第14話


 アミシアは自らの置かれた状況を踏まえ、今、何をすればよいのか、必死に頭を働かせた。

 目の前には自分を攫った他国の魔法使いが二人。彼らの目的は戦争を起こすこと。そして、その目的は殆ど達成しているといっても過言ではない。後は、この犯行を起こしたのがディヴァイル帝国であるということをブレストテレス王国に知らしめるだけで、王国は帝国に対し、反抗するなり賠償を求めるなり、何らかの行動を起こす必要がある。それをきっかけに戦争へと持ち込む手筈なのだろう。

 アミシアの目的は帝国とは反対に戦争を起こさないことだ。そのためには、この場に攫われてきた子供たちが全員無事であることは最低条件だ。一人でも負傷しでもしたら、その子の親が黙ってはいない。そうなれば、連合王国であるブレストテレスとしては、不満を押しつぶすのか、それとも徹底的に帝国と対抗するのか選択する必要が出てくる。子供の家が自分やクレスのような領持ちの大貴族であったなら、後者に揺らぐことは確定的であろう。王子であったなら戦争は避けられない。

 加えて必要になるのは戦争を避けるための何らかの交渉材料だ。そもそもとして相手は戦争する気満々なのだから、よっぽど相手にとって重要なものでなければならない。それこそ、今目の前に居る魔法使いのような。

 いくら戦争をしたい帝国とは言っても、不定期に現れる魔獣の対処に必要となる魔法使いであれば、交渉材料にはなりうるだろう。

 であれば、何とかして魔法使い二人を拘束する必要がある。そして、自分たちが全員無事にこの窮地から脱し、子供たちの意見を纏めて、大人たちに戦争を避けるように説得する。

 ここまでして、やっと戦争を避けることの出来る可能性が僅かに生まれるかもしれない。


 アミシアは此処まで考えて、そして、思った。これ無理だ、と。

 すべての条件が無事に達成できたとしても、大人たちが子供である自分の意見を聞くかどうか分からないし、そもそも、必要条件が厳しすぎる。戦争の回避は殆ど絶望的である。

 アミシアは自分の顔が青ざめるのを感じた。体中の血の気がさっと引き、体温が急激に下がってゆく。身体の芯から震えるような感覚に陥った。


「ん-、なんかこの子急に黙ったと思ったら、顔色悪くなったけど、大丈夫かな?」


 絶望に打ちひしがれるアミシアの耳に、シャドウの能天気な声が届いた。

 お前たちのせいでこっちは必死に考えているのに、何が『大丈夫?』だ。大丈夫なわけないだろ。アミシアはシャドウに聊か苛立ちを覚える。


「あなた達はなんで戦争なんてしたいのですか?」


 アミシアは苛立ちついでに相手の懐を探ってみることにした。この魔法使いはどうやら口が軽いようなので、何かしらの情報が得られるかもしれないという腹積もりだ。


「えー?王様が戦争したい理由ってこと?そんなん知らないけど。俺らやれって言われてることやってるだけだし」


 然し、アミシアの試みは全くの無駄であった。

 シャドウは気の抜けた表情でそう答えるだけで、アミシアの求めるような答えは持っていないらしい。


「でもなぁ、やっぱイベントはいっぱいあった方が楽しいよ。折角の人生ゲームなんだし、何もないより色んなこと起こった方が良くない?」


 シャドウの言葉に、アミシアの苛立ちは積るばかりだ。そんな巫山戯た理由で戦争なんかに巻き込まれる身にもなってみろ。

 アミシアはむっとした表情で言葉を返す。


「戦争ですよ?人がいっぱい死ぬんですよ⁉楽しいわけないでしょう!」


 アミシアの悲痛な叫びがだだ広い倉庫の中に反響した。


「魔獣に襲われるのとは訳が違う!戦争になったら人が人を殺すんですよ⁉そしたら、大事な人を失ったたくさんの人が悲しい思いをして、殺した人を恨んで、それで、また人を殺して………。それでいいんですか⁉」


