第158話 天の川に舞う(8)
陽向が家に入るとお母さんが笑顔で迎えた。いつもながら、にこやかに応対する。予定日を過ぎての帰宅も特に咎めることもなかった。実菜穂も帰りの途中に母に電話を入れておいた。実菜穂の母もにこやかな雰囲気で会話をしていた。キーキー言われるかと思ったが、「お土産を楽しみにしている」とあっさりと話がすんだ。これは、みなもが手を尽くしてくれていたためだと、実菜穂には簡単に想像ができた。
陽向の家の風呂場は少し大きい造りである。社務所で勤める人のためでもあるが、実際、清めの儀式でも使用することもあり、共同浴場とまではいかないがそれでも大人が四人は一度に入ることができるくらい大きかった。浴槽は二人ならばゆったりと入ることができる大きさである。
四人が風呂場にかけ込んでいく。四人というが、詩織は無理矢理に押し込まれた感じだ。実菜穂、陽向、真奈美の三人はともかく、詩織にいたってはいま初めて生まれたままの姿を晒しているのである。抵抗がないはずはなかった。しかも、陽向の羨ましいほどの胸や実菜穂の引き締まった腰を見ると思わず、自分の身体をスッと隠してしまった。
「さーさー、皆さんお清めです」
陽向が情け容赦なく真水のシャワーを浴びせる。陽向の家は地下水を使用しているので、夏場の水は冷たく感じる。ヒャー、ヒャーと叫び声が風呂場に響き、荷物を運び込んでいる秋人や良樹の耳にも入ってきた。風呂場のなかは、小学校のプールの授業でシャワーを浴びているときと同じ光景が見られた。この状況には、さすがの詩織も観念して水を避けるために体を隠していた手をどけていた。
シャワーの洗礼で汗を流すと、水が張られた浴槽に四人は浸かっていた。横一列にちょうど体育座りの格好だ。入った瞬間はすぐにでも出たいほど冷たく感じていたが、ジッと身を寄せていると水が肌に馴染んでいくように感じて慣れてきた。実菜穂と陽向はスッと息を沈めている。真奈美と詩織も同じように息を沈めた。一瞬、シンとした空気に満たされる。余計なことを考えなくなっていた。横一列の一体感、神秘的な空気。詩織はいま自分がこの場にいることを不思議に思いながらも、なぜか同じ空気に触れていることが心地よく感じていた。四人は目を閉じている。水の中で祓い清められていく想いが一つになっていく。シンクロしたように四人は目を開けると一斉に立ち上がった。
「いきましょうか」
陽向の言葉に三人は頷くと浴槽を後にした。
秋人と良樹が荷物を運び終えて一息ついているところに陽向が声をかけた。
「着替えるならシャワー使っても大丈夫だよ」
良樹が一瞬、驚いた表情になる。その様子を見ていた実菜穂が含み笑いをすると、着替えるために奥の部屋に入っていった。
(まずいところを見られた!)
良樹は渋い顔をして秋人に目をやった。秋人は表情一つ変えることなく、陽向に手を上げている。
「よし、じゃあ。どっちが先に行く?」
秋人が聞くと、良樹は動揺した。
(秋人、さっきまで陽向が使っていたんだぞ。なあんで、お前はそんなに冷静でいられるんだ)
目をパチクリさせている良樹に秋人はおかまいなく右手を振り上げた。
「じゃあ、ジャンケンだな。ジャーンケーン……」
「ポン……」
二人の声が部屋に響いていた。
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