見切り品4 「餃子の無駄撃ちご苦労さま♡」

 私立明院小学校。私の通う小学校がここだ。


 義務教育制度で誰しもが公立の小中学校まで無条件で通えるこの国にあって、わざわざ私立の小学校に通うということは大別して2つほど理由がある。ひとつは将来の進路の発端として、そしてひとつは親の見栄のため。


 私の場合はどちらかと問われると難しい。学習塾の講師である母親からしたら自分の娘が良いとこに通っていなければ箔がつかないという事情もあるかもしれないが、かといって子供をトロフィーとしか見做していない冷たい毒親とも思えない。


 まあ何にせよ、何かと子供だてらに背伸びしたがる私にとって、クラスメイトがやや大人びているこの学校は性に合ってるのでそこは親に感謝しているが。




「あら?陶山さんのご自宅はあっちではなかったでしたっけ?」

「ああ、今日は叔父の家に泊まることになってるので。」

「そうでしたね。陶山さんのご両親はお忙しいですからね。」


 放課後の通学路、学友の問いかけに私は答える。うちの両親は共働き、かつどちらも多忙が過ぎるためたいてい家には私一人になってしまう。そんな状況を憂いて、週に1・2度ほど一人暮らしの叔父の家に泊めてもらえるよう私から頼み込んだのだ。


 そう、私から頼み込んだのだ。


 叔父のアパートへ向かう道すがら、コンビニに立ち寄る。用があるのはトイレの個室。大や小を済ますのではない。学生鞄と別に用意している大きめのバッグを開き、窮屈な制服を脱ぎ捨て、中に入っている小洒落こじゃれた服装に着替える。化粧をしアクセを纏えば、マジメくんな私立小学生の姿は消え、頭の悪そうなギャルめいた少女が姿を現した。


 親の不在時にネットを覗いて得た知識。

「独身男は胃袋で掴め」

「パパ活必勝はちびギャルコーデ」


 それらがどこまで正しいかはわからないが、勝ち筋が見えないなら藁にも縋ってしまうのが恋する乙女というもの(自分で言うのも何だが)。親が用意してくれる食事に不満は無いにもかかわらず独学で料理の勉強をし、自分としては生理的に受け付けないファッションや喋り方の知識を仕入れた。たとえこの方向性が間違いだったとしても、今更このキャラクターを変えることなどできない。ただ突き進むのみだ。


 すべては、独身の年上男をオトすため―――






「ただいまー。」

「おじさんおかえりー☆お風呂にする?ご飯にする?それともー…」

「馬鹿言ってないでとっとと居間に戻ってろ。飯にするんだから。」


 先んじて合鍵でアパートに入り勉強をしていると、数時間して家主が戻ってきた。堅物の女は親しみが無いということならば、こんな姿を見せるわけにはいかない。馬鹿丸出しで叔父を迎える。軽くあしらわれてしまったが、実は割と本気なのは内緒の中の内緒だ。


「で~、今日はどんなくそざこ総菜買ってきたの?」

「まあ、今日だけはその言葉を認めざるを得ねえかな…」


 そう言ってエコバッグから取り出した総菜に、私は戦慄した。びちゃとぬめっとした白い皮、申し訳程度の焦げ目、そして冷めて一層臭い立つニンニク臭…個人的買ってはいけない総菜ランキング堂々の一位「焼き餃子」であった。


「…正気?」

「しょうがねえだろ、これしか残ってなかったんだから…」


 思わず素が出てしまいそうになりながら問う。叔父も諦め気味なところを見ると、彼もまた同じ意見のようだ。


 焼き餃子というものは「味の持続力」という点においてはあらゆる料理の中でもかなり低い位置にあると思う。モチっとした皮の弾力、パリッとした焼き目の歯ざわり、そしてひと噛みすると溢れる肉汁と旨味、それらは焼き立てを食べてこそ最大限に堪能できる。


 しかし時間が経つたびに皮はしなり、焼き目は張りを失い、肉汁も冷え固まり口の中でべたつく。再加熱するにしても、電子レンジでは焼き目は蘇生せず、フライパンで焼き直すそうにも今度は焼き目ががさらに焦げ付き苦みが出る。多少の例外はあるだろうが、常温以下になったときの焼き餃子というのは基本煮ても焼いても食えたものではないのだ。


 それでもだ、叔父と囲むこの食卓を陰鬱なものにしたくはない。叔父にはいつも、美味しいものを食べて笑顔でいて欲しい。だから私は意を決して高らかに宣言する。


「しょーがないなー。じゃあみきりがこのくそざこ餃子、おいしく調理リメイクしてあげるね♡」






 とは言ってはみたものの、煮ても焼いても食えぬもののリメイクなどやったことがない。ここから先は一切アドリブ、しかし料理上手をアピールするためにも動揺を見せてはならない。まずは冷蔵庫で使えそうなものを探す。


 がらんとした冷蔵庫の中にはビールと幾分かの調味料、そして豆腐とネギぐらいしか無かった。これもう餃子諦めて冷や奴か湯豆腐でいいんじゃないかとめげそうになる。その時、私に天啓が舞い降りた。一か八かではあるが、その閃きに賭けるしかない。


