第13話

「でさぁ~、この子ら攫ったのは良いけど、これからどうする訳?」

「知らん。指示があるまで待機だ」


 ブレストテレス王国の王都テレスポリスの近郊にある港町テレスポートの一画、貿易商の倉庫の立ち並ぶ倉庫区画の一つの倉庫、そこには一組の男女が居た。


「でもさぁ、もう三〇分も待ってるんだぜ?待ち時間三〇分て、クソゲー過ぎん?過疎過疎の過疎だよ。運営はもっとプレイヤー誘致に尽力すべき」


 倉庫に置かれた貨物に腰掛け、うだうだと文句を言うのは地味な見た目の男だ。

 黒髪黒目で中肉中背、目は釣り目でもなく垂れ目でもなく、鼻は高くも低くもない。容姿について何かこれといった特徴のあるわけでもない、雑踏に紛れれば直ぐにでも見失てしまうであろう、そんな見た目だった。


「………」


 そんな地味な男に対して、派手な金髪の女性は無視を決め込んだようだ。

 背中の大きく開いた真っ赤なドレスに身を包んでおり、長くウェーブのかかった金髪で、前髪は後ろに撫でつけるように上げている。耳にはピアス、首にはネックレス、指には種々の宝石の付いた指輪を付けており、正に豪華絢爛といった出で立ちだった。


「あーあ、久しぶりの王様ミッションだったから楽しくなると思ったのになぁ………。子供の誘拐って、ンなことして何になるんだっつーの。てか、いくらNPCだからって子供に手ぇ出すのとか気が進まないんだよなぁ………。そこんとこ、絢爛ラックス姉さんはどう思う?………ねぇ、聞いてる?聞いてますかぁ?」

 

 そんな女性の様子を気にも留めずに男の文句は続く。

 男がチラリと向けた目線の先には、三〇余名の子供たちが横たわって寝ていた。ブレストテレス王国の貴族の子供たちだ。その中には当然、王子やアミシア、クレスの姿もある。


「えぇ、無視?無視ですか?あ、もしかしてミュートしちゃった?/mute shadow って、ことぉ⁉きちぃ~。話し相手位してくれてもいいじゃん。暇なんだよなぁ、このゲーム。ログアウトも出来ないし、外部ツールも使えないんだぜ?どんだけクソゲーなんだって話。そりゃ過疎るわな。クソゲー大賞受賞おめでとうございます!おめでとついでに俺をここから出してくれ!」


 天を仰ぎながら訳の分からないことを喚く男の声を、絢爛ラックスと呼ばれた女性は右から左に聞き流し、自分の指に付いた色とりどりの宝石をうっとりとした目で眺めている。

 

「ん、んぅ………?」


 男の声だけが響く倉庫の中、少女の小さな声が聞こえた。アミシアだ。

 

「え………、どこ、ここ?誰ですか、あなた達⁉」


 彼女は目ボケ眼を擦った後、自分が見知らぬ場所に居ることや知らない人物が目の前に居ることに気が付き、声を荒げた。


「あーあ、お前が五月蠅いから起きちまったじゃあないか」

「いやいや、姉さんの魔法の掛け方が悪かったんだって。俺のせいじゃありません。てか、俺の声聞こえてんじゃん。やっぱり無視してたの?ひでぇよ。ぴえんだわ。ぴえん」

「ッチ、きめぇな。死ね」

「死ね⁉死ねって言った、今⁉暴言厨です、この人。通報しました」

「死ね。疾く死ね」

「私の質問に答えてください!」


 アミシアの疑問の声を意にも介さない様子の男女に、彼女はむっとして再び声を荒げる。


「貴方、魔法使いでしょ?どこの所属なの?こんなことして許されると思ってるの?」


 アミシアはその言動から魔法使いであろうと判断した男に対して矢継ぎ早に問いただす。キッ、と二人の見知らぬ人物を睨んでいるが、しかし、それは余り意味をなしていないようだった。


