ウォッカで汚れた創作ノート(夕喰に昏い百合を添えて28品目)

広河長綺

第1話

以下の文章は、11月23日に発生したR国とU国の軍事衝突で破壊された、■■女子中学校の敷地内に落ちていたノートの内容である。

ノートの表紙には『創作ノート』という題名が書かれており、液体によるシミがあった。

科学的成分分析により「そのシミはウォッカと血液による物である」と確認された。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


〈11月21日〉


今日の朝礼では、1時限目のチャイムが鳴っても校長先生の愛国スピーチは続いていた。


「……で、あるからして! 我が校の生徒がこの国のために尽くすことは我々教師陣にとっても大変喜ばしいことであり、その喜びを分かち合うべく我々はこれからも生徒たちの健全な育成に努めてまいりたいと思います!さて、ここからは軍による、全国の学校への激励文を皆さんにお伝えしましょう…」


やっと、我がR国において重要な国防の話が始まろうとしているのに、周囲からはヒソヒソと生徒の笑い声や話し声が聞こえてくる。


どうやら校長からの国防報告を聞く前に集中力が切れた、情けない生徒がたくさんいるようだ。私もさっきから「はぁはぁ」と白い息を手にかけて体を温めてるし、うんざりする気持ちも、まぁ分からなくもない。


正直、私みたいな模範的愛国生徒ですら、しょっちゅう「校長先生は、もっと短く喋れないのかしら」と思う。しかし、そんなことを言ってはいけない。何故なら、私は12歳の女子中学生である前に「R国民」であり、U国との戦争に貢献するべき存在だから。


「R国民」であるということは、国のシステムの歯車となり調和を乱さないということだ。

よって、「国家のシステムで上司にあたる人への批判」は一切慎むべきであり、上司のすることは全てR国の名のもとに正当化される。たとえ、それがどんなにくだらない校長先生のスピーチであれども……。


と、愛国心で屁理屈をコネていても、結局ダルいことには変わりない。

真面目に聞いてる分、余計眠くなってくる。真面目な態度をしていても居眠りしては意味ないので、妥協して、姿勢を少し崩し、顔を上に向けた。


冬の朝特有のカラッとした青空。


いい気分転換になる。

しかし、次の瞬間、私の背筋は冷たくなっていた。


空に何かヤバい物があった、わけではない。空を見ようとして動かした視界の右端に、人影があったからだ。


ここで1つ述べておくと、私は「スニェーク」という名前なので、出席番号の関係で生徒が並ぶ列の右端にいる。

私のさらに右端に人がいるはずない。


気のせいであってくれと願いながら右を向くと、やはり黒いコートを着た若い女が立っていた。感情が薄そうな青く冷たい瞳が、真っすぐこっちを見ている。


その表情も怖いが、それより不気味なのは、そこに立っていること自体だ。


ここ、女子中学校の校庭は結構広い。

校庭の入口から朝礼の列までは20メートル程。

その距離を、この女は、誰にも気づかれず歩いてきたということになる。


人間にそんなことが可能なのかと怪しむ私の目に、女性の右上腕に赤い紋章がついたワッペンが飛び込んできた。


2匹の赤い鷹が向かい合い、その間には銃が描かれたデザイン。

R国の軍部のマークだ。


なるほど、戦闘訓練をつんだ女性だから、誰にも気づかれずにここに来れた、ということらしい。


私が納得しているうちに、周囲でざわつきが波紋のように広がり始める。


みんなも軍部のマークがついた腕章に気づいたようだ。

R国で安全に暮らすための本能として、市民が軍人の存在を見落とすことはない。

弛緩していた空気が一瞬で張り詰めていく。


「えっと、どう、されましたか?軍がわが校に、何か御用でしょうか」

さすがの校長も震えた声で、朝礼台から呼びかける。禿げた頭に冷や汗が滲む。


女性軍人は答えない。


細い切れ目が特徴的な顔の表情を一切変えず、静かに素早く校長の方へ近づいていく。彼女の腰は細いのに、華奢には見えなかった。歩くスピードの速さと背筋の真っすぐさで、鍛えられた故の細さだとわかる。


走っているわけでもないのに、あまりの素早さで肩まである彼女の金髪がほとんど真横になびいていた。そのままスケートで氷を滑るように校長に近づくと、コートのポケットから銃を取り出した。


その流れるような所作は、美しさと邪悪さを同時に感じさせた。


えっ。どうするの?


