第2話
「今の話、聞いていたか?」
「……」
「返事は?レイ」
オレは思い切り息を吸い込んで叫んだ。
「ふざけるな―――――――!」
不必要なまでに広い局長室にオレの声が響き渡った。オレが怒鳴るのをわかり切っていたのか局長は耳を塞いで涼しい顔だ。
「聞いていたなら、返事をしろ」
局長は耳から指を抜き、腕を顔の前で組み再びそう言った。
「ノーだ!決まってんだろ」
オレは憮然として言った。
「今回の任務に『拒否』という選択しはない」
静かな物言いだったが有無を言わせない口調だ。
「絶対ごめんだ!ボディーガードなんて!」
そうなのだ。今回の仕事はあろうことかボディーガード。特獲ってのは賞金首の捕獲もしくは抹殺するのが仕事だろう。ボディーガードなんて管轄外だ。
「言いたいことは分かる。だが、何事も例外はある。生前特獲課に多大なる支援をしてくれていた八幡川朔太郎氏の依頼だ。無下にはできない。今回の依頼を断れば八幡川家から支援が打ち切られる可能性すらある。断ることは許されない」
八幡川家という名にオレはぴくりと眉を動かした。嫌な予感だ。
「八幡川って……もしかしてあの八幡川財閥なのか」
「そうだ」
局長はゆっくりと頷いた。予感的中。オレは盛大に舌打ちする。八幡川財閥といえば日本三大財閥の一つに数えられる巨大コンツェルンだ。揺り籠から墓場までじゃないが、やっていないことはないのではないかというほど、あらゆる産業に手を出している。ぶっちゃけるなら日本で暮らす以上八幡川財閥と関わらずに生きていくことは不可能だ。日本で生活している大多数の人間は気づいていないだろうが。
「しかしよぉ、なんだって死んだ人間がボディーガードを頼むんだ?死者にそんなものいらないだろう」
オレは頭をガリガリとかいた。
「ボディーガードの対象は彼の唯一の孫だ。八幡川アリスという。朔太郎氏の生前からの頼みだった。アリス嬢は自分の死後に命を狙われるからボディーガードをつけて欲しいということだった」
「よくわからないね、なんだって命を狙われるんだ?」
そう言うと局長は屠殺される寸前の哀れな豚を見るような目でオレを見て、諦めたように軽く首を振った。馬鹿と言われた方がはるかにマシだ。
「言いたいことがあれば言えばいいだろ!」
オレがそう言うとようやく局長は答えてくれた。
「アリス嬢は唯一の孫だと言ったろう。両親は彼女が幼い頃に亡くなっている。つまりただ一人の正式な相続人だ。八幡川財閥の財産はどれだけだと思う。彼女の存在を疎ましく思う親戚はごまんといる」
「はー、なるほどね」
全く人間とはくだらないほど同じことをする生き物だ。
「それに関しては同意見だ」
オレの考えたことが分かったのだろう。おまけにと局長は付け加えた。
「彼女は八幡川財閥の次期総帥と言われている」
さすがのこれはオレも驚いた。
「それは凄い話だな」
「ああ、まだ十六だということを差し引いてもな」
「はあ!?」
オレは思わず聞き返した。
「十六って言ったか?」
「そうだ」
「そんな歳で八幡川財閥の総帥だって!?」
「まだ正式ではないが、そうなるだろうと言われている」
含みのある言い方にオレは肩眉を上げた。
「意味ありげな言い方は止めろ」
「朔太郎氏が残した遺言状に正式な次期総帥が誰なのか書かれてあるそうだ。それが公開されるのはアリス嬢の十七の誕生日だということだ。まず間違いないだろう。それを快く思わない人間はごまんといる」
「そりゃ分かるさ。それにしてもそんな歳で八幡川財閥の総帥なんてやれんのか」
オレは懐疑的な目で局長を見た。
「アリス嬢は高いIQを誇る天才少女だ。朔太郎氏の生前から片腕として働いていたらしい」
「本当かよ」
オレは呆気に取られた。
「レイ、お前とは脳みその皺の数が違うのだろう」
「イチみたいなこと言うんじゃねえよ!」
オレは思わず吠えた。イチといい局長といい、どうしてオレの周りの人間はこうなんだ。
「もうお前にも分かるだろう。遺言状の内容はまだ分かっていないが、ほぼ確実に彼女が八幡川財閥の総帥になるだろう。そして莫大な財産を相続する……朔太郎氏の懸念は当然だ。実際不審なことがアリス嬢の周りで起き始めているそうだ」
「ふん」
オレは目を瞑り組んで壁に寄りかかった。話を聞いてやろうという気分になったからだ。
