第160話 天の川に舞う(10)

 日が落ち、出店が並び、多くの人が参道を行き交う。賑わい始める時間だ。  


 みなもが行き交う人を優しく見つめる。アサナミより名を授かり、成長したとはいえ神としては幼さが残るその姿は美しさもあるが、可愛らしいという言葉が似合っていた。それでもやはり、賑わい行く人を守り見つめる瞳は、神の瞳であった。風がサーッとみなもの髪を撫でていく。みなもは、長い髪を軽く手でおさえると、人を見つめて笑みを浮かべる。髪飾りには夕顔の華が咲き、白い華が光が沈むなか微かに輝いていた。


 火の神は、みなもの姿を守るように見ている。いや、守っていた。本来、ここは火の神の社。賑わい来る人は火の神を崇め、お参りに来ていることになる。だが、なかには、みなもを主としてお参りにくる人もいる。参拝者が増えているのは、それが理由でもある。神の中には、そういった優劣を気にする柱も多い。だが、火の神はそのようなことは気にとめてはいない。むしろ、みなもを慕い、崇める人がこの社に多く訪れることを望んでいた。もっとも、みなもが分け隔てなく人を守ることは、火の神もじゅうぶん承知していること。それだからこそ、みなもが人を守るのならば、自分はそのみなもを守る神でありたいと願った。優しく笑みを浮かべ人を見つめているみなもの姿は、火の神にとって何よりも大切にしたいものであった。この社に迎えられ、毎日泣いていた日からずっと思い描いていた光景が目の前にあるのだ。火の神の顔も自然と笑みが浮かび上がる。この社に涼やかでそれでいて活気ある空気が満たされていく。

 

 みなもが不意に火の神を見上げた。


「お主はなにをモサーっとしておるのじゃ。もっとシャキっとせんか。大勢の人がお主にすがって、願っておるのじゃ。しっかり役目を果たして、邪気を祓い清めねば」

「ああ、そうだな」


 みなもの言葉に火の神は表情を引き締めて姿勢を正すと、社の中を活気に満ちた火と光の気で満たし、参拝する人を祓い清めていった。

 

「おまえ、ここにいてくれるのだろ」

「なんじゃ、急に?」


 みなもが火の神の突拍子もない言葉に目を細めた。


「琴美のことが解決したら、出て行こうなんて思ってないか」


 みなもが細めていた目を大きく開けると、青色の光を放った。


「琴美のことは入口に過ぎぬであろう。まだ全ては見えておらぬのじゃ。ことはしばらく時がかかる。何も解決はしておらぬ。それに、お主の母、ユウナミの神は、実菜穂、陽向のためにその覚悟を見せたのじゃ。儂がそれに応えねば神にも人にも顔向けはできぬ。それは、お主もだぞ」


 みなもの瞳の光に火の神は深く頷いた。


「そういうわけで、ここを動きはせぬ。まあ家賃が払えぬから、お主が出て行けというのならべつじゃがの」


 みなもが頭の後ろで腕を組んで火の神を見上げた。火の神はブンブンと首を振り、みなもをなだめた。


「そのようなことは言わぬ。家賃など必要なかろう。それどころか、お前の参拝者が、過ぎるほどだしておる」


 火の神があまりにも慌てるので、今度はみなもが宥めて落ち着かせた。火の神は落ち着きを取り戻すと、安心して勤めを続けた。

 

「なあ、お前もよかったら一緒に祓い清めてくれないか」

「お主はあほうか。儂の余計な気が混じれば、人は混乱するじゃろが。それに、ここはお主の社であろう。氏神が守らないでどうするのじゃ」

「そうだな」


 みなもの言葉に平身低頭しながらも、みなもが側にいることで満ちてくる安心感に笑みをこぼした。



「実菜穂も準備ができたようじゃな」


 そう言いながらみなもが下弦の月になろうとする空を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る