夭折レイトショウ

鑑真(純粋悪)

人生の二十二時



 発生。

 気づけば、見知らぬ街で一人立ち尽くしていた。

 どうしてここにいるのか、ここがどこなのかわからない前後不覚に、自分がたった今この場所に湧いて出てきたような錯覚に陥った。


 そんな錯覚を打ち払うように『自分』を思い浮かべる。

 ──出雲凛いずもりん。ごくごく普通の高校二年生。

 ……ああ、間違いはない。間違いなく今の俺には自分が自分として生きてきた記憶がある。

 思い起こす限り──なぜ、どうしてこの場に来たか。の記憶からここまでがすっかりと抜け落ちていること意外は、何一つ異常はないようだ。


 ……いや、違うな。

 こうして両の脚で立って、モノを考えている事そのものが異常なのだ。


「……夢、か?」


 ふと、思ったことがそのままに漏れる。

 異常な事態に頭がついていかなかったから、早々と現実逃避を選択した──というわけではない。


 ここまでの『最期』の記憶。それは燃え盛る病院で独り倒れ動けず、というものだった。

 知り合いの子供を助けに周囲の静止を振り切って、ミイラ取りがミイラに──と、乾物というよりも燻製か、なんて考えると自嘲的な笑みが漏れる。

 子供は助けたものの自分は煙を吸って動けなくなってしまい、ひどい吐き気の中息を引き取った。


 そう。

 端的に言って、俺は死んだはずなのだ。

 とくれば、これは今際の際の夢であると、そう考えるのが普通だろう。


 解せないのは、それにしては感覚がリアルなことと、知らない光景だ。

 最近流行りの異世界転生にしては馴染みが深い街並みだし、走馬灯にしては少々味気がない。


 それに──どこか、違和感というか。

 街は説明のし難い空虚さを湛えているようにも思えた。

 例えるならば、テーマパークに再現された中世の町並みのような。

 窓の光に息遣いを感じない、ハリボテのような感覚。


「……薄気味悪い」


 気がつけば、周囲には誰一人として歩いていなかった。

 それがまた、この光景が作りものであることを強調するようで。

 ここが、現実のどこにも存在しない場所であることを静かに語るようでもあった。

 となると可能性が高いのは夢ってセンだ。

 俺が見聞きしたモノを適当に寄せ集めた虚構の世界。

 そう考えるのが普通だろう。


 とすると──行くか戻るか。それが問題だ。

 漫画なんかじゃよくある話、今際の際に見た夢で『どちら』へ行くかでその後が決まる。

 理由はないが、きっと今がその時──行くか戻るかで命運が決まるのだろうと、俺は半ば確信をもって思っていた。

 最初に見ていた方向か、それとも後ろか。

 『戻る』というのには、この状況だと『前向き』な印象を受けるが、さて。


 正直にいえば、まだまだ人生ってヤツには未練が有る。

 なにせ高校二年生、十七歳という若い美空だ。やりたいことだって沢山あったし、心残りというのもそれなりにある。

 戻れることなら戻りたい。

 喩えそれがあの炎の中へでも、わずかでも可能性があるのならばそれに縋りたい。


 そんな事を考えたからか、漠然と感じる良くない予感を抱えつつも、わからないまま俺は踵を返す──


「まあ待て。そちらへ行っても戻れぬぞ」


 その振り返る身体を、声が止めた。

 幼い少年特有の、高い声。しかし、その声は妙に力強い知性を感じさせていた。

 奇妙な魅力を感じさせる声に脚が止まり、視線は惹きつけられる。


 いつの間にか最初に見ていた方向にいたのは、一言で表すならば──そう、探偵の格好をした少年だった。

 ブラウンを基調としたコートに、ズボン。頭に乗ったハンチング帽が、探偵という身分を語っているかのようだ。

 探偵に憧れた小さな子供──普通であればそう思うだろう。しかし、そう思うには少年の態度はあまりにも落ち着いており、何よりその瞳が知性と意思によって力強い輝きを発していた。

 根拠のない万能感ではない、永い時の中で重ねられた年輪のような、穏やかで自信に満ちた表情。とても見た目通りの、十歳やそこらの子供が出せる表情とは思えない──


 お前は?

