第143話 姉の想い 妹の願い(9)
水鏡のユウナミが語りかける。
『あなたが必要とする柱がいるではないですか。どうして手を差し出さないのですか。差し出せばすぐに応える柱がいるではないか』
「黙れ!このユウナミがどこに手を差し出せと言うのだ。手を差しだし、他の神にこのことが漏れれば、たちまち人は消されるのだぞ」
『全ての神が本当に人の敵となると考えているのですか。それが、アサナミの神であってもそう思うのですか』
ユウナミは今にも水鏡に剣を振り下ろす勢いで構えるが、輝く鴇色の瞳の前に振り下ろせないでいる。
「たとえ、お前の言うことが正しかったとしても。それはできぬ」
『なぜです。できない訳は。ユウナミの神としての誇りですか。太古神としての格ですか。それとも詰まらぬ意地ですか』
「違う!そのようなもので驕ることなどない。私が……私が憂うのは、人に関わることでその神を争いに巻き込んでしまうことだ。巻き込むことでこの世界が闇に落ちることだ。だから、私だけでいいのだ。私だけで」
ユウナミがクッと険しい表情で水鏡のユウナミを見る。水鏡のユウナミが優しい鴇色の輝きで見つめる。哀れという色をもって見つめる。
『どこまでも、懸命なあなた。でも、それこそが闇の思惑です。あなたを孤立させ、光となる人を消す。分かっているではありませんか』
「黙れ。余計なことを言って、私を惑わせるな」
『黙りません。惑うということは分かっているからです。人の光を見続けてきたあなたが、光を消す。それがいかに愚かなことか。分かっていながらなぜ進むのですか。この世界に人の光を守ろうとする神が他にはいないと考えているのですか。それこそ驕り』
剣を持つユウナミの瞳が光る。
「言葉を聞いたのが間違いだった。覚悟を決める。まずはお前が消えろ」
ユウナミとユウナミ。同じ瞳の色を輝かせ見つめ合う。今度こそ剣を振りきり、切りつけようと力を入れるが、剣を持つ手が震え、振り下ろすことができないでいた。
(私はなぜ切れないのだ。後ろに我が子がいるからか?人の消滅などどうでもいいと思っているからか?なぜ)
手の震えが止まらなかった。その震える手を優しく包むものがあった。ユウナミが振り返る。その手を握ったもの。アサナミの神の姿があった。
「姉さ。なぜ」
ユウナミの瞳が微かに潤む。その瞳にアサナミが微笑む。
「強よき悩める神よ。よく、ここまでやりました。あなたが見つけた光を消すことはないのです」
「姉さはなぜ、人と御霊を合わせたのですか」
ユウナミの問いにアサナミはただ優しく童子のように微笑む。明るく、悪戯っぽく、そして包み込む笑みはアサナミの心を理解するのに十分であった。
(姉さ、あなたはどこまでも大きな柱)
「ユウナミの神よ。あなたが一言命じれば、助け、従う柱もいるのです。その柱に私も加えてもらえますでしょうか」
ユウナミはアサナミの胸の中で顔を埋め涙を流した。ユウナミを抱きしめると、水鏡のユウナミを見つめる。
「これがあなたの真の姿。さあ、いまこそあなたの願いを込めて」
ユウナミはアサナミの胸の中でコクリと頷くと、剣を鞘に収め、ゆっくりと手を差し出した。
「お前にはすまぬことをした。私は想いを間違うところであった。私は人の光を守りたい。そのためにどうか私に力を貸してくれぬか」
ユウナミが水鏡のユウナミに手を差し出すと、水鏡のユウナミも手を差し出した。握りあった瞬間、鴇色の光があたりを包む。光の中でユウナミがお互い抱き合い一つになった。
水鏡は消え、光がもとに戻っていく。ユウナミがゆっくりと瞳を開けると、目の前には跪く神と人そして霊獣の姿があった。
みなも、火の神、イワコ、コノハ、死神、赤瑚売命、桃瑚売命、トキ、ミチル、トミ坊、後ろには実菜穂、陽向、真奈美が跪き、頭をさげている。
ユウナミは、真奈美の胸に光るものを見つけた。イワコとコノハを見てフッと笑みを浮かべる。
(そういうことか。全ては叶うようになっていたか。覚悟がなかったのは私の方だったとは)
ユウナミは全てを理解した。
「水面の神、日御乃光乃神、お前たちに実菜穂と陽向、二人を託す。けして光を消さぬよう。それと琴美の御霊は、真奈美しだいだ。それでよいな」
ユウナミの言葉にみなもは、顔を上げ、青い瞳を輝かせるとユウナミが鴇色の瞳で応えた。それが合図であるように一斉に光となり神と霊獣は消えた。アサナミもユウナミから離れて姿を消した。ユウナミは深く頭を下げアサナミへ礼を捧げた。
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