第147話 姉の想い 妹の願い(13)

 影は琴美の前で何度も華の冠を踏みつけていた。


「やめなさいよ」


 真奈美が影の肩を掴んだ。掴んだ瞬間、全身に何ともいえない不快な感覚が走った。寒気とも何ともいえないゾワッとした感覚が肌の上を駆けめぐり頭に突き抜けていく。


(なに?この子は)


 真奈美が肩に触れたとたんに影は子供の姿となった。


「華を踏みつけるなんて。琴美が何をしたの?」


 真奈美が言葉をかけるが、子供は聞こえていないかのように返事をしなければ振り向きもしない。それどころか、琴美を突き飛ばした。小さな琴美は、そのまま突き飛ばされ、野原にペタリと尻餅をついた。


「琴美、大丈夫?」


 真奈美は琴美を優しく抱き起こした。琴美は真奈美には目もくれず、突き飛ばした子供の方に向かおうとする。真奈美は琴美を引き留めようとするが、琴美は止める真奈美の手を嫌がった。


「琴美どうしたの?なぜ」


 真奈美は琴美から子供に視線を移した瞬間、再び不快な感覚に襲われた。子供の姿を初めて目にした真奈美は思わず口を押さえるほど吐き気さえおぼえた。


 子供の姿。ボサボサになった髪。艶がなくカサカサになった前髪からのぞくギョロリとした目。その目は落ちくぼみ、目玉だけが飛び出したかのようにキョロキョロと周りを見渡している。どす黒くまるで全てのモノを呪い殺すような目。頬は痩け、唇はガサガサにササクレ立っている。肌もどす黒く、とうてい生きているという印象は受けない。手も足も爪は伸び、骨がクッキリと浮き出た足は傷だらけになっている。痛ましいという言葉よりその姿はおぞましかった。まだ、ユウナミのもとに来るまでに目にした邪鬼の方がはるかに生きているという姿をしていた。何もかもの不幸が染みつき、そしてまき散らすほどの姿をしていた。


(これは……)


 目を背けたくなるような子供の姿に、真奈美はただ不快と嫌悪を感じるだけであった。


 琴美は子供の元へ歩み寄っていく。嫌がることなく、怖がることなく、むしろ嬉しそうに近づいていく。子供は琴美に目をやると、近づく琴美を突き飛ばした。突き飛ばされ、野原にヨタヨタと後ろに倒れ込む寸前に琴美を受け止めた。琴美は、真奈美を見ると少し笑った。すぐに立ち上がると、今度は華を摘み子供に渡そうとする。


「琴美、その子は危険よ。近づいたら駄目。その子は」


 真奈美は声を上げた。醜く、不快な空気を振りまくその子供を真奈美は知っていた。その子供が何者か、ハッキリと分かっていた。一目見ただけで分かった。おぞましく、吐き気さえおぼえる姿の子供。


 子供は今度は手を振り上げ、琴美を叩こうとしている。


「やめなさい!」


 真奈美は手を振り上げる子供に駆け寄っていった。

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