第170話 エピローグ 夏風と塩アイス
夏休みも後半となると、学校では一週間の補講期間に入る。休み明けには、実力テストが待っているので試験対策の補講でもある。実菜穂が夏服のセーラーに袖を通す。スルッと入る腕の感触が何とも心地よい。鏡に映る実菜穂の首もとには龍の痣が光っていた。最初は目についたが、慣れてくると子供の頃からあったように思えてくる。親からは何の反応もないことから、やはり人では見えないのだと実感できた。
(陽向ちゃんにしか見えないのかな。やっぱり、陽向ちゃんにも痣があるのかな。なにか今までと変わってしまうのかな)
鏡にニッコリと微笑み、襟を首に深く被せた。
実菜穂が神社の近くまで来ると、陽向が手を振っていた。顔を合わせるのは祭りの時以来だ。久しぶりというほどではないが、それでもお互い顔を見ると心から元気になった。言葉には出さないが、お互いの目が首もとにいく。陽向の首もとには朱雀が見える。
実菜穂は「あっ」と声を上げそうになった。予想はしていたが、いざ、その証を目にすると今までの陽向とは何かが違う気がした。勿論、陽向は陽向であり、なにも変わらない。自分も同じである。それでも、新たな道に一歩踏み出し、夏休み前の自分とは頭の中に持つ世界というものがグンと広がったように思えた。
「おっ、はようございます!」
実菜穂がバッグを掲げるとユウナミのマスコットが揺れた。陽向も同じようにバッグを揺らした。
「おはよう。今日も暑くなるねぇ。夏の神様はりきってるね」
陽向がまぶしそうに手をかざす。オレンジのセーラーが日の光で明るく映える。まだ15歳の陽向。光を受ける陽向は、ユウナミの社を駆けていた子供の姿のように実菜穂には見えた。
「そうだ。ねえ、陽向ちゃん。もう一度、真一さんのお店に連れて行ってくれない?みなもがさあ、塩アイス食べたいんだって」
「いいねえ。今日、電話してみるね。ユウナミの神にお礼参りもしたいし」
「やったあ。真奈美さんに琴美さんも誘おう。あっ、相田さんも来るかな」
二人の声が神社に流れていく。
校門の前で二人は、真奈美と会った。琴美も一緒だ。
「陽向さん、実菜穂さん」
真奈美が声をかける。琴美が真奈美の腕に抱きついている。琴美は実菜穂に気づくと、真奈美から離れ、恥ずかしそうに頭を下げた。大きな紫のリボンがフワリと揺れた。仲の良い姉妹の姿は、実菜穂、陽向にとっては、感激以外になかった。この姿を見るために、ユウナミの神のもとにまでお願いに行ったのだから、飛び上がりたいほどである。
真奈美の話では、中学卒業までは一緒に暮らすことになり、卒業後は、巫女見習いとして神社に勤めながら高校へ通うことになる。姉さん巫女からはすでに可愛がられているのだそうだ。
真奈美と琴美、実菜穂と陽向がお互いを見る。真奈美がグッと言葉を飲んで笑顔を見せた。実菜穂と陽向の痣を見たのだ。実菜穂と陽向も琴美の首もとに目がいく。蝶が紫の光を放っていた。
良樹がクラスメイトと動画を見ている。実菜穂と陽向が声をかけると一斉に注目を集めた。動画の主人公が目の前に現れたのだから、「おーっ」となるのは当然だった。挨拶だけでもと駆け寄る男子を良樹は体を張りガードをしていた。
秋人が教室にはいると本を読んでいる詩織の前に来た。祭りに手伝いに来てくれたお礼を言った。詩織も良い体験ができたと笑った。本をバッグにしまい込む。バッグにはユウナミのマスコットがぶら下がっていた。祭りの日に実菜穂からお礼にともらったものだ。最初はタンスの引き出しにでもしまい込んでおくつもりだったが、可愛らしさとユウナミの神の御守りも兼ねているということで粗末にはできず、結局バッグにぶら下げたのだ。周りの女子からは「どこで手に入れたのか」と何度も聞かれたが、答えに困ってしまった。
実菜穂と陽向が教室に入ってくる。秋人に声をかけてから、詩織の方に向かっていくと、ハート型に折りたたまれた手紙を渡して出て行った。詩織は目をパチクリさせて驚いた。クラスの女子が詩織の周りに集まってきた。
真一が電話をとる。
「陽向ちゃん。動画見たよ。祭りでの舞。教えてくれたら行ったのに!あーっ、そうそう、果奈ちゃんと優斗くん元気になったよ。それに優斗君、走れるようになったんだよ。陽向ちゃんが舞った夜のこと、もう、これは奇跡だよ。二人とも会いたがってるよ。…………えーっ!今度の土曜日に店に来たいって!!三人……五人!?真奈美さんの妹、巫女見習いなの。友達も。わかったあ。もう貸し切り。ご馳走するから」
「うるせーぞ、もう少し静かにしろ」
驚き慌てる真一に厨房から店主の声が響く。
「静かにできるかよ。それより、親父、こっ、今度の土曜日、ここ貸し切りだ。伝説の巫女のお出ましだよ。しかも、見習いまでつれてきて。こりゃあ、大変なことになるぞ。あっ、みんなに教えてやらないと」
真一がスマホで巫女ファンの常連にメッセージを送った。真一の後ろでは特大のパネルが飾られている。陽向、実菜穂、真奈美が美しく舞っている姿。この写真を飾ってから、陽向、実菜穂だけでなく真奈美のファンもできたという。
祠の前で陽向がスマホの通話を切るとOKサインを出した。実菜穂が手をたたいて喜ぶ。
「みなも、よかったね~。塩アイスおいしいよ」
「塩アイスだけでないぞ。ラーメンとやらも。そもそも、お主らだけで楽しみおって。あれは、見事な眺めじゃった」
「分かってますって。じゃあ、大盛りで。他も遠慮なく」
「まあ、分かれば良いのじゃ」
実菜穂が大きな器をイメージしたジェスチャーをした。みなもが幸せそうに笑みを浮かべる姿に実菜穂と陽向が声を上げて笑う。その様子を見て火の神も表情を緩めた。
夏もピークを過ぎたとはいえ、暑さは続いている。まだ日が高い午後である。ただ、高く上った日が落ちる早さは日ごと早くなっている感じがする。
実菜穂と陽向の頬をスーゥッと涼しい風が撫でていく。木陰をすり抜け、夏風が通り過ぎていった。熱い空気を含みながらも、外側が冷えている感じだ。
木の上に女の子がいる。西洋の女神のような装いに、フワッとした淡い緑色の髪が肩で揺れている。遠くから、みなもと実菜穂を見つめていた。
「ふ~ん。本当にいたんだ。神霊同体に成れる巫女。しばらくは見ていなかったなあ。いいなあ。私にも可愛い巫女見つかるかなあ。欲しいなあ。……よ~し、きーめた。ゴメンね、お兄ちゃん。私、やっぱり裏切るから」
女の子は、スッと宙に舞うと姿を消した。
夏風が木々を揺らしていた。
(了)
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