「しかしオレにお鉢が回ってきたってことは賞金首が絡んでいるんだろう」
にやりとオレは笑った。
「ああ、賞金首を雇ったという情報が入っている。そしてその雇い主の目星もついている」
その台詞にオレは片目を開けた。
「そこまで分かっているならなんで捕まえないんだ」
「証拠を掴めていない」
局長は静かな声でそう簡潔に言った。
「相手は八幡川の血筋だ。おいそれと手は出せん」
オレは顎を手で摩った。
「その証拠を押さえるのもオレの仕事の一つか?」
「心配せずともそこまでお前に期待はしていない」
「へいへい、そうですか」
オレは唇を尖らせた。どうせオレは戦闘しか能がありませんよ。
「証拠を押さえるのはこちらで行う。お前は賞金首からアリス嬢を守り抜けばいい。どのみち賞金首が動けばおのずと尻尾を出すだろう」
「あいよ。それでその賞金首の目星はついているのか?」
それによってオレの方向性も変わるというものだ。
「ああ、こいつだ」
局長は汚いものでも扱うように写真を指で弾いた。
「ふん、女か」
写真はブロンドを背中まで流した青色の目を三十代前後の女だった。モデルと言ってもおかしくないほどの美人だ。
「一応な」
「一応?」
「性転換手術をしてそいつは女になった。通り名は『派手好きのメリー』本名は不明だ。整形手術も数えきれないほど受けている。今の顔は写真とは違うかもしれん」
「メリーか、聞いたことあるな。つまり性別も怪しいということか」
オレは鼻を鳴らした。
「そうだ。ただ見てくれを含めて何事も派手にやるのが好きだということは分かっている」
「なるほど、それでこの顔か」
「そういうことだろうな」
「それはやりやすそうだな。ははっ、さぞかしオレを含めて派手に殺しに来るだろうな」
こういう輩はどんなに顔を変えていても会えば分かるものだ。オレはにやりと笑った。こっちもこいつに負けないくらいに派手に殺してやろうじゃないか。
「さてレイ、では早速お前には八幡川家に向かってもらう」
「はいはい」
オレは片手を上げて了解の意を示した。
「そこでアリス嬢と寝食を共にしろ。無論学校も同じだ。すでに転入手続きはしてある」
「はああああ!?」
オレは目ん玉が飛び出るんじゃないかと思うほど目を見開いた。
「どういうことだよ!」
「ボディーガードとして赴くのだ。二十四時間傍らにいるのは当然のことだろう」
頭の回転の鈍い奴だなと局長の目は物語っていた。
「二十四時間だと……」
「当然、寝室も同じ、風呂も一緒に済ませるように。お前が選ばれたのはそういう理由もある」
つまりオレが女性だったからというわけだ。
「同年齢というのも僥倖だった。不自然なく学校にも一緒に通える」
ちくしょう!だからボディーガードなんて嫌だったんだ。
「明日の朝十時にイチを迎えに行かせる。着替え等必要なものはこちらで用意するので武器だけ携帯して待っていろ」
いつも通りのことだが任務に対してオレに拒否権などあろうはずもない。オレは嫌々しぶしぶ頷いた。せめてもの抵抗とばかり盛大に舌打ちしてみせたが、局長は淡々と説明を続けるだけだった。
「アリス嬢の経歴、詳しい賞金首の情報などはイチから聞くといい。ああ、ちなみに作戦名は『白いカーネーション』だ。せいぜい赤く染めるなよ 」
話はこれで終わりだと言わんばかりに局長は出ていくよう手を振った。オレは犬かなにかかと言い返そうと思ったが無駄なので黙って局長室を出て行ったのだった。
「八幡川アリスの両親は彼女が四歳の時に事故死しています。その後は祖父母の元で育てらたようですが、四年前に祖母も病死しています」
「ふーん、なるほど」
イチの説明にオレは条件反射的に相槌を打つ。オレはボディーガードの相手の経歴になど興味はない。興味はあるのは賞金首の情報だけだ。
「局長からも聞いているかもしれませんが、彼女はIQ百八十と言われる天才です。実際八幡川朔太郎氏の生前から裏で財閥を動かしていたという噂もあります」
「そうかい、そうかい」
「聞いているのですか?猿だってもっと人の話を聞きますよ」
「うるせえ、聞いてるよ」
まあ、適当には違いないが、猿よりは聞いているはずだ。
「ここから本題ですが」
イチは運転席からぴらりと一枚の写真を見せた。
「これが目星をつけている人物です」
オレはちらりと見ながらそのイチの指先から写真を引き抜いた。