私が戸惑っている間に、彼女は引き金を引き終わっていた。


私や、周囲の生徒たちが状況把握できていなかったのは、余りにも滑らかで速い銃撃だったからだ。

生徒たちも。教職員も。そして射殺された校長本人ですら。

動くこともできなかった。


気がついた時には、引き金は引かれ、弾は銃から発射され、校長先生の顔面はスイカのように吹き飛んでいた。


一呼吸おいて周囲は阿鼻叫喚となった。

しかし女軍人が「黙りなさい」と一喝しただけであっという間に周囲は静まり帰った。


「私は創作物検閲官のラヴーシュカです。今からあなたたちに課題をだします。別に出来が悪かったからといって殺したりしません。校長は陰で反社会的行動があったから殺されたんです。過剰に怖がらず指示に従ってください」

ラヴーシュカ検閲官は、声のトーンを優しくして、呼びかけていた。


検閲官。そんなすごい人がこの小学校にわざわざ来るのはなぜ?


――違反者がいると思っているからではないのか


そんな疑念が脳裏をよぎる。

息苦しくなっていく。

検閲官という自己紹介は、私にとって死刑宣告に等しい。


このノートの紙面を使って、今、懺悔すると、私は「違法読書」をしてきたのだ。

R国が不道徳なフィクションと認定した本をこっそり買って読んで、楽しんできた。

だからこの時私は怯えたのだ。


弁明させてもらうと、愛国心はちゃんとある。なのにフィクション禁止令を守ることだけは、どうしてもできなかった。

何度も読書という違法行為をやめようとしても、結局挫折してしまう。


そのやましさがあるから、私は、普段の生活で愛国心を大事に生きてきたのだ。

しかし国は、そんな罪滅ぼし、考慮してくれないだろう。


死刑。


その言葉を思いついた途端、ガクガクと足が震えてきた。


怯えちゃダメだ。

やましい気持ちがあると、見抜かれるぞ。


必死に自制心を働かせる私の前で、ラヴーシュカ検閲官はおもむろに口を開き、なんと「では、その課題が何か発表しよう。今から全員に紙を配る。そこにU国がR国を攻撃する小説を書け」と言ったのだった。


その場にいる全員が耳を疑っていた。国非公認の小説を取り締まるのが検閲官の仕事なのに、自ら不法な小説を作らせるのは自己矛盾している。


校長先生が死んだ時以上に周囲はざわついていた。


私は「これは私が読書していることを炙り出すための罠なのでは?」と考え始めた。


今になって冷静に考えてみればそんなはずがないとわかる。

私と言う中学生1人を捕まえるためだけに、これ程のリソースを国が使うハズがない。しかし当時の私は本気で恐れていた。


猜疑心が膨らんでいく。では、もしそうだとして、私はどうすべきなのだろう?


と、思考を巡らせた時、母の教えを思い出す。


――国に疑われることがあったら目立つことをしなさい。やましさゆえに集団に埋没しようとする行動の小賢しさをプロは嗅ぎつけるから。堂々としていれば疑われないのよ。


思えば、母はことあるごとに、私にそう言い聞かせてきた。

寝る前も、夕食時も、学校へ行く前も。

繰り返し。繰り返し。


だから私はその教えを忠実に実行し、手を挙げてラヴーシュカ検閲官に質問した。


「物語を作ることがなぜわが国のためになるのか教えてくださいませんか?自分の愛国心に嘘をつきたくないのです」と。


ラヴーシュカ検閲官の冷たい青い瞳が私をとらえた。心の中をスキャンするかのようにじっくりと観察してから逆に「今の国際政治は、R国とU国どっちの味方だと思う?」と質問を投げ返してきた


