第162話 天の川に舞う(12)

 社の人たちが不安と恐れの表情で空を見上げる。空のもやは、ただの気象現象とは思えない闇を含み、光を消し去っていく。視覚だけではなく心の中の光まで奪っていった。その靄を突き抜けて声が聞こえてきた。一瞬、人の顔にも和らいだ表情があらわれる。

 

「みなも、いま声が聞こえたよ。この声は」 


 実菜穂の言葉に陽向は頷いた。みなもは空を見上げている。


「そうじゃ。この声は姉さ」


 みなもが答えると同時に、舞台の周りでは感嘆の声があがっていた。空には幾数もの流星が駆け下りていく。大流星群だ。その流星一つ一つが靄を払いのけていく。まるで夜空に幕が上がるように、靄を消し去っていく。幕が上がった空には、天の川が空を流れ姿を現していた。その天の川から大きな一つの流星が青く輝き、まっすぐに降りてくる。人には見えないその光は輝きを増し、みなもの前に降り立った。周りの空気はサーッと清らかになっていく。


 真奈美の目に映っているのは女神。成長したみなものようでありながら、みなもではない。はっきりと分かる違いがある。美しいその姿から放たれる清廉で厳格な空気。その中で感じる温かみは、真奈美にとってなぜか妙に心地良く感じた。


(美しい……)


 真奈美は心をつかみ取られ、身体は痺れたように動かすことができなかった。真奈美が見つめる女神、それは水波野菜乃女神みずはのなのめかみであった。


さ。どうして……」

 

 みなもは潤む瞳を青く輝かせ、言葉を詰まらせた。


水面みなもの神。話はあとです。いま空の靄は祓いました。もう邪魔はないでしょう。時の猶予はありません。さあ、舞います」

「姉さ、舞うと?それにその姿は」 

「何か」


 水波野菜乃女神は問いかけるみなもを、表情を変えることなく見つめた。

 みなもが驚くのも無理のないことであった。この場に水波野菜乃女神が立っていることだけでもあり得ないことなのに、この場に立つ姿は群青色の生地に杜若かきつばたが白く描かれた浴衣を纏っている。おまけに帯には団扇を差していた。みなもが驚いたことで、火の神も実菜穂もその姿に目が釘付けになった。


「この姿のことですか。いまの季節には、この格好をする人が多く目につくので真似てみました。変ですか」

「美しい……」


 驚いて言葉が出せない実菜穂たちに代わり、真奈美が吸い寄せられるように呟いた。


「その言葉、大切にいただきます。さあ、水面の神、日御乃光乃神、神霊同体しんれいどうたいに成ります」

「姉さ、無理に成ればただではすまぬ」


 心配するみなもを見て水波野菜乃女神はクスリと笑った。その笑みは、アサナミがユウナミに見せた笑みと同じであった。 


「心配には及びません。私と真奈美は合いそうです。少しの時であれば何も心配ないでしょう。なにせ同じ姉です。真奈美、いまからあなたと私は御霊を一つにします。私も想いを届ける為に舞いましょう」


 水波野菜乃女神が真奈美を見つめると、瞳の光に真奈美は惹かれていった。


「いきます。神霊同体」

「神霊同体!」


 水波野菜乃女神の言葉に続けてみなもと火の神が声を響かせた。


 空には天の川が光り輝いていた。

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