「……ただのおっさん、だな」
写真の人物は五十代くらいの冴えない印象に残らないどこにでもいるくたびれたおっさんだった。
「八幡川富次郎といいます。朔太郎の弟にあたります」
「朔太郎って爺さんは幾つで死んだんだ?」
「八十二ですね」
となると随分歳の離れた兄弟ということになる。イチがオレの考えたことを察したのだろう。説明を付け加えた。
「母親が違います。異母兄弟ということですね。朔太郎は正妻の子供ですが富次郎は愛人の子供です」
よくある話だが、いつだってこういう話は想像以上に根深いものだ。
「朔太郎が総裁になる前からも富次郎は役員になるでもなく、どこかのグループ会社を任されることもなかったそうです。表向きは富次郎が辞退したということですが、実際は違うようです」
「ふーん」
オレはうすらぼんやりした表情を浮かべるおっさんの写真を指先で挟みながらピラピラ揺らした。
「朔太郎もその先代も切れ者と名高い人でした。事業に私情を挟むことはなく、決して縁故で採用するようなこともなかったそうです」
「つまり」
オレはピッと写真をイチの耳元に突き出した。イチはそれをちらっと視線を疎まし気に向けて、直ぐに再び前を向いた。
「ええ、つまり。父親からも兄からも富次郎は無能だと判断されたということです」
「ま、そんなところだろうな。実際死んだ魚のような目をしているぜ」
それが生まれつきなのか不遇な扱いの末なのかはわからない。そんなオレに答えずイチは淡々と続けた。
「今は八幡川家の屋敷の離れに住んでいます。盆栽や水墨画など趣味に没頭した生活をしているそうです」
「へえ、そいつは優雅なことだ。子供はいるのか」
「ええ、三人います。三人とも富次郎と共に八幡川家の離れで暮らしております。富次郎の妻は三年前に他界してますね」
「そしてその子供も無能を受け継いだってわけか?」
「その通りです。彼らが朔太郎に取り立てられたことはありません」
オレは後部座席にごろりと横になって写真を眺めた。取柄のなさそうなおっさんだ。無能、いかにもその言葉がしっくりくる。会社にいれば一人はいる煙たがれるおっさん。一見すれば八幡川家の次期総帥を殺そうなんて大それたことをできそうにもない。だが自分の子供が絡めば別だ。財産を少しでも相続させたいと考えていたらどうだろう。
自分の子供と他人の子供は全くの別物。親ってのは自分の子供のためならどんなことだってやる。それこそ考えうる最高に残酷なことだって平気でやる。他所の子供がどうなろうと知ったことではない。形はどうあれ子供が絡めばエゴの塊になるのが親って存在なんだ。オレは誰よりも知っているつもりだ。
「恨みつらみも大層ありそうだなあ……」
オレはぽつりと呟いた。
「でしょうね。干されている自分たちとは裏腹にアリス嬢は次期総帥ですから」
つまりエゴだけでなくコンプレックスの塊である可能性も否定できないわけだ。オレはぽいっとおっさんの写真を助手席に放り込んだ。
「もうおっさんの話は十分だ」
「肝心のアリス嬢の話をしろということですか?」
「ちげーよ!興味ねえよ。賞金首の情報だよ、局長から聞いた以外にはないのかよ」
オレはがなりたてた。
「アリス嬢に実際会って見て話をすれば分かるでしょう」
「人の話を聞けよ!賞金首のことだ」
「百聞は一見に如かずですよ。ああ、すみません。こんな諺レイ様には分かりませんよね。失礼致しました」
「それぐらい分かるわい!」
オレがガオっと擬音が出そうなほど勢いよくイチに噛みついた。その瞬間、ギッと勢いよく車が止まり、オレは背面シートに叩きつけられる。
「てめえ!わざとだな」
「さて、なんのことでしょう。八幡川家に着きましたよ。降りて下さい」
オレがしぶしぶ降りると、イチもさっさと降りてオレのスーツケースをトランクから取り出す。その間オレは目の前の屋敷を見て口をあんぐりと開けていた。でかい門の前にいるのだが、玄関までどれくらいなんだ?豆粒みたいに見えるのがそれか?人を馬鹿にしているのかと思うくらい呆気に取れるほどでかい屋敷だった。塀はどこまでも続いていて果てがなかった。門の柵の間から見える芝生は一面に青々と広がっていて、芝生までもが『あなたとは違うのよ、一緒にしないで』と澄ましているようだった。ここは本当に日本なのか?