「ん-、言っちゃっても良いと思う?」

「あ?良いんじゃないか?言うなって言われてないし」


 二人は顔を見合わせて首を傾げあう。誘拐犯にしてはなんとも間の抜けた光景である。


「じゃあ、言っちゃうか。うん、言っちゃおう」


 男はうんうんと頷き、仰々しくアミシアに向き直ると、その口を開いた。


「我こそはディヴァイル帝国が皇帝直属魔法使い『陰影シャドウ』である!」

「ッな⁉」


 陰影シャドウは名乗りを上げると、満足気な表情を浮かべる。


「そして、こっちが?」

「………」

「ちょっと、姉さん!ノリ悪いって。ここは続けて名乗る場面でしょ⁉」


 シャドウはラックスを両手で仰ぐが、案の定、彼女はぷいっとそっぽを向いてしまう。彼女にはシャドウのように恥ずかしげもない真似をする気はなかった。

 そのような魔法使い達のやり取りを尻目に、アミシアはシャドウの言葉に衝撃を受けていた。

 ディヴァイル帝国。それはブレストテレス王国の唯一の陸繋ぎの隣国であり、王国最大の仮想敵である。三〇年ほど前から、他国への侵略を開始しており、周辺の小国家を吸収し、今も尚、肥大を続ける大陸の大国だ。今はまだ、半島への侵攻はしてはいないが、ランドブリッジ辺境伯が厳しく監視を続けている状態だ。

 そのような国の魔法使いが貴族の子供を誘拐したということは、其れ即ち、宣戦布告を意味するところだろう。

 アミシアはその事実に気が付き、顔が青ざめていくのを感じた。

 彼女の生まれたウッデンゲート領は内陸に位置するため、直ぐに戦火が及ぶということはないだろう。しかし、今、自分の周りで眠る他の子たちの家はどうだ。海岸線を有する諸領は海から渡ってくる侵略者に日夜怯えることになるし、特に波乱となるのがランドブリッジ辺境伯領だ。

 アミシアは直ぐ傍に横たわるクレッシェンドの顔を見た。先ほど見た見知らぬ人々に怯える臆病な顔ではなく、健やかにとても安心した顔で眠っている同い年の少年の顔を。

 彼女は幼いながら、その生まれ持った高潔さにより、彼のこの穏やかな寝顔を失わせてはいけないと確信した。

 それだけではない。ついさっき一言言葉を交わしただけの辺境伯も、ランドブリッジに婿入りしたという従叔父だって。辺境に住まうすべての人々の穏健な生活は失われてはいけないのだ。

 

 アミシアはそう決心すると、気を引き締めて口火を切った。


「貴方たち、今すぐ私たちを解放しなさい。今ならまだ間に合います。このままじゃ戦争になりますよ」


 そんな彼女の言葉を聞くと、ラックスに絡んでいたシャドウはきょとんとした表情をアミシアに向けた。


「んー?別にいいんじゃない?なんか、うちの王様戦争したいらしいし」

「貴方はそれでいいんですか?戦争なんてして何になるんですか?」

「いやぁ、知らんけど。折角のゲームなんだし、やっぱイベントはいっぱいあった方が楽しいでしょ。てか、今までが暇すぎた。たまーに来る魔獣倒すだけのゲームとか流行らないよ」


 シャドウの言葉を聞いて、アミシアは説得は無理なのか、と思ってしまった。魔法使いは独特な価値観で生きている生き物だ。基本的に彼らに言葉は届かないものなのだ、と彼女は再確認した。

 そうして、彼女の脳裏に浮かんだのはラインの姿だった。彼もまた、彼独自の価値観に従って、自分に構っていてくれていたのだろう。何故かは分からないし、仮に聞いたとしても要領を得た答えは返ってこないのだろうな、とアミシアは思った。

 そして、自分自身もまた、最近は自分の勝手な考えで彼を遠ざけていたことを思い出す。彼が特別何か悪いことをしたわけでもなく、ただ、何時もの様に職務を全うしただけだと言うのに。彼は自分を、引いては村の民を守ってくれただけだというのに。

 アミシアはラインにきちんと謝らなければいけない、と思い至った。そのためには、この場から脱する必要がある。

 彼女は必死に頭を働かせた。何とかして戦争を回避するために。そして、この場から脱して、ラインに謝るために。





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