恐ろしい文脈の質問。


変なことを答えたら私も校長と同じように射殺されてしまうだろう。しかしここで質問に答えることを嫌がったり、取り繕ったりしたとしても、怪しまれてしまう。


だから私は「世界はU国の味方だと思います」と正直に答えた。

今、我が国R国と隣国U国は一触即発だ。

問題なのは「我がR国は民主主義ではない」ということだ。一方のU国は民主主義の国なので、西側諸国はみなU国の味方をしている。


だから今も世界の多くはU国の肩を持っている。その事実を私はそのまま答えた。


周囲のクラスメイトや、私を可愛がってくれている先生たちがおろおろと慌てている。私が不適切な発言をしてしまったと思ったのだろう。


だがラヴーシュカ検閲官は、私をじっと観察しながら頬を緩めた。「この賢い少女が言う通りだ。だから我々は国際政治を騙すことにしたのだ」


――騙す


あぁそういうことか、と納得しながら「U国が先にR国を侵攻したという偽ストーリーを演出して、国際社会を騙すんですね?」と確認した。


「その通りだ」


「物語がR国のために必要だとしても、ラヴーシュカ検閲官はなぜ、大人に書かせないのですか?」


「できないのだよ」ラヴーシュカ検閲官は嘆いた。「知っての通り、わが国では国の許可なしにフィクションを作ることを禁止している。この国でしばらく生きていた大人は物語を作る脳が退化している。私のような1部の特別な大人だけは物語を読む脳が残っているだけだ」


なるほど、子どもは国による検閲の影響をあまり長期間受けていない。フィクションを読める大人、ラヴーシュカ検閲官は存在する。だから、物語を作ろうとしたら、「子どもに書かせてラヴーシュカ検閲官が修正する」しか方法がないのだ。


物語を書かせる理由については納得できたが、まだ、気になることがある。

なので「今日あるはずだった普通の授業はどうなるのですか?」ときいてみた。


ラヴーシュカ検閲官は、的外れな質問をバカにするように、

「私の指示で物語を作ると言うのは軍事作戦だぞ?中学生の教育よりも優先するのは当たり前だろうが」と笑いながら答えた。


確かに愚問だった。


私が「しょうもないことを聞いてすいません」と謝り、他の生徒たちは怯えて何も喋らず、「質問がある人はもういないようなので、解散!」ということになった。


とにかく、あの場でボロが出なかったから、良しとしよう。


下校しながら私は胸をなで下ろしたが、帰宅する頃には別の懸念で胸がいっぱいだった。


あまりにもよくできた物語を書くと普段から読書をしていることがばれてしまうのではないか?意図してへたくそに書くべきじゃないか?


いや、違うだろ!


頭に浮かぶ臆病なアイデアを捨てようと、私は頭を振った。


やましさを理由に集団に埋没するな!という母の教えを完遂しなければ。

読書という罪があるからこそ、逆に、立派な物語を作って国にみせるのだ。


そう決意した私は、夕食時も風呂の中でも物語を考え続け、自分の部屋に戻った時に勉強机に向かい、全力を出して小説を書いた。



〈11月22日〉



昨日の決意は、正解だったらしい。

私は、朝から校長室に呼び出され、褒めちぎられていた。


もちろん校長ではなく、昨日校長を射殺したラヴーシュカ検閲官に、だ。


「あの場で私に質問するだけあって、お前はスゴいよ」女は上機嫌でウォッカを飲みながら、ソファでふんぞり返っていた。あたかも、以前からこの部屋は自分のものだったかのようなふてぶてしさである。「他の子どもとは小説創作のレベルが違う」


私は素直に嬉しくなり「ありがとうございます」と頭を下げた。


「しかし不十分なところがある」女は私の書いた原稿の冒頭指差して言った。


「何か誤字脱字がありましたか?」

「そうじゃない」ラヴーシュカ検閲官は首を横に振った。「小説のテクニックの問題だ」


「と言うと?」


「お前は、小説の冒頭に書くべきものは何かわかるか?」


小説の冒頭に書くべき物?なんだろう?