いつものオレなら気に入らねえと思うかもしれなかった。だがここまで桁が違う、というか次元が違うとある意味感心する他なかった。
「後ほどメールを送りますので確認しておいて下さい」
ぼけーっと屋敷を見ていたオレはイチの声に我に返った。
「ああ?イチは一緒じゃないのか」
「ええ。私は局長と共に別行動を取ります。私は男性ですので四六時中アリス嬢と一緒というわけにはいきませんから」
「そりゃ、有難いな!」
おれはにかっと笑った。
「イチの慇懃無礼な声を聞かないで済むかと思うと気楽だぜ」
ボディーガードなんて御免だと思ったが、予想に反していい環境で仕事ができるかもしれない。
「なにを言っているんですか?逐一連絡はします。定期報告を無視すれば減給だそうですよ。あなたには監視と指導が必要です。なにせレイ様は赤ん坊より自分の面倒をみられませんので」
「んなわけあるかよ!」
オレがそう言い返してもイチは踏みつけられたカエルを見るような目で見るだけだった。言いたいことがあるならはっきり言ってくれた方がマシというものだ。
「まあ、レイ様の主張は無視するとして」
前言撤回。はっきり言われない方がマシだった。
「とりあえず、アリス嬢にお会いして下さい。お屋敷でお待ちだそうです。では私はこれで」
イチはオレに押しつけるようにスーツケースを渡すと車に乗り込んだ。
「おい、もう行くのか!?」
オレは咄嗟にイチを呼び止めて、運転席の窓をごつごつと叩いた。
「なんですか?私も暇ではありませんよ」
イチは窓を開けると見るからに不満そうに言った。
「いや、オレ一人であの屋敷に行くのか?」
「私は一緒に行けないと言ったでしょう……おや、もしかして」
そう言うとイチは滅多に見せない笑みを浮かべた。それは背筋に悪寒が走るほど意地悪で性根の悪さが滲み出る笑みだった。
「私がいないと不安なのでしょうか?中々に可愛らしいことをおっしゃいますね」
そう言ってイチは含みのある笑い声を上げた。
「ち、ちげーよ!!!」
だんっと地面を踏み、顔を真っ赤にしてオレは吠えた。本当は嘘だった。あんな豪奢な屋敷を見て多少尻込みしていたのだ。どんな手強い賞金首と対峙しても恐れを抱いたことのないオレだが、どうもこういうところは小市民なのだ。
「私を頼りにして下さるのは嬉しいですが、少しは自立して下さいね」
「お、おいおい」
イチは言いたいことだけ言って車のエンジンを吹かすと走り去ってしまった。
「マジかー」
文字通り取り残されたオレは、どどーんという擬音が聞こえそうなほどのどでかい屋敷を見つめる他なかった。青空の下に鎮座するそれは屋敷というより城、白亜の城と言った方が相応しいようだった。
オレは仕方なくスーツケースを手に取り門扉に近寄った。どでかい門のすぐ横にはこれまたどでかいインターホンが付いている。
「とりあえず押せばいいのか?」
オレは頭をがりがりっとかくとインターホンを押した。ブーっという音がしてしばらくすると初老男性の声が聞こえた。
『お待たせいたしました。どちらさまでしょうか?』
「あー、特別特殊捕獲課の遙レイだ。連絡はいっているはずだが」
おずおずとオレは言う。
『恐れ入りますが身分証明書をお見せ下さい』
言われてオレは胸ポケットから特獲官証明書を見せた。まあ、これくらいは当然か。
『大変失礼致しました。今からお迎えに上がりますのでそこでしばらくお待ち下さい』
そう男性が言うとブツっと声は途切れた。待てと言われればここでオレのできることは待つしかない。屋敷を見ながら待っていると黒光りする車が近づいてきた。それは見る間に大きくなり、門扉の内側に止まった。止まると同時にぎっと音を立てながら門が開いていく。
唖然としてその光景を見ていると車からゆっくりとしかしどことなく優雅な所作で初老の男性が出てきた。おそらくさっきの声の主だろう。優し気な面差しだがその瞳は鋭い光を放っていた。男性はオレの前に立つと見本のような完璧なお辞儀をした。
「遙レイ様ですね。お待ちしておりました」
「お、おう」
こういった対応には慣れていないオレはらしくもなく狼狽していた。
「私は八幡川家の執事をしております鬼瓦耕三と申します。どうぞよろしくお願い致します」
「お、おう。こちらこそ」
「ではこちらの車にお乗り下さい。アリスお嬢様がお待ちです」
そう言うと鬼瓦という男は有無を言わせない雰囲気でオレのスーツケースを取り上げると、トランクへと仕舞い込んだ。オレが馬鹿みたいに突っ立っていると男は車に乗るようにオレを促した。
オレは言われるままに親の仇みたいにピカピカに塵一つ許さないと磨かれた高級車に乗り込んだ。まさか、この車で玄関まで行くのか?そう思ったら、そのまさかだった。
(この車って玄関と門を行ったり来たりするためだけにあるのか?)
そう聞きたかったがある意味怖くて聞こえなかった。オレってこんなに小心者だったか。当たり前のようにそこにそそり立つ噴水の横を通り過ぎた時だった。
「遙様」
「はひぃ?」
突然話しかけんなよ、変な声が出たじゃねえか!
