第142話 姉の想い 妹の願い(8)

 水鏡。光と空気の調和がとれたときに水面が鏡のように映し出す現象。水の神の力により、映されるものの真の姿が現れるという。


 水鏡に両腕を広げ、鴇色の輝きを放つ瞳でユウナミが見つめる。それは、陽向を守るために立ちはだかった実菜穂、さらに人を守るために立ちはだかった火の神とみなもよりも強く、大きく見える。水鏡に映るユウナミは人を守り、そして人を導く神をも守るまさに勇ましき神の姿であった。アサナミから赤瑚売命、桃瑚売命を守ったときのように鴇色の瞳は揺るぎなく輝いていた。


 そのユウナミが、人を切りつけようとする自分の前に立ちはだかる。何も答えぬまま、瞳から輝きを放っている。


「お前は守りきるというのか。人が神の敵とみなされても守り通すというのか。それができるのか。アマテの神が一言命じれば覆ることはないのだぞ」


 両腕を広げているユウナミは言葉を出さないまま、見つめ続けている。その瞳が剣を持つユウナミに問い返す。


『これはあなたと私の問題です。まず、決めるのはあなたと私』

「言葉にするのは簡単だ。だが、それを貫くことはできぬぞ。もし、アマテの神が人を敵と見なせば、守るためにはすべての神を敵にすることになるかもしれない」

『なぜでしょう。消えることが怖いのですか』

「怖い?違うな。私は日御乃光乃神を生むときに、消滅もありえたのだ。消える覚悟などとうにできておる。あのときも、いまも恐れなどない」

『いいえ。あなたは恐れています。ありもしない結果を恐れているではないですか』

「ありもしない結果だと」


 剣を構えたまま、ユウナミは水鏡に問い返す。波一つたたぬ湖面のように美しい光とともにこの世界とユウナミを映し出している。


『そう。ありえない結果。なぜ、アマテの神が人を敵と見なすのですか。なぜ、全ての神が敵となるのですか。どれも起こり得ない結果。そして何より、あなたがどうして守り通せないというのですか』 


 両腕を広げ水鏡のユウナミは問い続けた。


「人が神と同じ高みに来るということは、人を敵と見なす神もいる。ただの神、いや、たとえ太古神であれ人を守るためなら私も盾になろう。だが、アマテの神がひとたび動けば、全ての神は人を敵と見なす。私が盾となることで守れるなら、それもしよう。その果てに御霊が消えたとしてもかまわぬ。だが、その後、人はどうなるのだ。守るものがいるのか」


 振り上げた剣を震わせ、ユウナミは水鏡を睨む。

 

『いるではないですか。あなたが必要としている柱が』


 水鏡のユウナミの表情が緩んでいく。その姿を眺めるユウナミは剣を持つ手に力を込めていた。

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