50631回目の告白-彼女と付き合うまでのループ記録-

羽寅

50986回目の目覚め

聞き飽きた目覚まし時計を勢いよく止めた。


時計に表示される現在時刻なんて、もはや見なくても分かる。


7時15分。今回もこの時間に起きたし、今から約30秒ほど後には――


「目覚まし鳴ってたよー?」


聴き飽きた妹の言葉に「分かってる」とだけ答えた。


これが、一番早く済むから。面倒な掛け合いも要らぬ心配も無い。



むくりと起き上がり、大きな背伸びを一つだけして部屋を出る。

これをするのとしないのとで、守れる物も多少変わってくるからだ。



「兄貴の弁当も作ってるから」


ありがとう。妹にそんな感謝を伝えたのは、もう何度目になるんだろう。

このあとに食べる朝食の味、このあとに見るテレビ、このあとにする会話。


食べない、見ない、話さない。

どれを無下にしても、結局のところ運命が変わることなんてない。


「おー、わたし今日の占い1位じゃん」


――たった一度だけ、これは今でもやった事を後悔しているけれど。


この朝の時間に、大暴れをした。傍から見れば、気でも狂ったのかと思われる程に。

何でもいいから変わってくれ。この永遠と続きそうなループが終わってくれ。って


だけど、無駄だった。あの時は、警察署で零時を迎えたんだっけな。



「そのお皿渡して――わっ!」


机を挟んで向こう側にいる妹が、コップを落とす。

自分はそれが地面に着くまでに取って、机の上に再び置く。

起きた際に身体を伸ばしていたこともあり、ぎりぎりで届いた。


約二千回ほど、落ちてしまったコップをただぼーっと眺めていたこともあったけど。

そしたら「見てないで手伝ってよ」とか、片付けてる妹に叱られたのを覚えてる。


だから、これでいい。朝から人の嫌な顔を見るくらいなら、これでいい。



このあと妹は友達と電話をするため、一旦自分の部屋へと戻る。

言うなれば自分にとっての自由時間。何をしたってもう経験済みだが。


どうせ意味がないとは思いつつ、今回は冷蔵庫の扉を開けっぱなしにしてみた。

これで少しは変わる。そんな淡い可能性に賭けながら。





……そろそろか。携帯やテレビに表示されている時間を見ずとも分かる。

しかしそれは彼女と自分が繋がってるから、なんて幻想的な意味では断じてない。


隣に置いてあった鞄を持ち、妹に一声かけて玄関の方へと向かう。

ああ、そうだ。今回はこれも試してみようか。まだ一度もやっていないはず。



扉を開けて、50942回目のご対面だ。


「おはよっ! 今インターホン押すところだったんだけどー」


太陽に照らされた黒髪は、とてもきれいだ。

やっぱり、何度貴女を見ても、その感想が覆ることなんてない。



「付き合ってくれ」



そう。たとえどんな要因で、どうなろうとも変わらないんだ。

彼女を見た最初の言葉が愛の告白。灯台下暗しかも、しれないだろ?




「えぇ!? そ、そんな急……というか朝に言われても恥ずか






「………………………」


ああ。そうか。まあ、そうだよな。こんな事で変わるわけないよな。


赤黒い染みが残った地面と壁を視界に収めながら、自分は天を仰いだ。

背後からは妹の慌ただしい声がする。多分、大きな音に驚いたんだろう。


来ない方がいい。このループで最後に耳にするのが、妹の泣き声は嫌だから。


赤に染まった自分の制服と鞄。ここまで付着したのは久しぶりだった。



「お、俺がやったのか……?」


向こうの方から、ふらふらとした足取りで男が現れた。

貴方がやったんですね。貴方が、彼女を轢き殺してしまったんですね。


初めの頃は、犯人に殴りかかったりもしたっけな。

多分それは彼女を殺した怒りと、ループから出れない苦しみも併せて。



じわりと、頭の奥底が暖かくなる感覚が広がってくる。

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。



どうして、世界は思い通りにならないんだろう。

どうして、自分は彼女と付き合えないんだろう。


ここ数千回ぐらい、思うけれども答えは出ない。

もはや執着心とも取れるこの気持ちを、捨てる方法もない。



「何があったの?! あ…………い、いやあああああああ」



ほら。思い通りにならない。するなら早くしてくれよ。

何で最後に、妹の泣き声を聞かなきゃならないんだよ。



少し前までそこにあった、照れる彼女の顔を思い浮かべて瞳を閉じる。

つぎこそは。そんな威勢の良い言葉を唱える気力も、もうあまりない。


彼女が「死ぬ」か、「零時」を過ぎるか。ループの発動条件。

この問いに答えは無いとしても、たった一つの可能性に全てを賭ける。




【私もずっと、好きだった】



最初に告白したときに聞いた、彼女の言葉を再び聞くために。

ループが起きる前に亡くなった、彼女の言葉を最期に聞くために。


この輪廻を仕向けたのは天使か、悪魔か、はたまた別の何かか。



今、この回数まで重ねたからこそ思える。ありがとう、と。



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聞き飽きた目覚まし時計を勢いよく止める。



50987回目のループが、始まった。

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