「な、な、なんだ?爺さ、いや、鬼瓦さん」
咄嗟に言い直したが、オレは狼狽して上擦った声になった。こういう爺さんは苦手中の苦手だ。執事といっていたからこの爺さんと毎日顔を合わせなきゃなんねえってことか?冗談じゃない。
「どうぞ、私のことはお好きに呼んで下さい」
「は?」
「鬼瓦では呼びにくそうですので」
すっかりバレていたことにオレは少々ばつの悪い思いをした。
「あー、いいのか?」
「ええ、爺さんでいいですよ」
爺さんがくすりと笑った気配を感じた。思った以上に食えない爺さんだったようだ。
「じゃあ、爺さん、でいいか」
「はい、どうぞ」
「んじゃ、オレのこともレイでいい」
「お名前で呼んでよろしいのですか?」
「ああ、苗字で呼ぶ奴はオレの周りにはいねえから。遙様とか呼ばれるのは尻がムズムズするんだ」
オレがそう言うと爺さんが微笑んだ気配が伝わった。
「では、レイ様。ありがとうございます。私もレイ様のことはお名前でお呼びしたいと思っておりました」
爺さんから穏やかな雰囲気が感じられる。だがこれはこの爺さんの本性なのかはわからない。食えない一面と上品で温和な一面。きっとどちらも本当でどちらも嘘なのだろう。さもなくば魑魅魍魎の巣食う八幡川財閥の執事なんてやってられないに違いない。
「着きました、レイ様」
そうこうしているうちに玄関前にご到着だ。ご丁寧に後部座席のドアを開けられる。オレが降りると爺さんはトランクを開けてオレのスーツケースを取り出そうとしていた。だがオレはそれを制した。
「んなことしなくていいぜ」
オレはかっさらうように爺さんからスーツケースを奪った。
「しかし、お嬢様の客人に荷物を持たせるわけにはいきません」
困ったようなその表情にオレは初めてこの爺さんの人間味を見た気がした。
「オレはそういうお客様扱いが苦手なんだよ」
鼻を鳴らしてオレはふんと顔を背けた。
「さっさと玄関を開けてくれ、アリスお嬢様が待っているんだろ」
オレがそう促すと爺さんは深々とお辞儀をした。
「もう、そういうのはいいからさ」
オレが辟易して言うと爺さんは顔をさっと上げた。
「大変失礼致しました」
そう言うと玄関のドアノブに白い手袋をはめた手をかけた。ちなみにもう言うまでもないことだが扉も重厚でこれでもかというほど装飾が施されている。ギイィと重たいとしか言いようのない音を立てて扉が開いた。
そしてオレの前には一人の少女が佇むように立っていた。こいつが十中八九、八幡川アリスだろう。歳の頃はオレと同じだと聞いていたが、小柄なせいで中学生と言われてもおかしくない。栗色の髪に丸い眼鏡をかけていて前髪がその眼鏡にかかるほどに長い。目がほとんど見えず表情がよくわからないが、おどおどしているのだけは分かる。黒いシンプルなワンピースを着ている。生地こそ上等だがレースの一つもなく喪服のようでとても金持ちが普段着るようなものとは思えなかった。
「あの……初めまして。八幡川アリスです」
「あ、ああ」
つい観察してしまい、挨拶を忘れていたことを思い出した。形式ばったことは大嫌いなオレだが今回の仕事の雇い主は彼女だ。正確に言えば彼女の祖父が雇い主だが死んだ今同じようなものだろう。
「遙、様」
オレはすぐさまそれに待ったをかけた。
「ああ、それ止めてくれ」
アリスが戸惑ったのがわかった。
「オレのことはレイでいい。同い年だからな。オレもあんたのことはアリスって呼ばせてもらう」
オレが一気にそう言うとアリスは困ったように爺さんの顔を見た。爺さんは微笑みながらゆっくりと頷いた。アリスはそれで納得したのかまたオレの顔を見て、おずおずと言った。
「えと、レイ、さん?」
まあ良しとするか。
「ああ」
「改めて、初めまして、よろしくお願い致します」
アリスはぺこっと頭を下げた。三つ編みされた髪が背中で尻尾のように跳ねる。
「ああ。こっちこそな。よろしく、アリス」
オレはややぶっきらぼうに言った。爺さんといいアリスといい、どうもオレはこういった人種は苦手だ。外道共の相手の方がはるかに楽というものだ。
「耕三さん、レイさんをお部屋に案内しましょう」
「かしこまりました」
爺さんはまたもやオレのスーツケースに手を伸ばすが、さすがに行動パターンが読めてきてオレは先にそれを奪うことに成功した。武器は身に着けているから着替えしか入ってないので運んでもらっても支障はないのだが、やっぱりどうにも落ち着かないのだ。
厚いふわふわの絨毯が敷かれた廊下を歩き、案内された部屋にオレは一瞬フラッシュバックを起こす。どこぞの少女漫画にでも出て来そうなメルヘンに満ちた部屋。白とピンクで統一されたその部屋にくらりと眩暈を起こし吐き気を催す。レースの白いカーテンが揺れている。装飾された白基調の家具にピンク色の見るからに柔らかそうな絨毯、ピンクと白の薔薇が部屋中に飾られ、パステル調の絵まで飾られている。思わずオレはたたらを踏み、せり上がって来る胃液を飲み込んだ。
