第145話 姉の想い 妹の願い(11)

 真奈美の足は自然に野原に向いていた。初めてきた場所、いや、世界なのに全てに見覚えがある。まだ住宅もまばらな田んぼが広がる小道。道幅の狭いアスファルトの農道。その脇には水路がある。水が流れる音は聞いているだけで心が落ち着いた。


(この景色は、琴美と過ごした場所だ)


 真奈美はすぐに分かった。いまでは田んぼには家が建っており、住宅街に変わっていた。琴美と離ればなれになってからは、この場所で過ごすことはなくなり、景色が様変わりする中で真奈美の記憶がボヤケている。いま歩いていることでボヤケた記憶は鮮明になっていった。


(そうだあ。ここの水路にタニシとか魚もいたな)


 真奈美は思わず水路をそっと覗き込むが、流れる水の中は水草一つ生えていなかった。 


(そうかこの景色は現実ではない。でも、間違いなく記憶にある場所。どうしてこの景色がこの世界にあるの)


 真奈美は野原へ続く道を歩きながら、見える景色に疑問がわいた。自分の記憶ではボヤケていたものがハッキリとしており、ハッキリと憶えているものは所々が欠けている。その疑問は道に建てられていた一里塚を見て解決した。


 この道には、一里塚がある。塚とはいえ真奈美が小さいときには既に平坦な道となっており、石灯籠が建てられていた。塚そのものは風化して削られたという。この石灯籠に華が並べられている。石灯籠の基礎の部分で華びらをひっくり返したような形になっているところがある。反花かえりばなという部分。そこは小さな子供でも手が届くところで、摘んだ華が並べられている。華を並べたのが誰なのかはすぐに分かった。琴美だ。琴美はいつもこの場所に来たときに必ず華を並べて帰っていた。真奈美は一度も華を並べたことはなく、不思議な習慣だなと思い見ていた。その記憶もボヤケていたのだ。石灯籠を見て記憶は鮮明になった。そう、これは、琴美の記憶なのだ。


(ここは、琴美の記憶の世界。これが琴美が見ていた世界)


 真奈美は改めて周りの景色を眺めた。この世界でボヤケているところは、琴美の記憶がボヤケているところだろう。その証拠に真奈美自身で景色を補完できる部分もあった。試しに、生えていた草苺を口にした。この場所では田植え前には至る所で目にすることができた苺である。粒々の小さな実をつけた苺。見た目は鮮やかで粒々が集まった姿は、普段食べる苺を想像すれば全く別の実に見える。今では口にしようとは思わないが、小さなころは冒険心もあり、よく琴美と食べた。味は甘ければ当たりの実ということで幸せであるが、酸味のあるハズレの実だと口を濯ぎたくなる。真奈美は草苺に少し青臭さを感じていたので、すすんで手をだすことはなかった。ただ、琴美が喜んで口にするのでつき合って食べていたのだ。だから真奈美自身、草苺の味に対してはあまりいい記憶がなかった。


 草苺を食べた瞬間にジュワッと甘さが口いっぱいに広がり、笑顔になった。白新地しらあらたのちで味わった苺にも負けてはいない。


「やっぱり。当たりだ。琴美はいつも当たりの実だったんだ。そうだ。この先に琴美がいる」


 まっすぐに道を見据え、真奈美は野原へと歩みを進めた。

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