 アミシアの瞳からは涙が勝手に零れていた。言葉は纏まっておらず、自分で何を言っているのかも分からない。それでも、彼女の言葉は、彼女の思いそのものだった。

 然し、少女の心の叫びは、魔法使い達には何一つ響かなかった。

 シャドウはぽかんとした顔でアミシアを見ているし、ラックスはまるで耳障りだと言いたげな不機嫌な目でアミシアを睨んでいた。


「っち、うるせぇな、このガキ。黙らせるか。折角の宝石の輝きも、こんなのが居たんじゃ曇って仕方ない」

「えー?相手は子供だよ?流石に手荒い真似はしたくないけどなぁ。話し相手にもなってくれてるし、いい子だよ?きっと」

「関係ねぇよ。どうせそのうち死ぬんだ。今殺しても問題ないだろ」


 目の前で繰り広げられる物騒な会話を聞いても、アミシアは怯えることはなかった。寧ろラックスを睨みつける胆力を見せた。

 だが、涙目の子供の睨みは何ら効果のあるものではなかった。


「あぁ、もう限界だね。つーか、何時まで待てばいいんだよ、こっちは宝石磨かなきゃいけねぇってのに。部屋でルビーちゃんが待ってんだ、早く帰って磨いてやらないと可哀そうだろうが」


 ラックスはそう言うと、シャドウの制止を振り払って、アミシアに手の平を向けた。彼女の手の内には次第に目を焼くような輝きを放つ光の玉が形成されていく。


「あーあ、折角の話し相手が………。しゃあないか。バイバイ、お嬢さん。少しの間だけど、相手してくれてありがとね」


 余りの眩しさに目を瞑ったアミシアの耳にシャドウの相も変わらず気の抜けた声が届く。

 あぁ、自分は死んでしまうのか。まだラインに謝ってないのに。戦争になっちゃうのかな。みんな死んじゃうのかな。父も母も、領のみんなも、今日あったばかりの人たちも。嫌だな。死にたくないな。死んでほしくないな。

 アミシアの心に、そんな思いが反芻する。その思いに比例するように、彼女の瞳からは涙が溢れて止まらない。


「おい、うちのお嬢泣かせてんじゃねぇよ」

 

 然し、彼女の思いとは裏腹に、想定した最悪は訪れなかった。

 代わりに上方から何かが崩れるような音と、そのすぐ後に、物体がぶつかり合うような鈍い音、そして聞き覚えのある声。


「ライン!」


 アミシアが恐る恐る目を開けると、砂煙の中に彼女の庭師の姿があった。彼は糸で作った巨腕を振りぬいた姿勢で、倉庫の壁に打ち付けられて倒れるラックスを睨めつけている。

 天井は崩落しているが、不思議と瓦礫は落ちてくることはなく空中で動きを止めている。彼は天井から倉庫へ侵入し、そして、すかさずラックスを殴り飛ばしたのだ。

 彼の傍らには王国の魔法使いである二人の女性の姿もある。


「おう、お嬢。無事か?何か酷いことされてないか?」


 ラインはアミシアに振り返ると、にへらと笑って安否を問う。


「うん!あ、あの人達捕まえて欲しいの!お願いできる?」


 アミシアは涙をぬぐうと、ラインに自身の要求を告げた。同じ魔法使いであるラインならば、彼らを捉えることが出来るのではないか、と期待した。


「あ?捕まえんのか?まぁ、良いけど」


 ラインは良く分からない、といった表情を浮かべるが、アミシアの頼みを快諾した。


「ちょっと、何呑気におしゃべりしてるんですか?天井をぶち抜くなんて信じられません。私が居たから良いものの、子供たちに怪我でもさせたらどうするつもりだったんですか?」


 二人がそんな会話に興じていると、教皇プリエステスが口を挟んだ。彼女は頬を膨らませて、如何にも怒っています、と言いたげな様相だ。


「あ、別に問題ないだろ。アンタが居なくても、俺が止めれば良いだけの話だ」


 教皇の文句に、ラインはあっけらかんと答える。


「んなことより、アンタは子供たちを頼んだ。俺はアイツぼこすから。アンタはあっちの男な」


 ラインは教皇に子供たちを守るように頼むと、ラックスを相手取ることを表明する。空中に逆さまに浮かぶ黒星グラヴィティには、シャドウを相手すように指示した。

 

「まぁ、お説教は後で良いでしょう。子供たちは任せなさい」


 教皇は渋々、といった様子でラインに同意し、黒星は無言で、こくり、と頷く。


「お嬢、ちょっと待ってろな。直ぐ終わるから」

「うん」


 ラインはそう言うと、ゴホゴホとせき込むラックスに向かって歩を進める。

 その姿はアミシアの目には途轍もなく頼りがいのあるものに見えた。 

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