、と音を立てて空間が切り裂かれた。切り裂かれた先では、桜吹雪とも呼べるぐらいに花弁が舞い散っていた。春の暖かな日差しと、鳥の声。空間の先は、桜の木の神域であった。
「さて、邪魔するぞ」
一言告げるとその空間に足を踏み入れる。
この空間は神社を模している。否、桜の木がこの場所しか知らないからだろう、階段の下には空間が広がっていなかった。あくまでも九尾の推測に過ぎないが、境内意外にまともな場所はないのだろう。空を見上げてみれば、何処までも続きそうな青空だったが、太陽も雲は動くことはなかった。
一通り辺りを見た九尾は、あまり悠長にしていては手遅れになると判断し歩きだした。
思えばこの時から九ノ江に対して過保護気味だったのかもしれない。
歩きだして数分。九尾が入ってきた場所から丁度、死角になっている場所に少年は居た。木を背もたれとして座っている。すぐ近くまで歩みを進めても手に持った花弁を見つめていて九尾には気が付いていない。桜の木に魅入られているからだろう。視線が花弁から動く気配がなかった。
「小僧、
九尾が声を掛けると顔がこちらに向いた。きょとん、という音がつきそうな表情を浮かべて少年は首を傾げていた。自分自身が腕に抱かれているのが不思議なのだろう。だが、自身の状況に気がついたのか慌てて立ち上がろうとして転んでしまったのを九尾が立ち上がらせようと膝をつき、手を伸ばした。
「慌てるな、我は危害を加えるつもりはないぞ」
「…ほんとう?」
九尾の言葉を聞いて、恐る恐るだが差し出された手をとる少年。九尾がしゃがんだことで多少大きさの威圧がなくなったのだろう。九尾の身長を例えるなら、自販機と同じぐらいの大きさ(183cm)である。何故少年が怖がっているのか、九尾は理解できていないが、それはさておき。この空間から出ないことには話にならない。少年を抱きかかえて立ち上がると、小さく悲鳴が聞こえた。だが、そんなことは九尾にはお構いなしだった。ここは神域であり、付喪神は末端とはいえ神である。そんな場所に長時間子供がいたらどうなるか、なんて子供に限った話ではないが。
「どこにいくの?」
「小僧を此処に連れてきたヤツを探しに、な」
「ここ、わるいとこ?」
「少なくとも、小僧が来る場所ではないさ」
小さな少年の言葉に応えながら、九尾は歩みを進めていく。とはいっても、この神域の主が居そうな場所は一か所しかないだろう。
賽銭箱の前の階段に少年を座らせると、九尾は此処でおとなしくしているんだぞ、と声を掛ける。それに少年が頷けば頭を一撫でして九尾はまた歩き出した。
この神社で一番大きい桜の木。そこに、主は居た。正確には、九尾が無理矢理呼び出したのだが。
事の経緯はこうだ。まずはこの木に近寄る。桜の木からしてみれば、自身が気に入った子供を盗られている上に呼んでもいないナニカが入ってきたのだ。この時点で大分怒り狂っているだろうが、それに加えてさらに九尾が煽ったのがきっかけだった。
「桜の木よ、お主…この程度の空間で隠せたつもりか?笑わせるなよ」
は、と鼻で笑いながらこんな事を言う九尾の言葉を聞いてか、その場に桜吹雪が舞い散ったと思えば桜の木の付喪神は姿を現した。桜色の髪色をした短髪、どこか現代風なその服装と、髪の隙間から見えるツリ目がちなその瞳からは怒りを宿していた。そんな表情に九尾がまた笑ったのは言うまでもない。
「そう睨まれては恐ろしいなぁ」
「は、思ってないだろ。勝手に入ってきやがって、挙句の果てにバカにするとは」
ばちばち、と火花が散っているのではないかと思わせるやりとり。少年が傍に居たら泣いていたかもしれない。余裕の笑みを浮かべたまま九尾は言葉を続ける。
「さて、お主。名は?」
いつまでも名前がないのは不便だ、と思うのが半分。恐らく、付喪神になったのであれば名前があるのだろう、と思うのが半分。そんな九尾の心の内を読んだのか、嫌そうに付喪神は口を開く。
「………………
桜華、と名乗った付喪神は頭をくしゃ、と掻きむしった。こんな奴の名前なんか聞きたくないが、というのが見え見えなのだがお構いなしに九尾は言葉を返す。
「
九尾、改め叢雨の名を聞くと、桜華は掻きむしる手を止める。その表情を見ると嘘だろ、といった驚きも感じられる。
「叢雨…?ってことはお前、悪月の九尾か!」
悪月、というのは叢雨の二つ名の様なモノであり、この一帯で知らない物の怪はいないのではないか、と言うほどの知名度をしている。だが、当の本人は相変わらず表情を崩さずに「そうだ」と答えてしまっては流石の桜華も毒気が抜かれてしまい、先程までとは変わってため息をついたかと思うと、その場に座り込んだ。
「はー…いくらなんでもお前が関わってるとは思わないだろ」
知っていたら手を出さなかった、と付け加えた桜華。だが、神域を切り裂けるような力を持っているヤツなんて同じ神か、もしくは力の強い妖怪かしかいないのでは?と桜華は叢雨に言われ、入ってきたときに気がつけばよかった、とまた大きなため息をついた。
「神域はあけといてやるから早く帰ってくれ」
怒ったりため息をついたり忙しいな、と思っていた所に早く帰れと言われて九尾が少し考える素振りを見せる。この空間は常に春であり、気温も叢雨にとっては過ごしやすい。と、なれば。
「たまに来てもいいか?夏は暑くてかなわん」
先程まで火花を散らしていたとは思えない提案に桜華は馬鹿なのか?と思わず口からこぼれる。正直な気持ちとしてはこれ以上関わりたくないのだろう。だが、少年も一緒ならまだましか、と桜華は考えた。
「その代わり少年も一緒に来てくれ。それならいい」
「またな、桜華」
「じゃあな叢雨。
…ああ、そうだ。切り裂かれるのは面倒だから」
その言葉と共に何かを投げられる。それを掴めば、ちりん、と音が鳴った。掴んだそれを見れば、赤いヒモがついた鈴であり、鈴の周囲には桜の花弁が散っているのが視える。桜華の力が込められているものであり、目の前には現世の神社が映し出されていた。これだけで、この神域を出入りするときに使う鈴なのだろうとわかる。叢雨としても、切り裂いてくるのは手間がかかるのでこの鈴は有難く使うだろう。そんな考えを巡らせていたらその空間はいつの間にか閉じていた。恐らくだが、一定時間開く程度の効果しかないのだろうが、行き来するには十分の時間開いていた。これならば大丈夫だ、と叢雨は感じたのか少年の所に歩いて行った。
「帰ろうか、小僧」
そう声を掛けると少年は立ち上がって大人しく叢雨の近くまで歩いてくれば、出会った時と同じように抱き抱える。ちなみにだが、神域にいるのはあくまでも少年の魂であり、身体とは別である。本来なら身体ごと神隠しされるのだが、桜華の力がそこまで及ばなかったのだろう。もしくは、この
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以上、これが九ノ江敬と九の出会いである。ここから時が大きく進む。
丑三つ時、御伽神社にて。 オトギリ @Otogiri_ri
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