第164話 天の川に舞う(14)
シンと沈黙した世界。時が止まったかのように人は舞台を見つめている。真奈美を挟んで実菜穂と陽向が立つ。三人のオーラが社を清めていく。人はその見えないはずのオーラを光として見ていた。いや、本当は感じているのだ。カメラにけして映ることはない光。この場にいてこそ感じることができる光。
真奈美がスッと扇を上げた。ただそれだけの動きに人は目を奪われる。人の動きではない神の舞を見ているのだから当然のこと。真奈美の動きは
寸分の遅れもなく合った動きで、舞が始まる。陰と陽、月と太陽のようにお互い相反しながらも引かれ、また離れる。実菜穂がゆるりと舞えば、陽向は素早く実菜穂に近づき、また実菜穂はするりと離れる。止まることなく流れていく舞。
実菜穂の舞は、みなもの舞である。陽向の舞は火の神の舞。そして、真奈美の舞は水波野菜乃女神の舞。実菜穂と陽向の動きがピタリと止まる。真奈美が扇をクルリと返し同じように動きを止めた。
物音一つない舞台。天の川の光は三人を照らして輝いていた。人は三人の姿を呼吸の音さえ立てぬように見つめる。空も月も星も、山、木、華、岩、海、鳥、獣、虫、全てが見つめていた。
流星が駆けるのを合図に、三人が一斉に舞う。素早く、ときにゆっくりとピタリと動きが合って舞っている。真奈美の想いが群青色の光となり輝きを増し、天へと上っていく。実菜穂の水色と陽向の紅色の光が真奈美の光に重なり延びると、真奈美の光を守り一緒に天へと上る。舞台では真奈美の舞に重ねて実菜穂と陽向が舞う。三人の息が合い、寸分のズレもない舞が舞台を彩っていた。
人は心一つに舞を見つめる。人だけではない。天、海、地の神々も舞を見つめていた。
神が注目するのも無理はないことである。水波野菜乃女神の舞は神謀りの場でも滅多に見ることはできない。どの神もその舞を一度は見たいと願うほどである。それがいま、水波野菜乃女神とその妹である、みなもが一緒に舞っているのである。姉と妹の舞。そこに火の神が舞う。陰と陽の舞。神でさえ、二度と見ることができないかもしれない舞。人も神も心一つに三柱の舞を見つめた。
この奇跡の舞は全ては、みなもが繋いでいた。人と神、陰と陽、姉と妹、それを繋ぎ止めているのが、みなもなのである。まさに気と水を繋ぐ水面のように。
ユウナミが舞を見つめている。横には
「見事だな。人、一人の御霊のために三人の人と三柱の神が舞うのだ。信じられるか。死神、そなた、水波野菜乃女神までが動くことは見えていたか」
ユウナミの言葉に死神は瞳を閉じ、静かに俯いた。ユウナミはしばし死神を見た後、再び舞を見つめた。その瞳には、水波野菜乃女神と舞うみなもの姿が映っている。
「人の想いが神をも動かすのだ。つくづく、人とは恐ろしいものよ。だが、それよりも恐ろしいのは
ユウナミが光を受ける琴美の御霊に語りかける。
「琴美、想いは届いているでしょう。あとは、あなた次第。想いを受けて帰ることもできます。だが、忘れてはなりません。帰れば、あなたには宿命があることを。さあ、門は閉じられる」
ユウナミの言葉を受け、琴美の御霊は光り輝き、水色と紅色の光に導かれ門を飛び出していった。
三人は乱れることなく、舞い続けている。光を放ち、輝いていた。それはまさに灯火。人にも神にも温かく光を放つ灯火だった。
『実菜穂、儂はお主に感謝せねばならぬ。儂は姉さと一緒に舞うことをずっと、願っておった。いま、こうして舞えることが何よりも幸せじゃ。お主が儂をこの世界に引き留めてくれたこと。まさに感謝じゃ』
「みなも、違うよ。みなもがいなければ、私はここにいなかった。秋人も陽向ちゃんもそう。真奈美さんも、琴美さんも。全部みなもが繋いでくれた」
三人と三柱が舞う舞台に再び天の川から光が放たれていた。
人も神も光を浴びる三柱の舞を見つめていた。
真奈美の想いは琴美に届き、琴美も応えた。その光は天の川の光となり、人も神も美しい光を瞳に映していた。
詩織が舞う三人を見つめている。
「私もあの中に入りたい……」
手を伸ばす自分に気がついた。
(私ってバカ。なに言っているのだろう?あれ、どうして、私、泣いているの)
詩織の瞳から一筋の涙が流れていた。
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