第15話

「さて、と。お前が誰だかは知らないけど、お嬢を攫ったんだ。覚悟は出来てんだろうな?」


 ラインは倒れて咳込む絢爛ラックスに向かって言う。

 

「ッチ、いきなりご挨拶だな。この国の魔法使いは礼儀も知らねぇのか」


 彼女は埃で汚れてしまった指の宝石を服の端で磨きながら立ち上がると、 絢爛はぎろり、とラインを睨みつけた。


「ガキ攫うような奴らに礼儀なんていらないだろ」

「ふん、まぁ、いいさ。元々、お前らとは一戦交えろって命令なんだ。やってやるよ。私等に勝てたら、大人しく引いていくさ」

「ふぅん?意味わからん。何なのお前ら」


 ラインは釈然としない様子で眉を顰める。態々他国の魔法使いと戦ってこい、などというのは、全く持って理に適っていないように思えた。


「私だって意味なんて分かってないさ。ただ、命令聞いてりゃ宝石もらえるんだ。安いもんだろ」


 彼女は肩を竦めてそう言うと、ラインに対し手のひらを翳し、光球を作り出す。光球はゴルフボール大の大きさになると、光線として発射された。

 ラインは布壁を作り出して、それを防ごうと試みる。しかし、光線はいとも簡単に布壁を焼き貫いてラインの身体までもを貫いた。

 彼の身体に焼かれるような激痛が走る。鳩尾に穴が開き、患部周辺が焼け焦げた。

 光線はラインを貫き、そのまま子供たちの方へと突き進んだ。


「ふふん、無駄です。私が居る限り、子供たちに掠り傷一つ負わせませんよ」


 目にも止まらぬ速さで空を行く光線は、しかし、子供たちに辿り着く前に、何かに阻まれるようにその動きを止めた。

 全身を襲う激痛に膝を付いたラインが、そちらを振り向くと、教皇がしたり顔で腕を組んでいた。光線を止めたのは彼女の魔法の盾によるものだ。


「さぁ、やっておしまいなさい、裁縫屋テイラー。膝を付いている暇はありませんよ」


 教皇は大げさに片手を前へ突き出し、もう片方の手を腰に当てて言う。


「言われなくても」


 ラインは彼女の言葉を受け、膝を付いた体勢のまま反撃に出た。反撃を悟られぬよう、地中を介して糸を張り巡らせると、絢爛の四方八方から糸を展開する。彼の糸は鋼よりも硬くなり、絢爛に対し突き刺す様に襲い掛かった。

 絢爛は自身の周囲に幾つもの光球を出現させると、それらを巧みに操作して迎え撃つ。

 まるで蛇のようにうねりながら襲い掛かる鋼糸と、自由自在に俊敏な動きで糸を燃やしてゆく光の球。

 たった数秒の攻防の後、ラインは次なる手に出た。右腕に纏わせるように糸を編み、巨腕を作り出すと、立ち上がる勢いで絢爛に殴り掛かった。

 壁の様に迫りくる糸拳に、絢爛は身体を包み込むように光球を生み出すことで対処した。糸拳と接触した光球は、その接触面から焼き焦がしてゆくが、しかし、余りの衝撃に吹き飛ばされてしまった。

 倉庫の壁を突き抜けながら、中に入った絢爛ごと光球は吹き飛んでいく。数十メートル程飛んで行った絢爛入りの光球だったが、中に居る絢爛自体は無傷であった。

 ラインは身体に空いた穴を修繕しつつ、絢爛を追う。糸をピンと張ると、そこに足を掛け、弓の様にして体を射出した。

 絢爛の行きついた先は町の港で、堤防の傍には幾つもの木造船が停泊しており、辺りには木箱が乱雑に置かれていた。


「ッチ、鬱陶しいな」


 絢爛は突然の轟音になんだなんだ、と騒めき出した港で働く人々を睨みつける。

 しかし、直ぐに視線を前に移す。そこには飛矢の如く飛来するラインの姿があった。

 彼の姿を見た町民は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く。あんな風に飛んでくる人間など魔法使いに違いない。どういった訳か、魔法使い同士が戦っている。この場に居たのでは命があっても足りない。

 人々の様子などなんのその。二人の魔法使いは互いに集中した。

 ラインは飛ぶ勢いそのまま、右腕の糸拳を絢爛に叩きつける。

 絢爛は光の壁で糸拳を防ぐ。衝突によって生まれる衝撃波をもろともせず、絢爛は光の壁を幾つもの光球へと変化させると、光線を放った。

 精密に操作される光線を、ラインは身体を糸に解いて回避する。掠った箇所が焼け焦げる感覚がラインを襲う。

 ラインは光線を避けながらも、絢爛の背後から足元へと糸を忍ばせた。その糸で彼女の足首を掴むと、彼女の華奢な身体を振り上げて、思い切り地面に叩きつけた。


「がはっ………」


 光球の操作に意識を割いていた絢爛は、意識の外からの攻撃に対処しきれず、身体の前面を地面に叩きつけられてしまった。肺の空気がすべて押し出される。肋骨の何本かが折れたのだろう、熱を持ったように鈍痛が滲む。


 倒れ伏す絢爛に対し、ラインは追撃を加える。彼女の身体を突き刺そうと、鋼糸を射出する。

 然し、それは地面に突き刺さるだけの結果となった。絢爛は地面を転がるようにしてそれを避けたのだ。

 

「チッ、ちょこまか動きやがって」

「ピカピカと、うざったい」


 一息の間隙に、二人は殆ど同時に文句を言った。

 身体の所々が焼け焦げているラインと、全身の砂ぼこり塗れの絢爛。見下ろすラインと見上げる絢爛。二人の視線は交わり、火花を散らす。

 

「ふんっ、どうせならもっとド派手に行くか」


 絢爛はニヤリ、と獰猛に口を歪める。

 付き合ってやるとは言ったものの、こうも土を舐めさせられるのは趣味ではない。やはり、自分は名に冠する通り、豪華絢爛、煌びやかでなければならない。

 彼女は乱雑に光線を発射し、ラインがそれを避けている隙に立ち上がる。右手を天に掲げると、これまでとは比べ物にならない程、巨大な光の球が形成される。それは、最早、小さなの太陽といっても良い程の輝きと熱を有していた。


「は、まじ?」


 流石のラインも口を引き攣らせる。背筋にすーっ、と冷や汗が垂れるような気がした。

 

「さぁ、糸屑野郎。精々この輝きに眩むと良いさ」


 




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