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでも」
オレは咄嗟に誤魔化し自分に言い聞かせる。ここはあそこじゃない。そしてオレもあの時のオレじゃない。今のオレは特獲官、シャスールだ。なんとか気を取り直すと爺さんがとんでもないことを言った。
「ここがお嬢様の部屋です。ご一緒に生活していただきます」
「あ?」
つい口を開けて間抜け面になってしまったが、局長の言葉を思い出した。『ボディーガードとして赴くのだ。二十四時間傍らにいるのは当然のことだろう』学校は勿論、寝室も風呂も一緒というのはマジだったのか。オレは思わず頭をガリガリとかいた。
「あの……ごめんなさい」
そんなオレに蚊の鳴くような声で謝ってきたのはアリスだった。下を俯いてワンピースを握り締めている。その小さな手は小刻みに震えている。オレは腰に手を当てて大げさにため息をついてみせた。
「なんで、謝るんだ?あんたのせいか?違うだろ。それにこれはオレの仕事だ。あんたを守るのがオレの仕事だ」
オレがそう言うとぴくんとアリスの小さな身体が震えた。さっきから思っていたことなんだが、こいつが本当に八幡川財閥を裏から支配している天才少女なのか。この小心者の事あるごとにびくついている少女が本当に?とても信じられなかった。
「そんなに怯えるなよ。必ずオレが守ってやる」
不承不承引き受けた、というか拒否権なく押しつけられた仕事だったが、仕事である以上は決して手は抜かない。必ず成功させる。それがオレのモットーだった。この程度で失敗しているようではアンノウンまではたどり着けないだろう。決して。
オレはポンとアリスの細い肩を軽く叩いた。予想通りびくんと身体を震わせたが顔を上げさせることに成功した。前髪に隠されてよく見えないが、髪の隙間から縋るような視線を感じだ。オレはにっと笑い、親指を立てて見せた。安心させてやるのもボディーガードの仕事だろう。
「任せておけ。オレはプロだ」
「は、はい!」
爺さんはなにか納得したものを感じたのか小さく頷くと「お茶を淹れて参ります」と言って部屋を去っていった。
(さて、どうするか?)
オレは目の前の自分よりやや低い背のアリスの前髪を見下ろしながら困惑してしまった。なにを話せばいいのかわからないのだ。オレとしては賞金首を雇ったという富次郎について突っ込んで聞きたいのは山々だったが、いきなり切り出してどこまで話してくれるか読めなかった。こういう情報収集はそもそもイチの仕事だ。オレの仕事じゃない。しかしここにイチはいない。裏で情報収集をしているに違いないが、アリスと直接コンタクトを取れるのはオレしかいない。
(どうする……何かきっかけになる話題はないか)
趣味?好きな食べもの?
(見合いかよ!馬鹿か!)
オレは自分をポカポカ殴りつけたい気分になった。
「あの……」
そんなオレにアリスがまたもやおずおずと切り出す。
「あ?なんだ」
「よろしければお部屋をご案内したいのですが……」
「あ、ああ。よろしく頼むぜ」
アリスの方から切り出してくれてオレは内心ほっとした。でも部屋案内ってなんだ?
「ここは居間になりますので……」
そう言って右手奥にあるドアを開けた
「こちらが私の書斎です」
奥は天井まで本で埋め尽くされた部屋だった。日本語と英語ならオレにも分かるがそれ以外の言語で書かれた本も多数あるようだった。窓の近くにはどっしりとした机があり、デスクトップが一台、それにノートパソコンが二台置かれていた。先程のメルヘンな部屋とは打って変わって、古いマフィア映画にでも出て来そうな雰囲気だった。
明かりが点いていないため薄暗い室内の埃は窓の光によって霞のように揺らめいている。夜目の聞くオレにとっては十分過ぎるほどの明かりだったので、本棚にぎゅうぎゅうに詰め込まれている本の背表紙を読むことができた。ジャンルは経済、法学、数学、物理、化学、哲学など多種多様なようだった。おそらく他の読めない言語のものもジャンルは多岐に渡っているのだろう。
「これを全部読んだのか……?」
心の中だけで留めるつもりだった驚きが思わず声に出てしまっていた。
「は、はい……」
静かな部屋でなければ聞こえなかっただろう小さな声でアリスは返事をした。
「すげえなあ」
オレが正直に感想を述べると何故かアリスは焦ったように言った。
「ほ、他の部屋をお見せしますね」
黒いワンピースの裾を翻してアリスはオレに背を向けた。なんか変なことを言っただろうか。問いてみたかったがアリスはとっとと元の部屋に戻ってしまった。仕方なく彼女について行く。今度は左奥の部屋のドアを開けて中に入るようオレを促した。
入って一目で分かった。寝室だ。部屋の真ん中にどでかいベッドがどんと置かれているので馬鹿でも阿呆でも分かるだろう。しかも大の男が五人くらい寝られるほどにデカいだけじゃなく、当然と言わんばかりに天蓋がついていた。映画やドラマでしか見たこともないそれをオレはほけーっと見ていた。
