第166話 それぞれの覚悟(2)
みなもは、透き通る瞳で実菜穂を見つめた。その顔からは申し訳ないという気持ちが伝わってくる。実菜穂は、みなものその瞳を優しく受け止めた。
「みなもが関係しているの?」
「そうじゃ。儂がこの世界を去る決意をしていたときじゃ。お主と陽向が儂を引き留めようとあれこれ考えてくれたのう。そこで陽向が儂の祠を神社に移すことを考えたのじゃ。その許しをもらうために姉さの社を訪れてのう」
「うん。それは陽向ちゃんから聞いたよ。でも、それがどうしてアサナミの神の神霊同体と関係があるの?」
「そうじゃな。話はここからでな、姉さは本来、人とは距離を置く神じゃ。遠くから人をいつも見守っておる。じゃが、儂のことを願いにきた陽向に興味を持ったのじゃ。姉さにとっては大きな決心と試みじゃった」
「あっ!」
実菜穂は、水波野菜乃女神の社にお礼参りに行くときに陽向が忠告してくれたことを思い出した。
(陽向ちゃん、やっぱり神霊同体を体験したんだ)
「そうじゃ。姉さは、陽向と神霊同体になったのじゃ。じゃが、すぐに姉さはやめた。陽向の中にユウナミの神がおったからのう。偶然ではあったのじゃが、陽向とユウナミの神のことを姉さが知ることとなった。当然、姉さから母さへそのことは伝えられたのじゃ」
「なるほど。……?えっ、でも、それでも私とアサナミの神は繋がらないよ」
実菜穂は懸命に考えてみるが、答えにたどりつかない。みなもは答えを探す実菜穂を優しい目で見つめている。
(あれ、「あほうか」って言わないのかな)
いつもと調子が違うみなもに、実菜穂は戸惑った。みなもは戸惑う実菜穂を優しく見守っていた。
「ユウナミの神は、迷うておった。陽向という力のある人が存在すること。自分と神霊同体となってしまったこと。そのことを隠し通さねばならないこと。どの神にも知られてはならない秘密をユウナミの神は持たねばならなかった。これがユウナミの神の憂いとなったのじゃ。陽向、一人を消し、全ての人を救うか。それとも人をすべて消されても陽向を守るか。ユウナミの神は、どの神にも相談できぬ。その苦しみを母さは知ったのじゃ」
「うん。ユウナミの神は、迷って苦しんでたんだよね。全ての人を守るために陽向ちゃんを犠牲にしても良いのか?って」
「そうじゃ。母さは、苦しむユウナミの神を見過ごすことは出来なんだ。もはやユウナミの神だけに背負わせる問題ではないと考えたのじゃ。そのとき、実菜穂、お主が現れた。姉さとも神霊同体と成れるお主が。母さは、覚悟を決めた。お主に記憶を授けるのとともに神霊同体となったのじゃ。実菜穂、この意味が分かるか」
みなもの言葉を実菜穂はポカンとした表情で聞いていた。
「みなも、それってつまり、う~ん」
実菜穂はしばし腕組みをして考え込む。みなもは、何も言わず実菜穂を見つめている。突如、実菜穂はパッと明るい表情でみなもを見た。
「私もやっちゃった!」
頭に軽くゲンコツして舌を出して笑った。テヘペロのポーズだ。今度は、みなもがポカンとなっていた。
「なっ、なんじゃ?実菜穂」
驚くみなもを見て実菜穂は笑った。
「たぶん分かったよ。ユウナミの神と神霊同体に成れる陽向ちゃんが現れた。そのことを明かせないから、ユウナミの神は苦しみ続けた。それは、もはやユウナミの神だけの問題じゃない。だから、自分も神霊同体を試みた。それで、『あっ、それ、私もやっちゃった』って。それは、ユウナミの神だけの問題じゃないんだよって、アサナミの神は言いたかったのかな」
実菜穂はもう一度テヘペロをした。
「実菜穂、お主。それが分かっていて。母さは、お主を神の問題に巻き込んでしまったことを……それなら」
実菜穂はみなもがそれ以上何も言わないよう、手でストップの仕草をしていた。
「ごめん、みなも。私、「あほう」だから、いまは、これ以上難しいこと聞いても何も分からないよ。でもね、これで陽向ちゃんが助けられて、ユウナミの神の憂いもなくなったのなら、よかったと思う。真奈美さんの想いも届けられて、琴美さんも帰ってきた。何も言うことないよ。みなもがいて、陽向ちゃんがいて。みんながいる。そして私がいる。それだけでいいじゃない」
実菜穂はコップを持つとグイッとアイスティーを飲んだ。少し格好良く言い過ぎたなと恥ずかしくなった。照れついでに、みなもにもう一つ質問した。
「そうだ。みなも、御守りの中には何が入っているの?ユウナミの神が、『聞いてみるといい』って言ってたから」
「そうか。これのなかじゃな」
みなもは御守りで渡していた青い袋を取り出すとジッと見つめていた。
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