第167話 それぞれの覚悟(3)

 みなもが青い袋の頭を開けると手のひらに中に入っているものを出した。みなもの手のひらには、水色に光る玉がころがった。曇りなく透き通った水色の光を放っている。宝石とは全く違う輝き。玉の全体から光が放たれている。


「みなも、これってもしかして」

「そうじゃ、儂の御霊みたまじゃ」


 実菜穂の表情が堅くなる。二つとない御守りだから大切に扱っていたが、それがみなも自身の御霊であったことが衝撃であった。なにかあればと思うと、腰が抜けそうになった。


「そんな、みなも、もし私が失敗して何かあったらどうするの!みなもが消えたらどうするの」


 驚き声を上げる実菜穂をみなもは優しく宥めると、水色の玉を見つめた。


「実菜穂。大きなものを手に入れようとすれば、それなりの代償を懸けねばならぬ。それは、手に入れるものが大きければ大きいほど必要となるのじゃ。人の御霊であれば御霊を懸けねばならぬ。それは、人であろうと神であろうと同じじゃ。同じ御霊。違いなどない。それにじゃ。琴美を助けたいという儂の我が儘で、実菜穂、お主を危険な目に合わせることにもなった。それなのに、儂が遠くでノンビリと過ごしておることなどできわせぬ。お主は無事に帰す。それは、儂の願いじゃ。じゃから、そのためなら。お主を守るためならこの御霊、たとえ砕かれたとて、おしゅうはない。おしゅうはないのじゃ」


 みなもを見つめる実菜穂の瞳は赤くなっていた。涙が溢れ、みなもの肩に顔をうずめた。


「お主は、おぬしは、あほうじゃ」

「そうじゃな。儂はあほうかもしれぬ」


 みなもが実菜穂の頭を優しく撫でると実菜穂はみなもをギュッと抱きしめた。


「のう、実菜穂。そのあほうの頼みを聞いてくれぬか」

「なに?」


 実菜穂が涙目の顔を上げた。みなもの瞳は優しくもあり、厳しくもある両方の色を感じる光が滲んでいた。


「実菜穂、儂の巫女になってくれぬか」

「それは……たしか、紗雪が言っていた」

「そうじゃ。水面みなもの神の巫女じゃ。実菜穂、お主は母さと神霊同体となった。この事実を他の神に納得させる方法がある。それが、儂の巫女となること。儂の巫女となれば、お主と神霊同体に成れる神は儂以外にいなくなる。神に仕える巫女とは、その神の力を授かる巫女じゃ。陽向も火の神の巫女となることじゃろう」

「陽向ちゃんも?」

「そうじゃ。火の神が責任を持って陽向を巫女として迎える。それが『魂換の儀』をやめさせた理由じゃ」

「ねえ、みなも、巫女になればどうなるの?」

「そうじゃな。それを知っておかねばならぬな。巫女になれば、神の持つ力を授かり、勤めを手助けすることになるのじゃ。それは、強大な力を手に入れるということ。お主が儂の巫女になっても同じじゃ。どんなに大力を持っていようと、どんな武具を持っていようと、お主にかなう人はおらぬ。お主が授かる力で、魔や邪気を祓い、弱き者、困っておる人を助けることもできる。かたや、人を蹂躙し、支配することもできる。お主は、まさに神にも悪鬼にもなれる。その力が与えられる。じゃが、力を得る代わりに、見たくないものを見、聞きたくないことを聞くことになる。それが、神の力を得た代償じゃ」


 みなもの声が実菜穂の頭の中に響く。実菜穂の中で、紗雪の言葉が重なっていく。死神しがみと琴美のことだ。


「みなも、紗雪が言っていた。『死神は琴美さんを巫女にするって』

あれがそうなの?」

「そうじゃ。琴美は、この世界に帰った。その約束で死神の巫女となるじゃろう」

「陽向ちゃんも」

「火の神の巫女じゃ」


 実菜穂は頭の中が一杯になっていた。考える実菜穂を見つめ、みなもは優しく言葉をかけた。


「実菜穂、無理に巫女になることはないぞ。いまのままでもよいのじゃ。儂は、お主をいまと変わりなく守っていく。それでよい」


 実菜穂は首を振る。


「みなも、違うよ。私が考えていたことは怖いとかそんなのじゃない。力がどうのこうのっていうことは、正直分からないよ。でも、みなも、一つ教えて」

「なんじゃ?」

「私がみなもの巫女になったら、みなもは困らないの?私、みなもの助けになる?足をひっぱったりするんじゃない?」


 実菜穂の目は真剣だった。子供のころから変わらない優しく緩やかな瞳から、真剣な光を放っている。


「これから大きな闇を迎え撃たねばならぬ。まだ、その姿は分からぬが、いずれ日の本にさらすことになろう。実菜穂、お主は儂と神霊同体と成れる唯一の人。正直、巫女になってくれるのなら何よりも心強い」


 みなもは力を抜いて、安らいだ笑みを浮かべた。その姿は、本心そのものであった。自分にだけに見せた笑み。実菜穂の心も決まった。迷いはない。


「みなも、私、なるよ。みなもの巫女になる」

「実菜穂、ありがとう。お主は、儂が守る」


 みなもが実菜穂の首もとに手をあてると、水色の光が実菜穂を包み、左の首もとには龍の痣が刻まれていた。


「この痣は、神の眼でしか見えぬ。水面みなもの神の巫女の印。そしてお主を守る式神じゃ」


 実菜穂は鏡で自分の姿を見た。左の首もとに龍の痣が水色の光を放っていた。

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