(本当に存在するんだな、こんなベッド……)
そんなことを考えていると、言いづらそうにアリスが口を開いた。
「あの、その……」
「あ、ああ。なんだ」
オレがアリスの方を振り向くと、指を擦り合わせて困ったようにしていた。口を開けたり閉めたりしている。余程言いにくいことらしい。イライラしてオレは早く話せと胸倉を掴みそうになったが、相手は雇い主だ。仕事仕事と自分に言い聞かせながら辛抱強く待った。
「ベッドはこれだけなんです……その……そう聞いていたので、他にベッドは用意してなくて」
「あ?」
こんなくそデカいベッドが二つも三つもあってたまるか。何を言っているかオレがわからないでいると、アリスはあのそのとわたわた続けた 。
「あの、ですから、一緒に寝ていただくことに……」
マジで文字通り二十四時間一緒ということか。納得して黙っているオレをどう思ったのか、慌ててアリスは謝った。
「ご、ごめんなさい、やっぱり嫌ですよね……」
項垂れてしょぼんと小さくなったアリスを見てオレはやれやれとため息をついた。
「こんなデカいベッド一つで十分だろ」
オレはどかっとベッドに腰掛けた。少したわんだがオレの体重くらいではびくともしなかった。
「オレはボディーガードだ、四六時中一緒にいるのは当たり前だ」
しょっちゅうある仕事ではないがボディーガードをやったのはこれが初めてじゃない。無理やりやらされたことはあるにはある。まあ、仕事だと割り切れば大抵のことはできる。
積み上げた仕事の先にアンノウンがいると思えば耐えられるのだ。
「それよりもオレと一日中一緒で抵抗があるのはあんたの方じゃないか?」
オレはベッドの上で軽く身体を弾ませながら問いた。
「いえ、そんなことはありません」
意外や意外、はっきりとアリスは否定した。
「オレは会ったばかりの赤の他人だぜ」
茶化すように言えば、アリスはオレの顔を真っすぐに見た。前髪の影から力強い光が放たれているのが分かる。ただのおどおどした少女ではなかったようだ。
「レイさんは誰よりも信用できる人です」
「幾らなんでも言い過ぎじゃねえか?オレは仕事だからあんたを守るだけだぞ。あんたの身を案じていたり心配しているわけじゃない」
オレはベッドから立ち上がって言った。それは事実だった。
「そういうところです。そう言う人の方が信用できるものです」
そう言って寂し気に微笑んだ。それはオレが見たアリスの初めての笑みであり、何故そんな寂し気に笑みを浮かべたのかオレは直ぐに知ることになる。
「失礼致します」
こんこんとノックする音が聞こえた。
「耕三さんが来たようですね」
そう言えばお茶を淹れて来るとか言っていたことをオレは思い出した。寝室から隣の部屋に戻ると、爺さんがワゴンを押して部屋に入って来るところだった。
「おお」
オレはワゴンを見て目を見開いた。ワゴンの上にはティーポッドやカップの他にも三十センチはあるだろうケーキスタンドが鎮座していたからだ。スタンドにはマカロンやミニケーキ、サンドイッチやフルーツが盛りつけてある。思わず腹が鳴りそうになった。実は渋滞のせいで時間に遅れそうだからとイチによって昼飯抜きにされたのだ。コンビニくらい寄れたが車内でモノを食うのをイチは異様に嫌うのだ。それぐらい寛容になれよなと思うのだがイチは自分の主義主張を曲げたことがない。
「紅茶が冷めないうちにどうぞ」
爺さんにそう言われ、アリスにも促されバルコニー近くの丸い白テーブルへと案内された
「美味そうだなあ」
オレは注がれた紅茶に口をつけた。鼻孔を擽るかぐわしい香りがいつも飲んでるパックの紅茶とは別モノだと主張していた。砂糖や蜂蜜を入れていないのにほのかな甘さが舌を震わす。美味くて半分くらい一気に飲んでしまった。サンドイッチに手を出し、ぱくっと食むと絶妙な塩味が紅茶に合う。具材はシンプルにきゅうりとハムだったが目茶目茶美味かった。
腹が減っていたこともあってケーキやマカロン、クッキーなどもオレはあっという間に平らげてしまった。ガツガツ食べているのは毒殺などの心配はほぼないからだ。派手好きのメリーは毒殺はしない。理由はいたってシンプル、地味だからだ。メリーは何事も派手ではないことは自分に許さないのは有名だ。というかそれが大きな特徴なのだ。賞金首は多かれ少なかれこういった自分のポリシーを持つ輩が多い。まるで連続殺人鬼だなと思う。まあ、似たようなものかもしれないが。
「お口には合いましたか?」
くちくなった腹をさすっているとアリスがオレに声をかけた。アリスはまだ半分くらいしか食べておらず、ケーキをゆっくりフォークで切りながら口に運んでいる最中だった。
「ああ、滅茶苦茶美味かった」
オレが素直に感想を言うとアリスは嬉しそうに微笑んだ。
「シェフの松岡さんに伝えておきますね。私が生まれる前からここで働いて下さっているんです」
お抱えシェフということか。まあこれだけの屋敷なら当然だなと思う。