 そう聞こうとする俺を遮るように、少年が続ける。


「お主がどういう理由でここに来たのかは知らん。だが、ここは死せる魂が最後に場所じゃ。お主が今行こうとしたそちらは、都の外。涅槃へと続く道ぞ」


 やたらと古風な言葉で、しかしそれを極めて自然に使いこなし、少年は語りかける。

 だがそれよりも──『死せる魂が最後に寄る場所』。そう聞いて、納得すると同時に落胆した。


 ああやっぱり、と。


 助かるほうが不自然だった状況だ。そりゃあそうだろうと思いつつも、取り返しがつかない状況を突きつけられれば気分は沈む。


「辛い事を告げてすまんの」

「……別に。死んだのは俺自身の選択が原因だ。名前も知らないヤツから謝られる道理はないよ」


 が、それだけだ。

 未練はあるが後悔はない。

 こいつが原因だと言うのならば話は別だが、そうでないのならば気を使われる方が苛立つ。


 行こうとしていた方を一瞥し、振り返る。

 此岸あちらに残してきたモノへのばつの悪さが、舌を打たせた。

 八つ当たりのようなロクでもない態度だ。だが、少年は無礼を目の当たりにして優しげに微笑んだ。


「成る程それもそうじゃな。これは紹介が遅れてすまなんだ」


 そして、帽子を取って大仰な礼を見せる。

 芝居がかった態度だ。そう思いつつも、俺は少年から目を離せずに一挙手一投足を見つめていた。


「わしの名前は伊勢鋼太郎いせこうたろう。この霊都で、世話役の真似事をして過ごしておる」


 古風な言葉で、しかしいたずらっ子のような瞳で、一曲踊りませんかとでも言うように胸に手を当てる。

 まるで子供が老人を演じているような──いいや、老人が子供を演じているかのような年季の入った表情。虚構が作るホンモノのような存在は、視界というスクリーンにレターボックスを幻視させる。


「良ければ、お主の名前を聞かせてはくれんか?」


 不可思議な感覚に息を呑んだのも束の間、俺は一気に銀幕の中へと引き込まれていく。

 死んだと思えばこんな場所に立っていて、ジジくさいガキに絡まれて──

 さっきからペースが乱れっぱなしだ。

 文句の一つも言ってやろう。


「……出雲、出雲凛いずもりん──」


 問いかけに皮肉で返してやろうとした俺は、しかし気がつけば予めそれが定められていたかのように、コンプレックスを持つ自らの名を呟いていた。


「そうか。文字通りに勇ましく、良い名じゃな。よい男子になるようにと願いを込めてつけられたのじゃろう」


 少年は今じゃすっかり女の子の名前として人気になったそれに、えらく古風な感想を述べる。

 今度こそ皮肉で返そうとした俺を、分かっているかのように遮って、続けた。


「ここは霊都。若くして死したる魂が最期に寄る、人生の二十二時──涅槃へ向かうその前に、良ければちょいと寄ってみてはいかがかね?」


 そして、手が差し伸べられた。

 『最期』のその前の誘い。

 子供の皮を被ったような謎の男なんて、悪魔かなにかとしか思えない。


 伊勢鋼太郎。そう名乗った男の目が、満足げに三日月を描く。

 だが俺は疑いもせず、その手を取っていた。


「霊都へようこそ、凛。お主がどういった理由でここへ来たかは知らないが、心ゆくまで最期のレイトショウを楽しんで行くがよい──」


 その瞬間、風で霧が飛ぶように、風景が切り替わっていく。

 気がつけば、俺は人々が行き交う中に居た。

 今の今までこの少年とたった二人だったとは思えないほどの賑やかさだ。

 夜闇の街を人が行き交うその様にハロウィンが想起される。


 死者の魂に気付かれないように仮装するのが、ハロウィンの起源だという。

 ならば今抱いた印象はそれほど遠いものではないのかもしれない──

 せわしなく動き回っていた視線を、微笑む少年へと縫い止める。


 少年は、極めて満足そうに笑っていた。

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夭折レイトショウ 鑑真(純粋悪) @onedora16

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