第16話
「あっちは始まったみたいだね」
少しばかり時は戻り、倉庫の中では黒星と陰影の二人が相対していた。
にこやかな笑みを浮かべて言う陰影に対し、表情一つ変えず物言わぬ黒星。対照的な二人だった。
「てかさー、なんで逆さまなの?頭に血、昇らん?」
陰影の純粋な疑問に、黒星はきょとんと小首を傾げて返す。
「いやいや、そんな『何言ってるんだ、こいつ』見たいな顔されても………」
陰影は人差し指で頬をぽりぽりと掻き苦笑する。
「まぁ、いいや。さっさとヤろうか。PvPなんて初めてやるなぁ。楽しみだ」
彼は肩をくすめてそう言うと、今度は右手を当てながら左肩をぐるぐると回す。その表情は遊園地に来た幼子の様に輝いている。これから始まるであろう戦いが心から楽しみであると言わんばかりの顔つきだった。
「………」
そんな彼を見る黒星はうんざりとした表情を浮かべる。
なんで自分が戦わなければいけないのだろうか。早く帰って愛するペットと触れ合っていたい。ちゃんとご飯は食べているだろうか。自分と会えなくて寂しい思いはしていないだろうか。
そんな思いを胸に、はぁ、と一つため息を吐くと、先制攻撃を仕掛けることにした。面倒ごとはさっさと片づけるに限る。
彼女が魔法を発動すると、陰影の丹田の辺りに指の爪程の小さな黒い点が生じた。黒点は陰影の肉体もろとも周囲の全てを吸い込む。空間がひしゃげ、黒点へと向かう暴風が吹きすさび、倉庫内に置かれたあらゆる物がそこへ飛び込んだ。
吸い込まれていった物が一個の塊となったのを見て、黒星は魔法を解除した。
発動時間はほんの一瞬だったため、倉庫自体は破壊されることはなかった。しかし、柱や天井がガタガタと激しく揺れていたことを鑑みるに、後数秒発動していれば、この倉庫自体が一つになっていただろう。
「あっぶなかった~。やばくね、ソレ。チートやん。こんなんチーターや~」
魔法を解除した黒星の背後から、そんな気の抜けた声が聞こえる。
彼女が前へと飛びのきながら振り返ると、そこには腹に穴の開いた陰影が立っていた。彼は腹の穴など気にもしていないのか、黒星の魔法に対して巫山戯たことを宣いながらも目を爛々と輝かせていた。
「いや~、すっごいねぇ!いや、ほんとに。良いもの見せてもらった代わりに、俺のも見せてあげるよ!」
「がふっ………」
彼が満面の笑みでそう言うと、黒星の衣服の影から黒い槍のようなものが伸び、彼女の身体を滅多刺しにした。四方八方、ありとあらゆる方向から伸びる影槍は、彼女の頭を、頸を、胸を、肩を、腕を、腹を、腰を、腿を、脛を、肉体の悉くを貫いたのだ。
「………痛い」
彼女はその残虐な針治療を受け、ぽつり、と消え入るような声で呟いた。しかし、その声は状況に相応しくない、まるで紙で指を切った程度の物だった。
「いやいや、痛いじゃ済まないでしょ。ははは、やっぱ
腹に穴の開いている自分のことを棚上げしながら、彼はけらけらと笑う。
「おっと、危ない」
彼はひらりと身を翻して黒星の反撃を躱した。目の前に忽然と現れた黒点を自身の影を操作し閉じ込めれば、隔絶された影の中では黒点は無力と化す。
黒星は反撃が無力化されたのを見ると、更なる反撃を行った。黒点を乱雑に発生させたり、物を飛ばして物理的な攻撃を仕掛けたり。
陰影はそれらを避け、時に影の壁で防いだりして対処する。
「ははっ、楽しいねぇ!」
「………」
二人の攻防は周囲を滅茶苦茶にしながらも、続いていった。
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「それで、何時行動に移すんです?」
ブレストテレス王国王宮内の一室。伯爵家であるドットツリー伯爵に宛がわれたその部屋で、革張りのソファに腰掛けた赤髪の男が、同じ部屋の中で苛立たし気にうろつく小太りの男に問いかけた。