「そうか、ここにいる間楽しみだな」
オレがそう言うとそれからしばらくただ静かな時間が流れていった。ケーキを美味しそうに食べる小柄な少女、黙って佇む生真面目執事。一目で上等なものと分かるレースのカーテンの合間合間から差してくるプリズムのような白い初夏の光。白いテーブルの上に並べられたアフタヌーンティーセット。現実感のないおとぎ話のような光景にオレは否応なしに過去を思い出す。
同じようにこんな平和で美しい光景はまやかしなのだ。この少女を妬み、命を奪おうとするほど疎んでいる人間は確かにこの同じ屋根の下に存在しているのだ。狂気はいつだって天国のように美しく優しい道の先にあることをオレは知っている。
不思議の国のアリスの世界に迷い込んだようなお茶会が終わり、持ってきた荷物を片づけてイチからのメールを確認していると夕飯の時間になった。アフタヌーンティーのボリュームがあり過ぎてあまり空腹感は覚えてないのだがこればっかりは仕方ない。
オレは呼びに来た爺さんとアリスと共に食堂へ向かった。なんというか食堂は予想通りという部屋だった。白いテーブルクロスがかかった長方形の長細いテーブルの上にはご丁寧に蝋燭まで灯されている。なんの意味があるのか天井にはシャンデリアが下がっていた。全体的にアンティーク調にまとめられており、メイドが三人も控えている。飯を食うのになんでここまでするんだという感想しか浮かばなかった。だがそんな食堂の様子に呆れる気分も座っている人間たちを見て消え去った。
「夕食は離れの大叔父様たちと一緒に取ることになっているんです」
アリスが耳打ちして教えてくれた。アフタヌーンティーの時のような華やいだ雰囲気は微塵もなくこの夕食の時間が彼女にとって憂鬱なものであることは想像に難くなかった。
席には四人の男が先に座ってオレたちを待っていた。一人は写真で見た富次郎に間違いないだろう。もう三人の若い男が富次郎の息子たちだろうか。単刀直入に言うと誰もが卑しい顔つきをしていた。視線は全てアリスに向かっている。妬み嫉み、そして憎悪。負の感情だけが彼らを支配しているようだった。なるほど、赤の他人であるオレが信用できるというのはこういうことか。あのアリスの笑みの理由が理解できた。
「ご紹介します。私の友人の遙レイさんです。ご両親がお仕事で海外に行かれている間、うちで暮らしていただくことになりました」
ああー、そういう設定なのか。イチからの説明を忘れていたオレは「そうか」と思っただけだった。富次郎の息子たちは誰もオレのことなんかに興味がないようだった。だが富次郎だけは不審そうな目をオレに向けていた。
「こちらが富次郎さん、亡くなった祖父の弟さんです。私にとっては大叔父に当たります。それから長男の富雄さん、次男の富之さん、三男の富司さんです」
アリスはそう説明してくれたが全員同じような名前でわからなくなりそうだ。
「いつまで居候させておく気だぁ?」
不満を隠すことなく言ったのは、富雄、だったか。居候はどっちだよと喉まで出かかったがなんとか飲み込んだ。富雄は見た目まんまニートと言った風のメタボで三十代くらいの清潔感の感じられない男だった。
「三か月くらいです」
アリスは表情を変えず淡々と言った。富雄は「ああ、そうかい」そう言ったきり、手元のスマホに目を落としなにやら激しく指を動かしている。まあ、おそらくソシャゲでもやっているのだろう。あの調子だと課金も相当しているに違いない。自分で稼いだ金でもないだろうに。
「それよりさっさと飯にしようぜ」
足を投げ出すように座りながらそう言ったのは確か次男の富之だ。二十代の男で髪を金に近い茶色に染めている。イケメンと言った容姿を持っているが、軽薄という言葉がこれほど似合う男もいないだろう。こいつもソシャゲこそやっていないようだが左手に持ったスマホをちらちらと見ている。
「どうぞお座り下さい」
申し訳なさそうにアリスがそう言うと爺さんが椅子を引いてくれた。オレは腰掛けて黙ったままの三男にそっと目をやった。そいつはどこを見ているのかわからないどんよりとした目でただ黙って運ばれてくる料理を待っているだけだ。特徴といえばアトピーが見るからに酷いということくらいしかない。痒いのだろう時折頬をぼりぼりかいている。
オレを不審げに見ていた富次郎だったが今は淡々と運ばれてきたスープを飲んでいる。オレは少し、いや、かなりだ。嘘じゃねえぞ、本当にちょっとは考えたんだ。まあ、うん、ちょっとだけな。とにかく考えて、そして言うことにした。
「アリスが言った友人っていうのは嘘だ」
四人の男の動きが止まった。
「オレはアリスを賞金首から守るために来た特別特殊捕獲官、シャスールだ」
その場にいる人間の視線がオレへ注がれた。これは面白そうなことになりそうだ。オレは今朝のコイントスはラッキーデーだったことをふと思い出したのだった。
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