設定を最初に説明しないと、読者が物語についてこれないのではないか。

でも、始まってすぐに説明ばかりの小説は読んでもらえない気もする。


「主人公の設定だと思います」


迷ったすえに、私は無難に答えた。実際昨日書き上げた小説は冒頭で主人公の状態を説明していたから。


しかし正直言って、正解だとは思っていない。昨日書き上げた時も、何かが足りないと感じていた。


「悪くは無い」ラヴーシュカ検閲官は答えた。「実際お前が書いた冒頭が説明の小説は、何度も言うように他の奴らよりは面白い。しかし足りないものがある」


「なんですか?」

「臨場感だ。小説は基本的に文字情報しかない。絵がない、音がない、匂いがない。

そういった情報が入れづらいのが小説の特徴なんだ。だからこそ冒頭にそれらの情報無理矢理入れろ」


小説の冒頭は多少形が崩れても良い。余裕あるうちに、温度や風や音の描写を入れろ。すれば読者が物語に入り込める。とのことだった。


そのアドバイスに私は素直に感心した。

確かに私がコソコソ読んできた名作小説は、冒頭で風や匂いの描写をしていたのを思い出したからだ。


もちろん、そういう経験を言ったらアウトなので、ただただ納得した感じのリアクションをしつつ、冒頭を修正した。


「その日の悲劇は、ドーンというミサイルの爆発音から始まった。遠くから響いたような重低音だったが教室の中にまで届き、机をカタカタ揺らした」という冒頭になった。


確かにすごくいい。昨日書きながら感じていた違和感は、無くなった。


「まだあるぞ。三幕構成といって、物語クライマックス手前で主人公は一度挫折するんだ」

そう言ってラヴーシュカ検閲官は、また、原稿を突き返してきた。


私は、また終盤の展開を変えた。

読み返してみると、確かに物語は面白くなっていた。

ラヴーシュカ検閲官のアドバイスは本物だ。

そう認めざるを得なかった。




――この女軍人、小説を読む才能がある。


5回目の修正の後に、そのことに気づくと、女の青い瞳が美しく感じてきた。

初対面のときは、人を殺しても何が起ころうと動揺しない冷たい色の瞳だと思っていが、そうじゃない。


美しい物をみつける目なのだ。本当に美しい小説を知っているからこそ、ちょっとやそっとじゃ心が動かない。

校長の死も、私の小説も、単にドラマチックさ不足なのだとわかってくる。


その美しい色の目によって問題点を見つけられ、結局私の小説修正は、今日だけで25回にもなった。


直すのだって簡単じゃない。

1個の指摘に対応するのにも、長いと20分ほどかかる。


全ての授業が中止され、みんなひたすら小説を書かされるという異様な雰囲気の学校で、私だけはマンツーマンで小説を修正させられた。


読みやすいように、意味の区切りで改行しなさい。

序盤に死体を描写しなさい。

文を短くしなさい。


全ての指摘に対応し終わった頃には、校長室に夕日が差し込んでいた。


最後の指摘として、ラヴーシュカ検閲官は、「主人公を女子どもにするといい」と教えてくれた。


つまりこれこそが、女子中学校に来た理由なのだという。女子中学生の手記という形で小説を書けば読んでくれる。女子中学生の手記として自然な文体を指導するために、若い女性であるラヴーシュカ検閲官が来た、ということらしい。