「なんの話だ?」
小太りの男、ボールド=ドットツリー伯爵は赤髪の男、
「いやいや、貴方ではなく。中の方に聞いてるんですよ」
処刑者は首をふるふると横に振って言う。その顔には薄っすらとした笑みが浮かんでおり、それは憐憫の表情にも思えた。
その表情を見たボールドはむっ、と眉間の皺を深める。プライドの高い彼は、自身の部下とも言える処刑者にそのような表情を向けられることは我慢ならないことだった。しかし、それ以上に処刑者の言っている意味が良く分からない。
「だから、なんの話だと言っている」
「良いじゃないですか、出てきてくれても。どうせ誰も聞いてませんよ」
処刑者はボールドのことを無視しながらも、彼に向かって話しかける。正確には、彼の中に潜む何者か、にだ。
「いい加減に、………う、ぐっ」
訳の分からない話を続ける処刑者に対して声を荒げようとするボールド。しかし、それが叶うことはなく、彼は言葉の途中で胸を押さえて蹲ってしまった。
彼は数十秒の間、苦しみに胸を掻きむしる。その後、彼は立ち上がると、それまでの苦悶が嘘のように平然とした顔で処刑者に向き直った。
「あぁ、済まない。向こうの様子を窺っていた」
「いえいえ」
「それで、行動を何時起こすか、だったか?」
「はい。ボクは何時でも大丈夫ですよ?」
能面の様に感情を感じさせないのっぺりとした表情のボールドに対し、処刑者は爽やかに微笑みながら話す。
「ふん、そうだな。向こうも遊び始めたみたいだし、そろそろ初めても良いころかもしれん」
「おぉ、やっとですか。いやぁ、待ちましたよ。貴方が話を持ち掛けてから、もう五年くらいですか?」
「仕方がないだろう。大陸の方を整理するのに時間が必要だった。舞台はしっかりと整えねばならんからな。折角邪魔の入らなそうな場所なのだ。後ろから突かれて気が散るのは我慢ならん」
それこそが、この男の中に潜む者がブレストテレス王国に目を付けた理由だった。
他の国から隔絶された半島という地形。隣接する国は一国のみ。他は海に囲まれ、安易に手を出せない。加えて、半島内は一つの国として纏まっており、しかし、連合王国という政治体系から仲間同士でも完全な信頼というのは難しい。これ以上に自身の望む舞台として優秀な材料はなかった。
だからこそ、唯一の隣国であるディヴァイル国王を乗っ取り、帝国まで育て上げ、邪魔が入らないように舞台を整えた。ここまで来るのに二十余年かかったが、彼からしてみれば何て事のない、寝て覚める程度の時間に過ぎない。
「一応言っておくが、まだ仕上げの段階だからな?本番はまだだ。今回は荒らして種を撒くだけでいい」
「分かってますよ」
ボールドの釘刺しに処刑者は小さく頷く。
「いやぁ、それにしても楽しみだなぁ。あぁ、そうだ!ボク、やっと運命を見つけたかも知れないんですよ!知ってます?糸使いの」
処刑者はパンと手を叩いて言う。彼の笑みはこれ迄にない程満開に咲いており、その様は宝物を自慢する幼子のようだった。
「あぁ、知っている。今、絢爛と遊んでいるぞ」
「まったく、羨ましい限りですよ。まぁ、少しの浮気くらいなら許しましょう。どうせボクの元へと帰ってくる。運命ってのはそういうものでしょ?」
彼は何の確証もないことを、さも当然のことかのように宣った。そも、彼が運命だと呼称しているラインは明確に彼を拒絶しているのだが、そんな事は彼には関係ないらしい。
彼もまた、魔法使いである。つまりは、自分の頭の中の事こそが世界の理なのである。
「さて、そろそろ我らも動こうか」
「はい、行きましょう」
二人は動き出す。その閉塞された半島に未曾有の混乱を巻き起こすために。
【凍結】揺蕩う糸の如し余生 国寺英果 @AKKD
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