「おおいっ!?何してんだお前!?」


 叔父が驚きの声を上げる。そりゃそうだ、いきなり冷えた餃子の中身をほじくり出し始めたら何の奇行とか思うのも当然だ。そして皮と中身に分けたあと、中身は荒くほぐし皮は細かく刻む。ついでにここでネギも刻み、豆腐を賽の目状にカットしておこう。


 次は部屋に戻り鞄をまさぐる。この中には着替えのみならず、こういう時のために叔父が持ってい無さそうな調味料も入れているのだ。バルサミコ酢・ナンプラー・母親経由で手に入れた味噌カツのタレetc…そして今回使うのは、豆板醤と甜面醤、鶏がらスープの素だ。


 フライパンを火にかけ、ごま油を熱したらネギと持って来た調味料を加え炒めて香りを出す。そして次に加えるのは餃子の中身。おたまの背で潰してさらに細かくほぐしながら調味油で炒めていく。そこに水とがらスープの素を加え、沸騰してきたら賽の目に切った豆腐と餃子の皮を投入、更に煮込んでいく。


「あれ、これって…」


 流石にここまでのヴィジュアルと香りから、叔父も私が何をしたいのかを察したようだ。いつもならここで小生意気な軽口でも叩くところなのだが、今回は本当に余裕が無い。綿密な味見のもと塩コショウと醤油で味を調え、たっぷりのラー油を回し掛けたら、最後は水溶き片栗粉でとじてをつけて完成だ。



「はぁ…はぁ…と、ゆーわけで『くそざこ餃子が転生したら鬼ウマ麻婆豆腐だった件』かんせーい!!」



 ……ぶっつけ本番アドリブ料理のプレッシャーから解放されたせいか、テンションがおかしくなって変な名前を付けてしまった感は我ながら否めない。


「おおっ!?思ったより見た目も香りもそれっぽいな!」

「まあねー。挽き肉とニンニクっていうパーツは共通してるからねー。そこに目が行くのがみきりのスゴイとこって言うかー。」


 熱い自画自賛で得意げな顔を作って見せるが、実際自分でもよい着眼点だと思う。しかし一番の問題は味だ。数度に渡る味見で調整はしたものの、それが叔父の舌に合うとはわからない。


 皿からレンゲで掬い取り、口に運ぶ叔父。いつもこの瞬間が一番心臓に悪い。自分でも自宅で数度試して味に確証のあるユッケ丼や唐揚げでもそうだったのだ。ましてや今回は今その場で思いついた即興リメイク料理。その緊張感たるや想像を絶するもので―――




「うん!しっかり麻婆豆腐してるわコレ!!」


(いよっしゃああああああああ!!!!!!)




 叔父の感想を聞き、私は心の中で勝ち鬨を叫んだ。そして美味しそうに麻婆豆腐を頬張る彼の姿。全ての苦労と緊張が報われた瞬間である。


「ま、まあね!なんていうかみきり、天才だから?」


 あくまで小生意気なちびギャルキャラで通してる我が身、喜んでるのが顔に出てしまうのを誤魔化すために軽口を叩く。そして自分もレンゲで麻婆を掬い一口。


 うん、確かに思いの外よくできている。餃子の中身と四川風のは、ある意味当たり前なのかもしれないが、まるで違和感が無く馴染んでいる。勿体ないと思い刻んで加えた餃子の皮も、元よりでろでろになっていたものの、のとろみでつるりと口の中に入っていく。味の邪魔にもならず、ちゃんとボリューム増しの役割を果たしていた。


 叔父のほうを見れば、白いご飯の上にたっぷりとかけてかっ込んでいた。皮のせいで禁断の炭水化物×炭水化物どんぶりの取り合わせになっているのだが、そんなモン知った事かとばかりの勢いだ。


 ―――そんな心の底から食べることを楽しむ叔父の姿に、私は惚れたのだ。






「ふー、ごちそうさん。いやー食った食った。」

「おそまつさまです、メタボまっしぐらおじさん♡」

「カロリーの事は言ってくれるな…てか作ったのはお前だろ。」



「でもまあ、嫁無し彼女無し自炊も上手くねえ俺がこうやって美味い手料理が食えるってえのは、健康のこと差し引いてもラッキーなことなんだよな。美来里、ホントありがとな。」



 屈託のない笑顔と、大人なのにびっくりするほど素直な謝意。それは私の胸を大きく高鳴らせた。


 齢の差に血縁、常識的に考えれば私のこの想いは実るわけがない。恋は盲目と言えど、結果の出ないものにこれだけの労力をつぎ込むことに疑問を抱く日もあった。


 しかし、叔父のこの笑顔を見てしまうとその疑問も吹き飛んでいく。そう、今はこれでいいのだ。この笑顔を独り占めできるのならば。


 陶山美来里、11歳の初恋であった。


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半額メシガキ みきりちゃん 薬師丸 @yakushimaru

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