この指摘は、女子中学生である私には必要ない物だ。


それでも私に言ったのは、単なる雑談ということになる。今日の指摘はこれで終わり、続きは明日、というニュアンスを感じた。


「ありがとうございます。参考になります。でもこれ以上の修正は、正直ムリな気がしています」

感謝と諦めの言葉を率直に伝えて、私は校長室を後にした。


家に帰るまでの間、少しフラフラした。

脳が疲れている感覚。


帰って風呂に入ったら、とてつもない倦怠感がおそってきたので、この日記を書き終わったら、何もせずに寝ることにする。



〈11月23日〉


今はまだ昼頃だが、今日の午前に何があったかを日記に書いておく。


まず、昨夜私は、夢を見た。

暗い教室の中で、ラヴーシュカ検閲官の暗く蒼い目に見つめられる夢。

夢の中でも私は何かを書いていて、完成していなかった。


その悪夢が終わると同時に、私は寝汗びっしょりで飛び起きた。

素早く身支度をすませて、午前6時半ごろに家を出て、学校へ向かった。

いつもより1時間も早い。


でもラヴーシュカ検閲官なら学校に来ているだろう。


根拠ない確信を胸に学校へ急いだ。夢の中ですら、もっと良い物語を作れ、と急かされた気がしていたから。


一刻も早くラヴーシュカ検閲官に会い「昨日の、これ以上の修正はムリというのは、撤回します」と言い、小説を見せて、ちゃんと修正したい。

そして最終的にOKの言葉を貰い、安心したかった。


校門に入ると運動場になっていて、そこを少し進むと校舎の入口がある。

しかし、運動場に入って数歩歩いた所で私の足は止まることになった。


ラヴーシュカ検閲官が慌てて、学校から飛び出してきたからだ。


凛とした佇まいだった彼女の取り乱した姿に驚いている私に、


「危ないから、早く家に帰れ!もう、嘘の物語は必要なくなったんだ!」と叫んでいる。


その瞬間、何かが空から降ってきて、ラヴーシュカ検閲官の体を吹き飛ばした。

私が立っている所から、数メートルの距離だった。


こんな時でもウォッカを持っていたらしい。


ラヴーシュカ検閲官の体液と砂煙とウォッカが混じって、私の体にかかった。


慌てて逃げようとしたが、足がうまく動かない。

その場でしゃがみこんでしまった。


見ると爆発の破片が足に刺さっている。

太ももに数センチほど破片が刺さっていた。その破片は私の血で真っ赤であり、何の材質なのかわからなかった程だ。


不思議と痛みは少ない。

血が出ているせいなのか、神経が切れているのか。

ただ、じんわりと熱い感じがする。


はじめ、私は地面を這って家の方へ行こうとしていた。

しかし、私の頭上を越えてU国のミサイルが飛んでいき、私の家の辺りを爆発させた時「帰宅しても無駄だ」と悟り、逃げるのをやめた。


もうやることもない。

書くべきことすら、ない。


ラヴーシュカ検閲官が死ぬ直前に言っていた通り、U国が実際に先制攻撃してきた以上、私が嘘を書く必要もないからだ。


だから、カバンからこのノートを出し、今こうして日記を書いている。


これを書いている間にも、段々と意識が薄れている。

ただ、ラヴーシュカ検閲官が死ぬ直前、私の身を案じてくれていたのは、なんだかうれしかった。

だから今はとても、気分がいい。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ここで記述が終わり、以降は白紙である。


このノートはR国とU国の軍事衝突がおきた地区で、国境なき記者団所属のジャーナリストのマイケル・ブリンによって発見された。

このノートの隣には、■■女子中学校の制服を着た少女の遺体があり、DNA鑑定の結果■■女子中学2年のスニェークさんであると判明した。

スニェークさんの他の遺品との筆跡照合によりノートを書いたのもスニェークさんであると思われる。


このノートで小説を書くコツとして紹介されたテクニックは以下である。


「序盤で臨場感ある描写をする」

「3幕構成にして、後半に挫折を描写する」

「読みやすいように、意味の区切りで改行する」

「序盤に死体を描写する」

「文を短くする」


そして注目すべきは、この全てをこの『創作ノート』の文章が満たしていることである。


そのことから我々は、このノート自体が創作であると考えている。

恐らくラヴーシュカ検閲官すら、スニェークさんが想像した架空のキャラである。


実際にR国の指示でスニェークさんは「U国が攻めてきた描写がある日記」を書かされたのだろうが、それはもっと乱暴な暴力の伴う命令だったのだろう。そのつらい現実から逃れる空想として、冷たいけど優しいラヴーシュカ検閲官の物語を作ったと考えられる。


その物語を読んだR国の軍は、国際社会を騙すのに使えると判断し、スニェークさんを殺害したうえで、ノートを置き、ウォッカと血をかけて、悲劇を演出した。


しかし、それが蛇足だった。


科学的な分析の結果、このノート表面のウォッカは凝固したスニェークさんの血液の上にかかっていることが証明されたのだ。

この事実は「ウォッカはスニェークさんの死後時間が経ってからノートにかかった」ことを意味するので、ノートの内容と矛盾する。


よってこのノートは「U国が先にR国に攻撃した」というストーリーを作るためのフィクションであると考えられるのだ。


スニェークさんのイマジナリーフレンドであるラヴーシュカ検閲官が、R国の嘘を暴き、スニェークさんの仇を討ったのは、皮肉な結果である。


我々はスニェークさんの冥福をお祈りするとともに、R国に抗議のメッセージを送っている。

しかし、R国は我々のメッセージや矛盾点への指摘に、反応していない。


現在もR国は「U国が先に攻撃したのだ」という主張を続けている。

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ウォッカで汚れた創作ノート(夕喰に昏い百合を添えて28品目) 広河長綺 @hirokawanagaki

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